第238話 リザードマン祖霊との訓練
リザードマン祖霊のビルディが言った。
「150の神話を体験してもらうよ。5日訓練して、1日休み」
リビー。
「もっときつくてもいいです」
ビルディ。
「いや、ムリだから。休みは取ってね」
リビー。
「わかりました。でも私、休みの日に何していいか分からないタイプなんです」
ビルディ。
「普段と反対のことするだけだよ。天使だったら悪をなし、悪魔だったら善をなせ」
訓練初日は楽すぎると思いそうになった。朝は日の出の1時間前に起きて、東の空を見ながら魔力操作・木の瞑想・ケンタウロスの瞑想。すべて3倍速だ。夜明けの空。色彩の移ろいは見ていて飽きない。
朝食はビルディが用意してくれる。廃魔石も用意してくれている。お茶の後、デザートもある。リビーの中の女が、ビルディに反応している。
そのあと体力トレーニングと槍の訓練。ビルディは槍の達人だった。リビーはいろいろな型を教えてもらえた。型の稽古の後は、対戦。容赦なく叩きのめされる。リビーはこうされるのが好きである。
昼は軽く取る。ガラス工房があって、3時までガラスを吹く。作るのはいつも同じ。青いコップだ。
夕方からはビルディによる魔法訓練。初めての原始リザードマン語による魔法詠唱。異言語理解スキルを導入して乗り切る。いつもより魔法の威力が高い。魔法は氷結や氷槍。涼しさが気持ち良い。
ビルディと夕食。リビーは楽だなと思っていた。
「22時から、本当の訓練開始だから、それまで休んでいて」
150の神話を体験するという意味が、その後分かる。爬虫類が人間になることを選んだ150の神話を、聞くでも読むでもなく、体験する。それが本当の訓練だった。
初日は恐竜。リビーは恐竜の名前を知らない。日本の少年なら恐竜がティラノサウルスだと知っている。どれくらいの時間闘ったのか分からない。長かったとは感じていた。
圧倒的力の差を思い知らされた。槍も魔法も当たるのが、ダメージが与えられない。リビーは非力だった。リンクは切られていた。生きながら喰われていた。
気がついたら液体の中にいる。夢なのか?
リビーは海の中の一枚の膜になっている。だが確かに生きている。そこから海の中を泳ぐ魚のようなものに、陸に上がり、硬い卵を持つようになり、最強になる。
さっき戦った映像が、恐竜の視点から再生される。どこが弱かったのか、敵から見るとよくわかる。また別の映像。人類の祖先なのか。死者に食物を供えている。死者は食べないとリビーは思う。
映像が終わると、何かが壊れて、視野が明るくなる。液体がこぼれ、リビーは自分は生きて、世界に帰ってきたことを感じる。この後は昨日の繰り返しだ。夜明けとシンクロして瞑想する。太陽の光の中のリビー。鱗がきれいだ。
朝食時のビルディ。
「卵での睡眠はどうだった」
「卵の中で寝ていたのね。死んで恐竜に食べられていた。ひどい夢を見ていたわ」
「死んで、卵の中で生き返って、生命誕生から今までの歴史を経験したんだよ。そしてリザードマンが、なぜ最強の爬虫類を捨て、弱い人間を選んだかの神話を見たと思う」
「確かに長い夢を見たわね。人類の祖先が死者に食べ物をお供えしていた。それを見て死者は食べないのにと思った」
「それが訓練だから。特に人間と出会い、爬虫類が最強を捨て、なぜ弱い人間になったのかというところ。それを学ぶ。そういう訓練だから」
「死んだ人にお供えするのは無駄だと思う」
「死者にお供えしたことないの?」
「あるわ。家族全部奪われたから。カリクガルに。だけど泣けなかった。その頃、家族を思って死者に食べ物を供えた」
「そこは神話のキモだから」
確かに訓練はきつい。毎日殺される。ワニに、巨大な亀に、始祖鳥に、恐竜に、大トカゲに、竜に。爬虫類は強い。食べられながら、そう実感する。だが大事なのはそこじゃないと、ビルディは言う。
