第237話 収穫の秋

 ビートは昔からこの世界にある作物だ。甘みがあることも分かっていた。しかし上手に糖分を取り出すことができず、栽培は広がらなかった。そのままではえぐみがあって不味い。


 ジュリアスは、一真なら砂糖を取り出す魔道具を作れると思った。ジュリアスの10歳のギフトスキルは予兆発見。泥炭発見、琥珀発見で大きな力を発揮した。ジュリアスは自分のスキルを信じた。ビートの現物と大量の種を、母のミーシャに送ったのだ。


 砂糖を取り出す装置を作ってくれたのは、グーミウッドとリーゼだった。実験はうまくいき、砂糖ができた。ダレンはビートの種を自分の味方の各領主に送った。ビートの試験栽培が始まったのである。


 それと同時にアルラウネが各地のダンジョンに移植された。植物の成長促進効果があるという。アルラウネは植物系モンスターだ。上半身が裸の美女である。マンドラゴラが15年成長するとアルラウネになる。セバスの薬草園に生育していた。


 ビートとアルラウネが成功すれば、ヴェイユ家、フラウンド家、ボルニット家の農業生産力は倍増する。砂糖だけでも大きな富を生み出す。アルラウネによって、休耕地を無くすことができれば、収穫は2倍なる。


 戦争は軍事力だけで決まるのではない。まして個人の力などではない。長い目で見れば、その国の豊かさが軍事力の水準を決める。要するに豊かな国が勝つのである。


 秋になって、試験栽培の結果は上々。ビートの収穫はできたし、砂糖の大量生産も成功した。アルラウネの効果もあったから、それ以外の作物も豊作だった。


 さっそく動いたのはピュリスの実業家ナターシャである。砂糖を利用した料理や菓子の開発に総力を挙げた。これは儲かると直感が働いた。ナターシャは狐獣人であり、直観に優れている。それを使ってスラムの娼婦から成りあがってきた。


 クッキーは甘く美味しくできた。さっそく王都アリアスで売り出し大好評である。他にも今まであったお菓子を、前より少し甘くして、前より少し安く売る。売り上げは爆発的だった。


 しかしこれは手始めに過ぎない。ナターシャは一真からいろんなデザートのことを聞きだして、シェフたちに再現させた。

 

 ビスケット、シュークリーム、スポンジケーキ、クレープ、マドレーヌ、プディング、ババロワ、フルーツポンチ、コンポート、ムース、ゼリー。


 和食に砂糖をどう使えばいいのか。一真は料理の経験はあまりなかったが、それでも煮魚などの煮物に、砂糖を加えていることは思い出した。レシピは無限に増える。


 ナターシャはこれをヒントに様々な料理に砂糖を加えて、試行錯誤したのである。試食は狐食堂や、孤児院のナージャのやっている貧者のグルメで出した。評判の良いものは、高級レストラン海の白銀の新メニューになる。


 一真も活躍する。ビートの搾りかすを発酵させれば酒ができる。発酵促進スキル、分解スキル、蒸留、エイジングスキル。今まで活用してきたスキルや道具を活用すれば簡単であった。ブランデー、ウィスキー、ジンに加えてラムのような蒸留酒ができた。


 ワインバー砂漠の月は、カクテルバーに変身し、新しいカクテルがたくさん追加された。この店は色とりどりで美しい。大人の男ばかりでなく、女性にも大人気である。


 もちろん砂糖の販売だけでも莫大な利益が出る。この世界の市場は完全な自由競争ではない。政治的理由による価格操作がある。つまり対立する国には、砂糖は売らない。売っても価格が高いというやつだ。


 例えばカナスだ。ヴェイユ家と同盟する都市は、カナス辺境伯領に砂糖は2倍の価格で売ることにしていた。長い目で見ればカナス辺境伯領は徐々に貧しくなり、軍事費に回るお金も減って、弱体化するはずだ。


