第236話 ディオンとその周辺

 ディオニソス神殿が公開された。古代の神々の美しい彫像が並ぶ。大理石の白い肌の彫像十数体が、秋の紅葉の中にたたずんでいる。森は深く、空は青い。


 入り口には高い塔が、上部を崩壊させたままそびえている。崩壊した上部は修復せず、崩壊したままにしてある。それが廃墟感を強調し、訪れるものに、長い時間が過ぎ去ったことを感じさせる。


 リリエスとケリーの拠点の一つ。ここを復元したのはリリエス。そのことはもう忘れ去られたのだろうか。リリエスは自分の名が記憶されることを望んでいなかった。だから忘れ去られていい。


 遺跡の近くにはダンジョンがある。ここで出る古代の武具やアーティファクトが、チームの財政を支えていた。ダンジョン化され、公開された今もかつてほどではないが、良いドロップが多い。


 新しい街ディオンの人口は約3000人。将来は1万人の人口を予定して、立派な城壁が作られている。ニコラスによく似た町の構造だ。ディオニソス神殿、第5学校本校、ディオン大図書館があるのが、この都市の特徴だ。


 第5学校本校の敷地は広い。しかし建物の規模は小さい。ほとんど森である。教師の家が森の中に点在し、それを囲むように、10人くらいを収容する学生用の寮が点在している。


 町の中心部の広場には学生用の食堂や、カフェがある。人気なのは大衆食堂の狐食堂や、ティーハウスパープルアイだ。居酒屋森の銀狐もある。大人にはワインバー砂漠の月。最新流行中のカクテルも飲める。


 ゾルビデム商会を始めとする三商会も大きな支店を開店している。生活するのに便利である。貧しい学生はそういう商店で働くこともできる。体力に自信のある若者なら、冒険者になってダンジョンで稼ぎながら学ぶこともできる。


 入学を許可された学生でなくても、若者は学びたければこの街に来るべきだという噂が広がっている。学校の講義以外に、学生の組合が作られて、勝手に学び合っている。


 大図書館があるので、勝手に学ぶことも可能なのだ。学生組合には正規の学生でだけでなく、やる気さえあれば誰でも入れる。そこに有名な学者が顔を出して、自由な議論が広がるのだ。学生組合が若い教師を雇うことさえある。


 できたばかりの町だが、世界中の多くの学者が、この街に移り住んでいる。本が貴重な時代であり、1万冊以上の本を無料で読めるところなど、ここと砂漠の図書館しかないのだ。


 この1万冊以外に、古代語の本が5千冊ある。ゾルビデム商会はこの翻訳事業のために、古代語の専門家を数十人呼び集めている。彼等にはこの街が理想郷に見えている。研究と同好の士との交流。古代神殿の散歩。


 図書館長はサイスである。学生と同年代の若さだが、すでに砂漠の図書館で、図書の新しい分類方法を定めたという実績がある。噂では冒険者としても強いと言われている。真偽は不明である。


 この町は最初から、王家直属の自由都市としてつくられた。国家の財政と切り離されて、王家の私的財産となっている。サエカ、ニコラス、ドワーフのモーリーズと同盟を結んでいる。この同盟は公表されている。どこかの都市が攻撃された時は、必ず軍事的に救援するという同盟だ。


 ディオンの軍事力は、ゾルビデム商会などの護衛40人ほど。治安・モンスター討伐・軍事を担当している。将来は民主主義の政治体制を取り、住民に徴兵の義務を課すと公約している。


 臨時市長はテッドである。テッドはディオニソス神殿の管理者も兼任している。2年後をめどに、選挙が行われる予定である。


 テッドは新しいディオンの街に満足していた。神殿も町の運営も大きな問題はない。彼は毎朝早く、森の中の神殿を散歩する。今はいないアリアをしのび、彫像の前で一人たたずむ。まだ公開時間ではないので、神殿には誰もいない。テッドはこの時間が好きだった。


