第233話 水軍船長ウィル

 リングルのボルニット家は誇り高い海の貴族である。ン・ガイラ帝国などの外国との交易によって生きてきた。


 カナス辺境伯に、冤罪で流刑にされる前は侯爵だった。リングルもセバートン王国、第2の都市だった。


 カナス辺境伯は、ン・ガイラ帝国との交易の利を奪おうとして、ボルニット家を流刑にしたのだろう。反乱の疑いをかけられたフラウンド家は、その汚い争いに巻き込まれただけだ。フラウンド男爵がボルニット家の娘エルザと結婚したばかりに。


 サーラのおかげでリングルとボルニット家は復活した。しかしボルニット家は子爵にされ、交易の利はカナスに奪われ、繁栄はマナティに奪われたままである。


 ボルニット子爵はウィルという27歳の若い船長を、サエカ沖のジェホロ島に派遣した。ハルミナなど東部地域の水軍の育成のためである。副官は二人はケンタウロス。ケルザップ王国生まれだ。リングルの水軍にはケンタウロスが多い。


 兵士は60名。セバートン王国は人口200人につき1人しか正規兵を認めないので、名目は水路警備隊とか、冒険者とかいろいろだ。ハルミナ、ピュリス、サエカなど所属する領主も違う。人種も獣人がやや多いが、ヒューマンもいる。

 

 ウィルは一切気にしない。ここは2年後の戦争で重要な戦略拠点になる。団結して戦うしかないのだ。


 カリクガルは神聖クロエッシエル教皇の従姉妹になる。カリクガルを救うために神聖クロエッシエル教皇国軍が、セバートン王国のカナスの内戦に介入してくる可能性がある。それを阻止するために、ここに水軍基地を置くことは絶対に必要なことなのだ。


 3名の教官と60名の水兵という構成である。船はここジェホロ島の海賊が使っていたもの3隻と、定期航路を襲って来た海賊の使っていた1隻、計4隻である。


 表の任務は、海上の定期航路船の護衛、もう一つは内陸に発展しつつある水路の警備である。だがウィルは2年後の戦争に備えることを目的として揺らがない。


  ウィルは14歳の少年だったころ、ショウに会ったことがある。ウィルが育ったのはトールヤ村だった。友達と3人でダンジョンに入った時、そこで出会った。引きこもりだった転生者ショウ。彼に会った人は珍しいから自慢である。


 ショウはウィルよりも少し年上で、ウィルをリーダーとした同じ年齢の3人パーティーに、臨時のヒーラーとして入ってくれた。この時のダンジョン攻略は大成功だった。


 その報酬でパーティーはブロンズの装備を一式そろえられて、ウィルたちは飛躍的に強くなった。彼の人生でも最も重要な出会いだった。


 あの頃のトールヤ村はひどい状態だった。1000人近くいた村人は50人ぐらいに減っていた。奴隷や娼館に売られていった人がたくさんいた。残された年寄りや子供の絶望は深かった。


 力のある若い人は男爵の息子、カーシャストについて、野盗団になって村を出て行った。盗賊になるのが嫌なものは冒険者になって出て行った。残された若者のリーダーは男爵の次男リオト。彼は鉱山奴隷だった。


 ウィルたち3人は秋には女の子は娼館に、ウィルは鉱山に奴隷として売られていくことが決まっていた。希望はどこにもなかった。


 ショウにあったのはそんな時だ。ウィルたちがもたらした情報。ダンジョンで簡単に角兔の肉が取れるとか、お金が稼げると分かったことは、村にとってもすごい情報だった。絶望しかなかった村に、小さな希望の灯がともった。


 そのあとすぐ村の領主はサーラに変わり、奴隷や売られた女たちを買い戻してくれた。鉱山までカナス辺境伯から買い取ったから、村は生き延びられるかもしれないと、みんなが希望を持った。冒険者や野盗だった人も少しずつ村に帰ってきた。


 ホーミック1世という明るい人物がサーラの代官として赴任し、村は蘇った。ホーミック1世は年寄りに無理やりヒールをかけて回り、夜は毎日宴会をして、村を盛り上げた。そして人に知られず、深夜に畑を耕した。


 ウィルは帰って来るはずの幼馴染の三つ子を待っていた。特にアリッサという女子。ボルニット家のお嬢さんたちだ。後にウィルはアリッサと結婚することになる。


 三つ子はすぐには帰ってこなかった。鼻を削がれたり、耳を切られたり、目をえぐられてしまって、サーラの手術を受けなくてはならないから、帰ってくるのが遅れた。


 三つ子は思ったより元気で帰ってきた。彼女たちは夢の中で


「あなたはもう許されている」


 という神の声を聴いたのだという。三つ子を中心に隠れたる神の兄弟団ができた。


 だが俺は隠れたる神など信じない。なぜひどい目にあったアリッサたちが罪を感じなくてはならないのか。許されなくてはならないのか。それが分からない。


 それだけではない。ひどいことをした先代のカナス辺境伯が許されていいわけがない。先代だけでなく今のカナス辺境伯も許さない。彼等はそれだけの非道をしたのだ。殺したものは、殺されても仕方がないはずだ。


 そう誓っているのはアリッサと結婚した俺だけではない。アリッサの兄。今のリングルの領主ボルニット子爵も、妹たちを自分より先に売ったという負い目を胸に刻んでいる。妹たちに屈辱を与え、子供の顔に傷をつけたやつらを許さない。


 ウィルにはその気持ちが痛いほどわかる。妻となったアリッサはあれから10年以上たっているのに、まだ夜中に悪夢でうなされるのだ。


 ケルザップ王国のケンタウロスたちも海の民である。本来は平原を自由に走り回っていたが、平原を追われ、ケルザップの島に籠るようになった。島の生活に息が詰まった自由人のケンタウロスたちは、広い海に進出し始めた。


 ケンタウロスの強い体は舟をこぐのに最適だった。だが彼らは13年前のルアイオロの戦争に最初は沈黙してしまった。当時のドンザヒ領主ルアイオロの権力を怖れてしまったのだ。


 王の8男のメシュトの婚約者が、ルアイオロに辱められていたのに、立ち上がるのをためらってしまった。


 同じ海の民としてウィルには、ケンタウロスの屈辱はよくわかる。そしてその時の屈辱をバネとして、ケンタウロスは次のカナス戦には命をかけて戦うつもりでいる。


 13年前の戦争で、ウィルたちは先代のカナス辺境伯とその次男を殺した。カーシャストはドンザヒの領主ルアイオロを追い出した。本当はその勢いのままカナス辺境伯領を攻めたかった。


 だがサーラが10年待ってくれと言って、俺たちは待った。だがその間に転生者ショウは日本に帰され、サーラは眠りに入った。


 10年経ってカナスを攻めようとしたとき、ピュリスが味方になるかもしれないという可能性が出てきた。その可能性にかけて俺たちはまた待った。だが眠っていたサーラが、どこかに飛ばされた。


 もう待てないとたくさんの人が思っている。グーミウッドがピュリス近郊のプリムに移住した。リオトがハルミナの領主になった。カーシャストがハルミナの騎馬隊の訓練に来た。


 ウィルは現実主義者だから、集まったばかりの水軍で戦争ができるとは思っていない。しかし漫然と訓練をしているわけでもない。やはり2年が目処である。2年でここの海軍を神聖クロエッシエル教皇国の海軍を迎え撃てる、強い海軍に育てて見せると思うウィルであった。


 しかし神聖クロエッシエル教皇国がカナス救援に動くとしたら、東からではなく、西から来る可能性もある。西端の都市ファルトを基地としてン・ガイラ帝国沿岸を航海してセバートン王国を攻撃するルートだ。


 今テッドが動いているのは、西からの攻撃を察知するための港を作る事である。ファルト南方の教皇国の国境の外の町。そこがダキニの村だ。もう一つはン・ガイラ帝国の南端のサーザラの近郊の岬。キラービーの塔があった場所である。


 



















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