長い夢の最後で、必ず人と出会う。ある時はたくましい男。狩で得た猛獣の肉を、子供に分け与えていた。命をかけたのは男なのに。
ある時は群れの男女が、どんな男も、どんな女も、伴侶を得て幸せそうだった。でもそんなことをしていたら、強い子孫は残せない。強い男がすべての女を得たほうが、強い子孫が残るのに。
100回を越えて同じようなパターンで神話を体験してくると、何を言いたいのか分かってくる。最強は強くない。分かち与えることが強いのだと。少なくとも彼等はそう考えて最強を捨てた。
リザードマンの考えでは、世界は弱肉強食ではないのだ。平等に分かち与えることが強さなのだ。神話は事実ではない。神話はリザードマンの世界観だった。
獣人ミックスとして生きたリビーには、人間はそんな奇麗なものではないと言いたかった。でも神話の言いたいことは分かった。
長い夢を見て、卵から生まれると、毎朝きれいな肌になっているのを感じる。日の出を見ながらの瞑想が、快感になる。生きていることがうれしい。毎夜死んでいるのだから。
5日続けると充実しすぎていて、リビーは辛くなる。空虚が欲しくなる。目的のない予定のない1日が欲しい。
ビルディに言うと、島にある塩湖を勧めてくれた。浅い塩の湖で、湖底の泥を体に擦り付け一匹のワームに成り下がる。たしかに気持ち良かった。自分が無価値で良いのだと思えた。すっぴんの肌が、塩湖から何かを吸収している。ワームになったリビーが、吸収していることを感じている。
休みの日はベッドで眠れる。卵も悪くはないのだが、リビーはベッドでの不完全な眠りに癒された。夢がない空虚な夜がうれしい。
最後の日がやってきた。訓練は終わっている。
「ビルディ、長い間ありがとう。あなたのおかげで槍のスキルレベルが上がったわ。それ以外にも言葉にできないくらい感謝している」
「僕にも良い経験だった。150の神話を体験できる人はいない。僕なんか36だった。それでもきつかったけど」
「おかげでリザードマンがなにと闘っているのか良くわかった。人間は平等に分かち合う存在になんかなれていないわ。それは差別されてきた私が身に染みて知っている。でもそれじゃ最強であることを捨てた意味がないのね」
「人間が大事なことを忘れたら、リザードマンはそれを思い出すために戦う。シンプルなんだ。リザードマンにとってはね」
「自分がリザードマンであることが誇りよ」
「150。全部の神話を体験したものにだけ、最終日に選択の儀式がある。3つの道から自分の進化を選べる」
「3つの道?」
「1つはドラゴニート。HP100、MP100、攻撃力100、3つの能力値がアップ。さらに飛翔の能力が与えられる」
「すごいけど」
「2つ目はバードエンジェル。鳥も爬虫類だからね。HP100.MP100、理力50、知力50アップ。飛翔付き」
「攻撃力の代わりに、理力と知力が上がるということね」
「3つ目がハイリザードマン。MP200、理力200アップだけ。飛べない」
「迷うわね。飛べたら気持ちよさそうだし。でもハイリザードマンにする。私には2年後のカリクガルとの戦いがあるから。そのためには理力を上げたいの」
リビーはセバスのダンジョンに帰ってきた。そこで5%アップのスクロールをしてもらう。カリクガルと対抗できるようになったか?まだかけ離れている。道は遠い。
住むのは新しい街モーリーズ。グーミウッド夫妻をはじめ多くのドワーフの住む町だ。飾り気のないむき出しの人間との日常。それはおいしい。生活が美味しかった。うつくしいことばかりではない。でも人間の味がある。
ここではヒューマンの姿で生きる。グーミウッドから、若い者の目の毒だから、外に出る時はベネチアングラスをかけるように忠告されるリビーだった。
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