第243話 激動

 ピュリスの秋のお祭り。今年も競馬が行われる。アデルは今年は欠席しようかと思っていた。第5学校分校の仕事が面白くて仕方ないのである。


 アデルが当初予定していたのは教育学部。小学校の先生を育成する学校だ。教授はエリザ・フラウンド。高齢だが小学校教師の先駆者であり、最初の教科書の執筆者でもある。


 マリリンの諮問会議の発言で、医・薬学部も作られることになった。医学部教授はアリッサ。ヒールレベル5の女性になった。リングルのボルニット子爵の妹だ。エリザの姪になる。ジェホロ島の水軍船長ウィルの妻でもある。


 薬学部教授はジュランというエルフだ。薬師レベルは5。二人の弟子を連れてきている。二人の弟子はさらに孫弟子を10人ずつ連れてきていた。製薬工場と治療院を開設した。これは大学とは独立した組織だ。


 他に特別講師として、ニコラスに住むホーミック1世が週1回来て、午前は珠算、午後は鍼灸と指圧を教えてくれる。ホーミック1世は新たに鍼灸の技術を身に着けていた。


 学生ではメイドのマリリンが、教育学部に入学した。アデルのメイド兼任である。教育学部にはブラウニーダンジョンから十数人の学生が来ている。


 医学部にはベルベル隊のクミーツという女性が入学した。木の妖精ドライアドである。人化しているので、何の問題もない。ベルベル隊の1期生は、卒業してそれぞれの道に進んでいる。


 薬学部にはエルフのドアンが学びに来た。ドアンはマリアガルのメイドとして誘拐されていた少女だ。本人の責任ではないのに、エルフからはなんとなく排斥されているらしい。交易所の管理人兼薬学部学生である。


 アリッサはヒーラーであるが、メイスの使い手でもあり前衛もできる。アリッサはマリリン、ドアン、クミーツを誘い冒険者パーティーを作った。マリリンを剣士にしてアリッサと共に前衛。ドアンは風魔法、クミーツは弓士で、この二人を後衛にした。


 パーティー名はサエカの曙。アリッサはBランクだが、他は初心者なのでパーティーはEランクからのスタートである。忙しくてメンバーがそろわない時もある。アリッサの夫のウィルや、時にはベルベル、領主のアデルが加わることもある。兼業の緩いパーティーである。


 欠席を考えていたアデルに、兄のダレンからライラ姫が競馬に来る。それに関して重要な話があると言われて、アデルは祭の2日前にピュリスに来た。


 たしかに重要な話だった。ライラ姫とアデルの結婚が来年の1月に決まっていた。アデルのような底辺の男爵に、王女が嫁ぐことは異例である。アデルには美人で性格の良いライラ姫に何の不満もない。というか願ってもない縁談であった。


 表向きはエリクサーを献呈したアデルに、ライラ姫が愛を感じたということになっている。しかし政略結婚には裏がある。


 ライラ姫の母リールは第1王妃。皇太子の母でもある。セバートン国王クカトリムスは学生時代、セリールに一目ぼれして、反対を押し切って強引に結婚した。


 反対された理由は、セリールの実家が男爵家でしかない事である。父はムスタン男爵。有名な武人だが、ムスタンの人口は5000人。身分が違いすぎた。


 ムスタンの位置はカナスとリングルの中間である。ムスタン男爵はカナス辺境伯の派閥に属していた。だから王太子とライラ姫の後ろ盾は、カナス辺境伯ということになる。


 第2王妃はナマティ公爵の叔母。先代のナマティ公爵の妹である。後ろ盾は当然ナマティ公爵。第1夫人と第2夫人の仲は良くない。


 特に次期国王を巡る争いが激しい。王太子は後ろ盾の、カナス辺境伯と折り合いが良くない。それにいら立ったカナス辺境伯は、王太子を見捨てることにした。ナマティ公爵の従姉妹の第2王子派に寝返った。


 これに危機感を感じた国王と第1王妃が、新たな後ろ盾をヴェイユ家に求めてきたのである。ダレンは国王に、ライラ姫の結婚相手をアデルにしてよいかと聞いた。ダレンは目立ちたくなかった。