 だが平和は長く続かないと、テッドは知っている。むしろテッドこそ、戦争をおこそうとしている張本人だ。戦争が起きたとしても、この街だけは守りたいとテッドは思う。


 サイスはディオン大図書館長の役割を天職だと思っている。サイスは願う。貧しいものが知識を身に着けて、成り上がることを。その道をつけるのがサイスだ。この大図書館が、そういう開かれた場になればいい。サイスはそうしてみせると決意している。図書館はサイスの武器なのだ。


 そしてこのディオンだけでなく、世界をもっと貧しいものに開かれた場にする。サイスはカリクガルとの戦いの後も。戦略家として戦い続けるつもりだ。もちろん2年後のカリクガルとの戦いで、前線に出る覚悟はある。


 ピュリスの政治を任されているダレンは、自分の計画が形を取りつつあることに満足している。執事はその計画を大ピュリス計画と呼ぶ。


 最初はプリムスだった。サエカに繁栄を奪われないために、川港を作り定期航路の寄港地を作るだけの予定だった。それがトントン拍子に進んで、今プリムスは工業都市として発展している。ダレンは黒い肌のアンジェラを思い出して感謝する。彼女のおかげだった。


 次が東のアビルガの牧場。競馬の馬の育成だけやる予定だった。ファントムのおかげで、多種類の家畜の育成牧場として、うまくいき始めている。馬の育成自体も順調だ。ここも小規模な都市として育成していきたい。


 そしてモーリーズ。ドワーフの鉱夫がたくさん住む町ができた。思いがけずナージャ鉱山が、廃坑から蘇るという幸運に恵まれた。


 そしてディオンという大学都市である。ここは1万人規模の都市に発展していくに違いない。神殿と大学と大図書館があるのだ。ピュリス近郊に小都市が分散する形になった。


 最初は衛星都市があると、周辺のモンスター討伐が進み、ピュリス近郊の農地が拡大が実現する。そう思っていただけだ。


 計画が実現してみると、ピュリスはとても攻めにくく、守りやすい都市になったと思う。ピュリスを攻めるには、周辺の都市を攻めなくてはならない。敵が周辺都市の篭城戦に手間取ると、ヴェイユ家の他の都市からの援軍に背後をつかれる。


 カナス辺境伯との対決の時はきっと来るだろう。しかし周辺都市も城壁と食糧備蓄をしっかりすれば、籠城戦にすぐ負けることはない。勝機は見えてくる。


 次はテルマ村とフィリス村の城壁改修だ。それと領内に機動的に軍を移動させる水路の整備だ。


 リビーが、もうすぐリザードマンの祖霊との訓練を終えて、帰って来る。リビーは森の守護者として、モーリーズに住むことになっていた。今、モーリーズ建設工事の最中だが、ドワーフたちの好意でけっこう大きな森の守護者の館が作られている。


 リビーは2年後に起きるであろうカリクガルとの戦いの先頭に立つつもりでいる、家族総てをカリクガルに奪われた復讐もある。しかしむしろリビーはケンタウロスからも、リザードマンからも、獣人の差別からの解放の願いを受け取っていた。


 グーミウッドが天才鍛冶としての名声を捨て、東部地域のプリムスに移住したのは、カナス辺境伯との戦争に勝つためである。そのために自分の武器や防具を活用してもらう。


 ドワーフはカナス辺境伯と戦うことで意思統一をしている。我の強いドワーフが団結するのは珍しい。それだけ不満がたまっていた。ドワーフは誇り高いのだ。


 最も対決を待ち望んでいるのは、グーミウッド夫妻である。二人は13年前、カナス辺境伯次男に、それぞれの生殖器をえぐられる、屈辱的な目にあっている。


 サーラの手術によって夫婦ともに回復し、今では子供も出来た。しかしこの屈辱を完全に晴らさなければ、いくら鍛冶としての名声を得ても、ドワーフの面目が立たないのだ。


 幸い廃坑に鉄鉱石の鉱脈が見つかった。まさにカナスを滅ぼせという天の声だとグーミウッドは思った。妻のリーゼもやる気である。あと2年、グーミウッド夫妻は全力で武器や防具、魔道具を作ってヴェイユ家とフラウンド家を支援する気でいる。


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