第244話 コオロギの殴り込み
神殿と図書館の都市ディオン。テッドはサイスと情勢分析をしている。今二人はディオンに住んで、週1回朝食をともにして、情報を交換している。実際はサイスが、テッドからいろいろいろ教えてもらっている。
「テッド。ニューリングルはどこまで進んでいるの?」
ニューリングルは、ナマティ近郊の新しい港湾都市である。
「港湾の整備は終わった。あとは倉庫をいくつか建てるだけ。王都へつながる川も、水路として整備は終わっている。来週からもう使える」
「ナマティをどうするつもりなの?」
「潰す」
「経済的にだよね」
「まずゾルビデムなどの3商会が移転する。キース銀行の支店がなくなって、あの町ではもう国際的商売はできないだろうな。そして政治的、軍事的にもいつかは潰す」
「カシム組が、ナマティに進出していると聞いてるんだけど」
「ジュリアスは、えげつなく強くなったな」
「何かやらかしました?」
「ナマティを支配していた極道を潰した。13カ所の関係施設に、子分を24時間、ランダムに殴り込みさせたんだ」
ブラックジュエリー一家の殴り込みである。4つのグループに分かれている。朝、昼、夕方、深夜、早朝といつ来るか分からない。来たら戦うしかない。休める時がないのである。
「コオロギやカードモンスターを殴り込みに使ったんだ。ジュリアスらしいというか」
「コオロギに殴りこまれて、極道がつぶされるんだから恐ろしい」
「コオロギも、カードモンスターも弱いんだけどな」
「弱いけどしつこいし、寝ないから。それでアシュラキャットという若いのが評判だ。カシム組の小次郎と、どちらが強いか話題になっている。若い女の子にアシュラキャットは凄い人気だそうだ」
小次郎は一真の分身である。バジェット組を潰すときカシムの鉄砲玉になった。民衆には人気がある。
アシュラキャットというのは、悪魔イワンがアシュラ・ドールとクロヒョウゴーレムを融合して作ったカードモンスターである。イメージの元になったのはエルザだが、なぜか美少年キャラになっている。
日本の阿修羅像が、何かのきっかけでこの世界に伝わって、36聖人堂の像になった。ちなみにリリエスを連想させるハリティは鬼子母神である。これも日本からの転生者が伝えたのだろう。
阿修羅は三面六臂ではなくて、細身の少年神。顔はちょっと困ったような表情。それにクロヒョウの酷薄さと、ネコっぽい愛嬌を付与されている。
ジュリアスは最初10枚購入して、能力値が少し上がったところで、1枚に融合して強くしている。しかもなんにでも書けるペンを悪用して、「美しくて強い」という古代語を魔法陣にして、カードに書き込んでいる。
「ジュリアスがちょっと変なんです」
「まあ年頃だから、変な極道に入れあげても仕方ないさ」
「ナマティの裏社会は、カシム組の縄張りになったんですか」
「うん。それは終わって、今街道を王都に向って北へ上ってきている。やり方はジュリアスと同じだな。コオロギとヒト型モンスターで、しつこく殴りこんで、ノイローゼにする。そこにカシム組本隊が乗り込んで、地元の極道を潰している」
「ゾルビデム商会は、ニューリングル近辺でどんな動きをしているの?」
「ナマティには三商会の船を入れない。それだけじゃないぞ。ニューリングルに移住した商人には2割引き。ナマティに残った商人には3割高で物を売る」
外国との交易は三商会、つまりゾルビデム商会、ジェビック商会、キース銀行が取り仕切っている。この三商会から干された街は、国際的に孤立する。大都市ではいられない。
この世界では、経済は政治から独立していない。きちんとした契約さえないまま取引をしている。恣意的な価格操作も良くあるのだ。
「最後まで言うことを聞かない商人は、陰でカシム組が暴力で潰す」
「カシム組の人気がひどいことになると思う。悪辣だね」
「これは戦争だからな。それにカシム組の聖女が現れてね。ヨミヤっていう子。これが人気なんだ」
