第239話 闇世界の暗闘
ナマティ公爵は
「やれ!」
と一言言っただけだ。
執事がすぐ動いた。暗殺ギルドにカシム組組長とその息子カシム・ジュニアを殺すように依頼が出された。この暗殺ギルドはナマティ公爵の息がかかっている。
極道カシムが金を使って、ン・ガイラ帝国の伯爵の身分を買った。それはナマティ公爵も知っていた。笑った。オークが伯爵になった?相手にする価値もなかった。
マゲズドン傭兵団を壊滅させた女極道ブラックジュエリー。その背後に極道カシム組がいるのでは。そう疑ったことは一瞬ある。しかしカシム組だとしたら動機が分からない。何のメリットがカシムにあるのか。
嫡男ジロンドが入学試験の模擬戦で、カシム・ジュニアに無惨に心折られた。その時ナマティ公爵は、カシムが身の程知らずにも、自分に喧嘩を売ってきたのだと判断した。弑逆の予感に勃起した。皆殺しにしてやる。
それは誤解なのだが、完全な誤解とも言い切れない。いずれ対決するという意味では、ナマティ公爵の判断は正しい。ともかく善?は急げである。
暗殺ギルドは腕利きの暗殺者をカシムとカシム・ジュニアに送った。王都の暗殺ギルドの中核に、テッドのスパイがいないわけがない。テッドは念話で部下を動かし、二人に危機を知らせるとともに、新しいプロジェクトをスタートした。
ナマティとアリアスを結ぶ街道こそ、セバートン王国の中核経済圏である。アリアスとナマティを含まれば、ここにセバートン王国の人口の半分が住んでいる。
ナマティは南へ突き出す岬の先端にある。ナマティがここにあるのは軍事的意味が大きい。そして大都市ナマティは、王都アリアスへ運ばれる物資の受け入れ港であった。ナマティ公爵はその軍事的権力を利用して、経済権益を得たのである。
ナマティは王都と海を結ぶ最短ルートではない。最短ルートはこの岬の西の付け根で、そこには良い港がある。しかしナマティ公爵の政治的圧力で、その港での交易はなんとなくしづらかった。
テッドはこの港をニューリングルと名付けて、開発することを決めていた。タイミングを測っていた、そのプロジェクトをスタートさせた。カシム・ジュニアの模擬戦は意外な波紋を描き始めた。
ニューリングルと王都アリアスの水路工事はカシム組に発注すればいいだろう。テッドはこの機会に経済戦争を仕掛けるつもりである。
水路はもともとある川を拡張するだけでいい。とりあえず使えるようにするには3か月で充分である。
リングルのボルニット家とは、もう話がついている。とりあえず交易に必要な人材は、リングルから数千人移住させる。不足分はゾルビデム商会など3商会で補充する。
テッドの知らせを受けて、カシム組は暗殺者を待ち受けた。待ち受けられている暗殺は成功しない。二人ともあっさり捕まり、麻痺毒を受け、魅了されて、すべてを自白した。
ナマティ公爵家とカシム組。見えない戦争が始まった。表立って罪を犯しているのは、暗殺を依頼したナマティ公爵である。これは表の世界では隠蔽されたが、裏の世界では周知された。
暗殺ギルドは信用を失い解散した。失業したうち何人かはカシム組に再就職した。残りは3商会に引き取られた。条件が良かったのである。
ナマティ公爵に対するカシム組の報復も、身分違いであり表立ってはできない。カシムの標的になったのは、公爵の番犬になっているヤクザ組織である。
カシムはブラックジュエリーに目を付けた。つなぎはカシム・ジュニアを介して、闇の情報屋ファントムにつけてもらう。ナマティに乗り込んでもらうつもりである。
「ブラックジュエリー、ずいぶん若いな」
「女に歳のこと言っちゃだめだ。若造」
「マゲズドン傭兵団潰したそうだな」
「女子供に優しくない奴らはつぶす。それが女極道ブラックジュエリーさ」
「マゲズドン傭兵団の後ろ盾は、ナマティ公爵。そしてナマティ公爵が後ろ盾になっている悪い組織はもう一つあって、アンキデ組っていうんだ。こいつらは子供攫って外国に売っていたひどいやつらだ」