 王家からはそれでも良いとの返事である。むしろライラ姫はアデルを希望していた。アデルは子爵になった。


 セバートン王国の勢力図はアデルの知らない所で激変していた。数年前までは王家とナマティ公爵が兄弟で力を合わせて、カナス辺境伯に対抗していた。


 今は王家は国王、王太子派とナマティ公爵、第2王子派に分裂し、第2王子派にカナス辺境伯が加わったのである。


 第1王妃の実家ムスタン男爵家はリングルと同盟し、カナス辺境伯との関係を断った。この弱小派閥にヴェイユ家が加わることになる。


 ダレンは最悪の場合を想定してみる。もし国王の身に異変があり、次期国王が第2王子になった場合である。王太子派だったピュリスは、王家、公爵家、カナス辺境伯家の連合軍、彼等の配下を合わせて、2万もの兵を相手に戦うことになる。


 ライラ姫と王太子を見捨てて、第2王子派につく。それがもう一つの選択肢である。その場合ヴェイユ家は、宿敵カナス辺境伯に頭を下げなければならない。場合によってはカナス辺境伯に滅ぼされる可能性もある。


 状況は圧倒的に厳しい。しかし厳しいということは、勝った場合ヴェイユ家の立場は王国宰相を要求できるまでに高まるだろう。ダレンは賭けてみたいと思ったのである。カナス辺境伯とナマティ公爵の両方を倒す未来に。


 ナマティ公爵は、ライラ姫とアデルの結婚の話を聞いて、クーデターが避けられないと直感していた。兄の国王から、自分が王位を奪った方がいい。そうすべきチャンスだった。


 しかし明日というわけにはいかない。いろいろ根回しが必要だ。1年後には機は熟しているだろう。そうナマティ公爵は先延ばしをした。


 国王クカトリムスの打つ手は早い。国内に王太子の後ろ盾になる有力貴族が少ないなら、隣国を利用すればいい。王太子の結婚相手としてン・ガイラ帝国の皇女はどうだろうか。


 打診してみると帝国皇太子の同母妹、第3皇女との話がまとまった。早速結婚の日取りが来年4月に決まった。これが早い方がいいのだ。のんびりしていると第2王子派にクーデターを起こされる可能性がある。


 この結婚が成立すると、王太子を廃することは、ン。ガイラ帝国に対立することになるので、とてもやりづらくなる。


 ナマティ公爵もあまりに速い展開に不意を打たれた。4か月以内にクーデターを起こすことは不可能ではない。しかし今は時期が悪かった。


 マゲズドン傭兵団、暗殺ギルド、アンキデ組。ナマティ公爵が使っている闇の勢力が同時に潰されている。汚いことをやってくれる勢力は、戦争にはどうしても必要だった。


 それに今王都には、彼らがやらかした児童誘拐事件の悪い噂が広がっている。民衆の支持がないとクーデターもやりにくいのである。


 カナス辺境伯も動きづらかった。天使降臨の時にカナスでは死神が出た。あの話が悪い影響を与えていた。あの噂を民衆が忘れること。そして妻のカリクガルがリッチになって、圧倒的力を持つ2年後を待つしかなかった。


 国王クカトリムスは次の手を打つ。皇女の先遣隊としてン・ガイラ帝国の貴族の派遣を要望したのだ。任命されたのはカーシャストであった。


 カーシャストは11月にセバートン王国へやってきた。すでに帝国の伯爵であり、同時にセバートン王国の侯爵に任命された。


 領地はピート村。3000人の農村だ。ヴェイユ家の南端の村フィリスから南に40キロ。カーシャストは絶妙な位置に領土を得た。ピュリスを攻撃するなら、まずピートのカーシャストと戦うことになる。手間取れば弟のハルミナ領主リオトが助けに来る。1か月後には帝国からドンザヒの援軍が来る。


 カーシャストには500騎の騎馬と、必要な兵を本国から呼び寄せることが許可された。


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