「スノウ・ホワイトの孤児院にいて、次に殺されはずだったかわいそうな女の子だったかな」
民衆にとっては、スノウ・ホワイト事件はまだ印象が強い。
「無料でヒールしてるんだ。カシム組のホテルの隣で。そこにカシムのグルメという無料食堂作って大人気だ」
「シスターナージャの貧者のグルメをパクったんだ。僕はシスターナージャの孤児院出身だから、ちょっとムッとする」
「無料温泉・無料ヒール・無料食堂だ。治療院や食堂には営業妨害だがな。でもカシム組が怖くて、だれも文句が言えないらしい。そこに王太子とライラ姫まで来て、カシム組にお墨付きを与えたらしい」
「ライラ姫とサエカのアデルの結婚は、民衆にどう受け止められているんだろう?」
「本当の恋の物語というのを、うちの吟遊詩人たちが、あちこちで歌っているのさ」
「まあ本当の恋も嘘ではないみたいだね。ライラ姫はエリクサーを献上してもらって、アデルを好きになったらしいから」
「嘘の中にも真実のかけらはあるから」
「王太子がン・ガイラ帝国の第3皇女と結婚する話は、ずいぶん早く決まったよね」
「こっちはゾルビデム商会が間に入った完全な政略結婚だ。これがなければ、ナマティ公爵とカナス辺境伯が組んで、クーデターが起きた。国王は今頃殺されていたさ」
「それにしてもカシム・ジュニアは自分のやらかした模擬戦が、こんな大事を引きおこしたことを理解しているのかな」
「気がついていないさ、それに大事の連鎖はこれだけじゃないんだ。カーシャストが第3皇女の先乗りできて、ピートの領主になった。早速カシムが取り入って、町の建設が始まっているよ」
「カーシャストと言えば、リオトのお兄さんだよね。ン・ガイラ帝国のバリバリの武闘派と聞いているけど」
「カーシャストはね、戦争が好きなんだ。帝国が送り込んだ鉄砲玉だ。ちょっと刺激を与えたら、大きな戦争になる。それが怖いから、しばらくナマティ公爵も大人しくするかな」
「2年後の戦争という噂はどうなんだろう」
「カリクガルがリッチになると、いろんなことが変わるんだ。もしリッチになったら、カナス辺境伯の側から戦争が仕掛けられる」
「その前にカリクガルを倒すという、僕たちの戦略は変わらないということかな」
「ユグドラシルが暴走して、喧嘩を吹っ掛けなければな。それさえなければ、2年後にカリクガルとの戦い。引き続いてカナス辺境伯との戦いになるはずだ。この時ナマティ公爵が、カナスに味方して兵をあげれば、セーバートン王国で大規模な内戦が始まる」
「ユグドラシルが暴走する可能性があるということ?」
「千日の試練が終わって、エルフの勇者パーティーが良い仕上がりだそうだ。もしルミエがエルフパーティーに参加してくれるなら、カリクガルとの戦いを仕掛けるつもりらしい」
「ルミエがエルフに戻る可能性はないよ。断言できる。エルフが自分たちを偉大だと思っていることを、ルミエは許さない。自分たちだけが偉大だというのが、他への差別になっているから」
「本当か。かなり重要な情報だが」
「ルミエはカマキリのモーリーが好きだったんだ。ルミエを好きだった僕だけがそれを知っている。ルミエはモーリーを貶めるユグドラシルには加担しない」
「ユグドラシルに謙虚さがかけているのは、本当のユグドラシルじゃないからなんだろうな」
「どういう意味?」
「そのままさ。ニセモノなんだ。ニセモノというより、代理かな」
「本物はどこかにいるの?」
「小さき者たちと共にいる。会うことはできないがね」
「小さき者たち?」
「本当のユグドラシルは、小さくて弱い者の味方なんだ。そして小さき者たちを連れて、世界から隠れたんだ」
「隠れてしまって、会えない?」
「誰とも会わない。そして世界樹の役目を今のユグドラシルに譲った」
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