「許せない。潰す」
「それでカシム組がしてあげられる支援だが」
「支援はいらない。報酬もいらない。報酬は悪いやつらから奪う」
ジュリアスは一人で賭場に乗り込んだ。アリアスの右眼のアイテムを付けている。これを持っていると幸運値が上がり、賭け事で負けることは無くなる。
一晩で大勝ちする。次の日も出かけて大勝ち。我慢できずアンキデ組は女極道ブラックジュエリーを襲って来た。
ジュリアスはここで子分たちを召喚する。ゴーレム馬、犬、スライム、コオロギゴーレムたち、そしてカードモンスターたち。新顔もいる。
先日のイワンの騒動の時、ジュリアスはアシュラ・ボーイにクロヒョウを融合したカードモンスターが気に入ってしまったのである。エルザには似ていないので使うのに抵抗はない。密かに10枚買って加えてある。
「賭場で勝った客を襲うのは極道として最低だ。この女極道ブラックジュエリーが一家そろって相手してやるから、かかってきやがれ」
ブラックジュエリーと聞いたら、アンキデのヤクザが色めく。仲間のマゲズドン傭兵団を潰した仇である。関係者に報せが飛んで、人がたくさん集まる大事になった。
ジュリアスは1時間くらい暴れていたが、いつの間にかいなくなった。死に戻りダンジョンを攻略する時間である。そっちで3倍速で鍛えなくてはならない。ジュリアスは真面目なのだ。
1時間後にナマティに戻ってみると、アンキデ組は疲れ切っていた。子分たちはやられても、15分後にリポップする。無限に戦うのに慣れていないアンキデ組は、困惑してついに逃げ出したのである。敗者の一言はどこの世界でも似ている。
「今日はこれぐらいで許してやる。ありがたく思え。アンキデ組は凱旋だ。これから宴会するぞ」
ジュリアスは倒れているヤクザを、物化してマジックバッグに入れる。ナマティの奴隷商を叩き起こして、26人を奴隷に売る。多分買い戻してもらえるだろう。奴隷商にブラックジュエリーと名乗ることは忘れない。
儲けたお金はブラウニーに預けて、子分の強化に使ってもらう。特にアシュラ。お金が余ったら、新しいアシュラカードを買う。
カシムに報告して、アンキデ組の関連場所を教えてもらう。14カ所あった。明日から子分たちにランダムに殴り込みをさせる。カシムにそういうと、カシム組も人を出すという。
孤高な女極道ブラックジュエリーはつるまない。お互い勝手にやることにする。ただ倒した相手を奴隷商に売ってもらうことだけは、カシム組に依頼する。もうジュリアス本人はいかないつもりだ。アンキデ組は、弱すぎて訓練にならない。子分を鍛えるのにちょうどいい程度の相手だ。
王都ではテッドの部下たちが、酒場で人さらいの噂を広めていた。全部本当の話なので説得力がある。マゲズドン傭兵団とナマティのアンキデ組が組んで、外国に子供売っていた話である。
テッドの仲間は、その子供たちを何人か助け出していた。噂は押さえつけられるともっと広がる。そこに女極道ブラックジュエリーが、アンキデ組を潰したという知らせが入る。
こうなると謎の女極道ブラックジュエリーを、英雄に祭り上げる吟遊詩人が出てくる。脇役でナマティ公爵に暗殺されかけたカシムまで出てくる。それは秘密のはずだが、こんなところで暴かれている。酒場はさらに渾沌として、盛り上がるのである。
カシム・ジュニアは、引退した暗殺者を索敵隊に再就職させた。索敵隊はカーシャストの要請で、1人ドンザヒに出向させている。カーシャストは彼を師匠に、独自の索敵隊を作るつもりである。
新しい街ニューリングルから、ハルミナ領主リオトに、索敵隊2名の出向の要請がありもうすぐ出発する。
索敵隊の需要が増えている。暗殺者の再就職先としては、いい職場である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます