第234話 カシム・ジュニアの入学試験

 入試の1日目は筆記試験。午前が歴史、午後が計算。第1学校魔法科の今年の受験者は100名くらい。


 歴史はセバートン王国の建国の歴史だ。初代から10代までの国王の事績が問われる。今年は、7代目の国王について述べよだった。暗記したことを、そのまま書くだけだ。800字程度。試験の狙いは、読み書きができるか。貴族でも読み書きが不自由な人は多いから。


 午後は足し算と引き算。20問ずつ。3桁の足し算になると、できない人も多い。金貸しのカシム・ジュニアが、この程度の問題で間違えるわけがない。


 両方70点取れば合格である。これで第1学校が他の学校よりレベルが高いというのだから、カシム・ジュニアはあきれる。これでは小学校の生徒と学力的にあまり変わらない。


 毎年30人くらい筆記試験で落ちる。つまり貴族でも読み書き、計算はかなり怪しい。カシム・ジュニアには簡単すぎる問題で、すぐ終わった。


 試験時間は1時間半。余った時間で他の受験生を鑑定していく。鑑定レベル2は他人の潜在能力だけでなく、30項目のすべての能力値、弱点まで鑑定可能。チートスキルだ。世界でもレベル2を持っているのは100人前後しかいない。


 カシムジュニアは、10歳のギフトスキルで鑑定を得た。その時親に頼んで莫大なお金をつんで、鑑定のスクロールを買ってもらった。無理やり鑑定レベルを2にした。単なる見栄と我儘だった。それがカシム・ジュニアの人生を変えた。


 カシム組の人事、飢餓の村から数人助けた時、金を貸すとき、潜在能力まで見られるこのスキルは、おおいに役に立ってくれた。


 とりわけハルミナで501人の重要人物がいなくなった後、カシム・ジュニアがいなかったら、ハルミナはもっとひどく混乱していただろう。


 鑑定レベル2のスキルは、明日の魔法の模擬戦でも役に立ってくれそうだった。100人あまりの受験生を全員鑑定した。その中でカシム・ジュニアが注目したのは、二人だけだ。この二人はカシム・ジュニアより魔力(MP上限)が高い。


 カシム・ジュニアの能力平均値は68だ。この世界で能力平均値は成人で50。ここの受験生で約47。12歳なのでこれから10以上上がる。それを考えるとやはり優秀である。


 カシム・ジュニアは、普通は見えない魔法耐性や精神耐性、毒耐性まで、同じくらいにそろえてある。これをあげるのに苦労した。


 リオト姉のルイーズの指導で、ハルミナの邸に耐性ダンジョンを作り、鍛えに鍛えてきた。半年間、地獄の訓練に耐えたのである。


 金もかかっている。進化の実も食べたし、5%アップのスクロールも2回使った。今日のために、杖もローブも最高級品を買った。必要な能力値は、最終的に100を超えるようにしてある。


 それでもカシム・ジュニアに能力値が匹敵している子が二人もいる。さすが王都の学校である。


 一人はバーバラという平民の女の子。富裕な商店の娘だ。カシム・ジュニアも知っている王都の老舗だ。風魔法の使い手で、魔力(MP上限)が110もある。問題は理力だ。魔法の威力を決める理力は、普通は魔力と同じなのだが、なぜか50近くも低く61しかない。


 バーバラはおそらく金の力で、無理やり魔力を高めている。しかし魔法の威力が、理力で決まるということを知らなかったのだ。普通の人には理力を見る方法はないので仕方がない。


 弱点は防御力(物理耐性)が極端に低く、25しかなかった。8歳児並みである。魔法使いにはよくある弱点だ。背は高いが、いかにも近接戦では弱い感じがする。バーバラは脆いとカシム・ジュニアは思う。特に潰すまでもない。


 もう一人はナマティ公爵の嫡男ジロンドだ。魔力は80。理力も80で、他の能力値も70から85とバランスがとれている。さすが高位貴族の嫡男である。


 ジロンドは、将来の英雄にふさわしい雷撃スキルを、10歳のギフトで与えられていた。武器もおそらく家宝の伝統の装備を持ち出しているはずだ。すべてにおいてカシム・ジュニアより上回っているだろう。


