第232話 微妙な悪魔イワン

 図書館の悪魔イワンは、カオスのカードの中に封印された。自分がサイスをからかうために与えたものが、逆にイワンを閉じ込めている。イワンは低級で無能な悪魔なのである。


 悪魔は悪いことしかできない。優秀な悪魔はとんでもなく悪いことができる。人間の奴隷化や世界の破滅などだ。


 イワンは少し悪いことしかできない無能な悪魔だ。盗むことはできない、物を隠すのがやっと。人間を傷つけることはできない。くすぐるとか、からかうぐらいがせいぜいだ。


 能力がないわけではない。何でもできるが、特に優れたところのない器用貧乏な悪魔なのである。致命的なのは悪意の不足である。


 善しかできない天使に、善意が不足していたら使えない天使になる。イワンは、悪意が不足している使えない悪魔なのである。


 ところがカードに封印されたことで、イワンが覚醒した。器用なイワンが丹精込めて作ったカオスのカードシステムである。裏も表も知り尽くしている。


 ヒト女から自分の要素を分離して、1枚だけ自立したイワンのカードを作った。あとは目立たないようにやりたい放題である。悪のスキル口先三寸や偽装を取得。カードモンスターとしての自分を強化し、目立たないようにダンジョンモンスターになったのである。


 ダンジョンモンスターはカードに封印できる。システムを作ったイワンなら、逆工程でカードモンスターをダンジョンモンスターにすることも可能なのだ。


 ダンジョンモンスターになったイワンがやったのは、忙しいブラウニーとセバスに取り入ることだ。例えば弱いカードモンスターの強化である。

 

 カードモンスターもたくさんいるのである。ブラウニーもセバスも管理しきれなくて困っていた。そこに口先三寸でイワンが食い込んで来た。カードシステムに通暁し器用である。そしてともかく結果は出していた。


 底辺カードモンスターは、初期値しかないまま過ごしていることさえある。イワンは悪をなす存在だから、悪いこともやる。所有者に無断で、活発なコオロギのカードと、初期値のカードを入れ替えたりする。


 待機しているカードモンスターを無断で糾合して、ゴブリン狩りを強行した。経験値上昇もそうだが、放置されているカードモンスターに、ゴブリンの武器を与えるためである。


 これは深夜などに随時行われ、獲得した武器はブラウニーにリペアしてもらい。あるいはゴブリンがドロップしたアイテムの代金で防具を買ったりする。もちろん所有者に無断なのはルール違反である。しかしカードモンスターは、かなり強化されたのである。


 こうして密かに悪を楽しんでいたイワンだが、情熱を傾けるプロジェクトができてしまった。ケリーがハリティ・ドールとアシュラ・ドールを殺さずに、ダンジョンモンスターとして生かしたことがきっかけである。


 二人はケリーの中でリリエスとエルザの面影に重なっていた。イワンはいたずらを思いついた。いなくなったケリーの仲間に、そっくりのカードモンスターを作る。イワンの悪意?微妙である。


 いなくなった仲間が、カードモンスターとして勢ぞろいする。そうなったら、ケリーはどれほど驚くだろうか。イワンが思いついた中では最大のいたずらであった。


 夢魔のスキルで、ケリーやサイスの記憶の中に入り込み、死んだりいなくなった人たちのイメージを探る。


 イワンはスライムやゴーレム馬、コオロギたちを口先三寸で丸め込んでいる。彼等数体に白紙のカードを持たせて、トールヤ村のダンジョン最下層のアラクネ討伐に向かわせる。秘密裏にアラクネのカード化に成功。


 次にディオニオス神殿のアリアの彫像を、ドールに模倣させた。アリアカードができた。それをアラクネカードと合成。アリアを連想させるカードモンスターができた。


 ドールはイワンのプロジェクトに大変役に立った。ディオニソス神殿の彫像や36聖人堂、ピュリスの希望の彫像など。街にはいろいろな彫像がある。いなくなった8人に面影の似た彫像は、すべてドールに模倣してもらいカードにする。


 リリエス・エルザ・アリア・クルト・ターニャ・シエラ・モーリーそしてスノウ・ホワイト。8体に微妙に似ているカードモンスターが作られた。


 クルトは36聖人堂の黒騎士の彫像。モーリー・ターニャ・シエラはそれぞれ死神、慈母神、聖女の彫像のコピーだ。


 エルザはアシュラ・ボーイとクロヒョウゴーレムの合成だ。ネコっぽい美少年はイワンのお気に入りだ。


 なかでもスノウ・ホワイトは傑作だとイワンは思う。36聖人堂の雪の女王と、ジャイアントキラービークイーンを合成した。空から毒針攻撃をする強力なカードモンスターが出来上がった。イワンはスノウ・ホワイトを仲間と誤解していた。


 イワンはチームの各所に新たなカードモンスターを紛れ込ませていた。カードモンスターを使っているチームのメンバーは限られていた。しかもそのほとんどは放置である。このいたずらはなかなか発覚しない。


 最初に気がついたのはベルベルである。急にカードの種類が増えていた。ベルベルはいなくなった仲間を知らないから、増えたカードがどういう意味か分からない。


「ルミエ。カードモンスターの種類が増えているんだけど、どういうことかな」


「知らないわよ。興味ないし」


「ちょっと見てくれない。感じいい美少女や美少年もいるんだ」


「ベルベルが感じ良いってどういう人か、見てあげてもいいわよ」


 ベルベルが8体のカードモンスターを出す。それをしばらく見たルミエはカードの意味に気づいた。スノウ・ホワイトを除いて、いなくなった仲間を連想させた。特に死神姿のモンスターは、あの天使降臨の日のモーリーにそっくりだった。ルミエの感じたのは怒りだった。


 ルミエの知らせでチームの全員が8体のカードモンスターのことを知る。引き起こされる感情は様々で、複雑だった。一致したのは仲間をこういう形で蘇らせてはいけないということだった。


 経過が調べられ、犯人はイワンと判明。ルミエやケリーはイワンの消去を主張したが、意外な人物がイワンを救った。


 一真である。彼はイワンをテイムし、自分の従魔とすると言った。ワイズとは従魔の関係を解消し、改めて結婚の約束をしたいという。みんなが祝福してくれてワイズは従魔ではなく、一真の婚約者になった。


 空いたテイムの枠を一真はイワンで埋めるというのだ。イワンは悪魔である。悪いことしかできないのが悪魔だ。


 一真は闇魔法の習得に迷っていた。悪魔のイワンなら闇魔法に詳しいはずである。使いこなしには自信があった。


 イワンは一真の使役する従魔となった。一真はカードモンスター、ダンジョンモンスターとしてのイワンも維持するという。この仕組みを利用してスキルや能力値のアップを図るつもりである。


 ケリーはスノウ・ホワイトのモンスターを気に入った。クィーンと名付けて使うことにした。彼女は仲間ではないので許容された。


 それ以外の仲間に似たイメージは、ストックだけ残して消去した。能力値は販売されたものを含め、既存のすべてのカードに平等に分配した。すべてのカードモンスターの能力値平均が1アップした。


 ルミエはこれをきっかけに、魔法反復という単機能のカードを作ってもらった。もともと木霊という弱いモンスターの持っていたスキルである。しかしヒールや攻撃魔法が、木霊のように反復できるなら、有用かもしれなかった。

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