 こちらにつく相手には、砂糖などの戦略物資は安く売ってあげるのである。これは地球の歴史でも同じだった。砂糖の歴史は、奴隷貿易、産業革命とからんで、けっこう血まみれなのである。


 来春から休耕地無しの農業が始まる。それについては砂漠のゼラリスからの提言がある。一つは連作体系の確立である。小麦ばかりを同じ土地で作ってはいけない。麦、豆、ビート、野菜の4つを必ずローテーションすること。連作障害を防ぐためだ。


 二つ目は肥料をきちんと入れること。そのためには畑作と牧畜を組み合わせる。家畜の糞尿や敷き藁を発酵させて肥料にする。人糞尿も良い。


 この世界にはクリーンというスキルがあるので、寄生虫は心配する必要がない。しかも一旦スライムに食べさせることで、土に混ぜやすく安全な肥料に変わる。


 スライムに食べさせるなら、落ち葉や海草も簡単に肥料になる。モンスターの捨てていた内臓や血、骨も肥料にすることができる。例えばゴブリンの肉は不味くて捨てられていたが、これからはきちんと回収して肥料にする。


 さっそく来年に向けて肥料製造プロジェクトが始まった。領土内での肥料素材の回収システムが作られていく。


 弱くて貧しい冒険者にもわずかなメリットがあった。ゴブリンの全体が冒険者ギルドの買い取り対象になったのである。どこにでも生えているイラクサも買い取り対象に加えられていたので、最底辺冒険者が餓死する事件が大きく減ったのだ。格差の縮小は景気を良くする。


 テッドは回収事業に大きな商機を見出していた。こちら側の領土内だけでなく、カナス辺境伯領や神聖クロエッシエル教皇国寮からも、肥料素材を回収できないだろうか。


 テッドは全世界の支店に、人糞やゴブリン全体、落ち葉、海草の買取を指令した。ファントムからの要請で、廃魔石の回収も追加された。これらはゴミである。高いはずがない。


 多くの地域では低価格どころか、有料で回収できた。つまりお金をもらってゴミを引き受けたのである。


 輸送は容量無限のマジックバッグで行う。納期があるわけではないので急ぐ必要はない。他の商品の輸送のついででいいのだ。輸送費がかかると、このプロジェクトはペイしない。マジックバッグは有難い。


 ちなみにマジックバッグは異空間での収納なので、糞尿の次に食料を入れても、接触することはなく何の問題もない。


 ゼラリスの提言にはワームの活用も含まれていた。ワームは土をふかふかの団粒構造にしてくれる。団粒構造の土は、大小の土の塊がバランス良く混ざり合っている。


 隙間がたくさんあって、柔らかく通気排水に優れている。有用微生物もたくさん繁殖しているから、作物の生育に良い。砂漠の土と戦っていたゼラリスが発見したのが、ワームによる土の団粒化だった。ダンジョンのアルラウネのさらに下に、スライムの階層とワームの階層が追加された。


 アルラウネの世話も大切だ。今年はベルベルがアルラウネの相手をしてくれた。来年からは冒険者ギルドに依頼して、アルラウネに快適な空間を作ることになった。


 秋になると、アルラウネは危険な繁殖期に入る。生物の雄を花で魅了し、取り込んで自分の栄養にする。特に気に入ったものには、自分の花に封印して、一冬を性的快楽の中で過ごす。そうして春になると、マンドラゴラの実をつけるのだ。


 アルラウネが、次々に一冬の伴侶を見つけて冬眠に入る。ベルベルは少し寂しかった。だからといって、アルラウネに魅了されるわけにはいかない。一冬快楽の季節を過ごして春になると、オスは骨も残らない。アルラウネの栄養になってしまうのだ。


 秋を迎えて第1次ベルベル隊は卒業した。新たな3人が並列思考スキルを得て、活動を開始した。相変わらず週1回の緩い活動である。しかしエロスの神弓に、追尾のモジュールを加えたベルベル隊は強い。


 彼ら3人だけでも、籠城している都市を囲む軍隊を撃退できるのではないか。そう思うベルベルであった。






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