 こいつは徹底的につぶすとカシム・ジュニアは決意した。同世代のトップはカシム・ジュニアであることを、ジロンドの胸に刻んでやるつもりだ。彼だけでなく、他の受験生にも、観客の胸にも。


 ルイーズ先生は、勝利は心理的に圧倒し、ビジュアルで観客に印象付けてこそ、勝利となると教えてくれた。


 明日はルイーズ直伝の炎造形のスキルで、勝利を華麗に印象付けることにしよう。


 翌朝31人の不合格が発表された。うなだれて帰る31人。残りの受験生は、訓練場のようなところで的を攻撃し、魔力を測られる。カシム・ジュニアの火魔法はかなり威力があった。問題なく合格しているだろう。


 12時に合格者33名が発表され、上位8名による模擬戦が、13時から開始と告知された。カシム・ジュニアも8人に選ばれていた。トーナメントで、優勝するには3回勝たなければならない。


 1回戦はどこかの男爵家の次男。今回の戦いではカシム・ジュニアはまず相手の最初の攻撃を、受けることに決めていた。試験であると同時に訓練でもある。耐性を上げたかった。


 1メートルくらいの大きなファイアーボールが来た。特に防御せず体で受ける。さほどダメージはない。この子の魔力、理力は58。これでベスト8に残れるのかと、カシム・ジュニアは驚いていた。


 相手のクールタイムに、同じような普通のファイアーボールでお返しをする。色を濃い青にして、観客の目を引いてみた。相手は火に巻かれて死亡判定。競技場から排出される。


 2回戦目は例の商会の娘バーバラ。豪快な風刃が来た。カシム・ジュニアはあっさり死亡判定を受ける。だが退場にはならない。身代わりのアミュレットが1つ壊れる。ファントムから便利なものを買っている。


 次の魔法が来る前に相手の近くによって、目を見つめる。バーバラの恐怖が瞳を見ると伝わってくる。やはりこの子は潰す必要はない。


 手をバーバラの顔の3センチくらいのところにかざし、火魔法で小さな針を出す。針に眠り効果を付与した。多分痛くはない。それどころか、少し快感があるはずだ。バーバラは安らかに眠った。


 最後が公爵嫡男ジロンドだ。最初の雷撃を身代わりのアミュレットで受ける。さすがに強力である。でも退場しないカシム・ジュニア。会場に驚きの反応が広がる。


 ジロンドは今までの2回戦を、すべて雷撃の一撃で決めてきた。高位貴族でもあり、天才の名をほしいままにしてきた。おそらく次の魔法師団長を経て、将来の宰相になるのだろう。ナマティ公爵嫡男。エリート中のエリートである。


 次の雷撃が来る前に近づくのは同じ。カシム・ジュニアが手から出したのは火で作った無数の蜂。鑑定レベル2が明らかにした、ジロンドの弱点は蜂だった。小さいころ蜂に襲われたトラウマがあるのだろう。


 蜂を使って麻痺薬を注入。離れたところから見れば。小さい火の粉が舞っているだけ。しょぼい火魔法だ。ジロンドの体は動かなくなったが、五感は生かしてある。


 火の蜂を使って両目を刺す。激痛を感じているはずだ。しかしまだ解放してあげない。遠く離れたところから、炎造形でオレンジの大鷲と、青いオオカミを出す。見せ場である。ここからは観客受けを狙ったただのショウだ。


 オオカミは遠吠えした後、足を食い骨をあらわにする。大鷲は目や鼻など顔をついばむ。


 ひどい出血があるように見える。ナマティ公爵嫡男にも、観客にもそう見えている。しかしそう見えているだけだ。実際はただ火で焼いているだけである。


 かわいそうなのでカシム・ジュニアは3分でやめてあげた。ジロンドは麻痺しているので、降参もできない。死んでいないので退場もできない。審判の判定でカシム・ジュニアが勝った。会場は凍り付いていた。


 カシム・ジュニアは模擬戦終了後、事務室で第6学校への転校手続きをした。事務室も凍り付いていた。国王の甥にあたる高位貴族に勝つことすら失礼だった。それが手ひどいダメージを与えて勝ってしまった。


 この後何が起こるか、カシム・ジュニア以外の人々は怖れていた。



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