第231話 トールヤ村の巡礼団
セバートン王国の北の国境に沿って西へ。巡礼団の3人は、長い長い道なき道を歩いてきた。エルフの東西に細長い支配地域の南側。誰の支配下にもない森林地帯である。
旅は快適だった。季節が良い。森が美味しい食べ物であふれていた。動物も植物も。しかも狩人のアミーフまで一緒にいる。こんな楽な旅は、30年旅をした旅人には初めてだった。
時々ケリーという少年が現れる。ブラウニーからの贈り物を届けてくれる。ペレットスライムと小さなストーブ。暖かいシーツの時もあった。ボリボリという保存食。どれもありがたい。
サエカで見たことが忘れられないと、サマリ(マリアガル)は言う。
醜いガーゴイルが雄々しい神に変身し、美しい女神と出会う。二人は口づけをして、輪廻に帰っていく。神話のような情景だった。
アミーフはそんなサマリを優しげに見ている。本当は凶悪な魔女なのだが、アンチエイジングで15歳の少女になっている。双子の姉カリクガルから、隠れて旅をしている。何かあった時、殺すのがアミーフの仕事だ。
アミーフの見ている、業病の悲劇の少女サマリは、幻影にすぎない。分かっているアミーフだが、静かな森の旅が続くと、幻影に騙されてみたくなる。
次の目的地が近づいて来た。トールヤ村である。昔は流刑地であり、鉱山奴隷の町だった。ここへ追放されたものは、数年以内に死ぬと言われた場所だ。
13年前、サーラが鉱山ごとカナス辺境伯から村を買い取った。トールヤ村から、情報がぷっつり途絶えた。人々は、村は滅亡したと思った。フラウンド家とボルニット家の人々と共に。
だが村は生きていた。それどころか世界を変える起点となった。旅人にとって、その聖地を見るのがこの旅の目的の一つである。
サマリ(マリアガル)にとっては、義父の先代カナス辺境伯の罪の地である。双子の姉に負け、どん底に落ちたサマリが、どうしても見ておかなければならない場所だった。
アミーフには興味があった。捨てられた人々がどうやって生き延びたのか。アミーフは左手を失い、ゴミのように捨てられた。だがアミーフは再生した。彼はトールヤ村の再生と自分を重ねていた。
アミーフはまだ自分の人生に納得がいっていない。魔物に左手を奪われて、奴隷落ちをしたのは理解できるのだ。冒険者になる時に覚悟はしていた。
分からないのはその後の幸運のことだ。サイスに奴隷に買われ、14万5000チコリの借金を負った。その借金はまだ返していないから、アミーフは、まだサイスの奴隷である。
よくわからないうちに、再び冒険者として稼ぎはじめた。そして人並み以上の生活をしている。
1度だけ会ったサイスは、奴隷を自分を命の保険として買ったと言った。いつかサイスの身代わりをするということだろうか。アミーフの疑問は深まるばかりである。
トールヤ村には知っている人でないと入れない。エルフの旅人はそう言った。建物は見えない。しかし畑など、生活の気配がある。本当に明日にでも村に着きそうな感じはしている。
そんな朝、ケリーが現れた。今回は温度調節付きの下着セットをもらった。それとコオロギゴーレム一匹。コオロギゴーレムは野営の夜に役立つという。
旅人にはありがたい。彼女はこれから始まる砂漠の旅が、危険なものであることを、良く知っていたからだ。
夜砂漠のモンスターに襲われるのは、よくあることだ。見張りは欠かせない。夜の見張りの孤独が、コオロギでまぎれるだけでもありがたい。
それに温度調節付きの下着は、砂漠の猛暑や朝の意外な冷え込みを和らげてくれるだろう。真夏に砂漠を歩くことは、ほとんど自殺に近いと言われているのだ。
ケリーが去った後、旅人がトールヤ村の入口を見つけた。しかし今は午前10時。サンソニア病のものが、町に入れるのは日の出から1時間だけだ。アミーフだけがトールヤ村に入り、様子を見てくることになった。
村には、何かおだやかなゆとりが感じられる。決して豊かなわけではない。大きな屋敷などないのだ。
しかし貧し気な家もない。ここにも土の家が普及し始めて、ほとんどの家が土の家だった。おそらく地下が2階になっているのだろう。農村だからか、この村には城壁がなかった。
「お姉さん。この村の人ですか」
「バネッサと呼んでおくれ。旅の人かい」
「ええ、食べ物を買いたいんですが」
「何が欲しいのさ」
「パンを、3人分欲しいんですが」
「なぜ3人分?」
「連れに、サンソニア病の子がいまして、町に入ることができないんです」
「そりゃ気の毒に。でも決まりだから、町に入れてあげることはできないさね。パンは3個で450チコリ。でも400チコリにまけてあげるわ」
「それはありがとうございます」
「いいこと教えてあげるわ。村の近くに、年寄りが泊まるホテルがあってね。そこならサンソニア病の人でも泊めてもらえるよ」
「そんなところがあるんですね」
「年寄りが死にに行くホテルだから。いまさら不治の病にかかっても、誰も気にしないのさ」
「今夜は外で野宿して、明日の夜に行ってみます」
「それじゃ、晩御飯のおかず取りにダンジョンに行くと良いよ。角兔の美味しいの採れるから」
「近くにあるんですか」
「近いよ。ただ深い所のモンスターは強いから行っちゃだめだよ。アラクネがいるから」
「アラクネは凶暴ですね」
「私もね、ほぼ毎日行って浅いところで、肉を取ってきているんだ。それでいい肉取れたら、美味しいもん作ってここに置いとくから、明日の朝、取りに来ると良いよ。朝なら入れるんだろ」
バネッサに言われた通り、アミーフはダンジョンに行ってみた。この村の豊かさの理由が分かったような気がする。ダンジョンの恵みが大きいのだ。角兔が簡単にとれた。
翌朝、巡礼団はトールヤ村に入った。バネッサは美味しい肉入りサンドイッチを置いてくれていた。旅の親切は忘れ難い。感謝して巡礼団はそのホテルに向かう。
夜、旅人は一人で広い温泉につかっていた。サマリとアミーフは部屋でお酒を飲んでいる。この世界にはお風呂に入る習慣はない。清潔を保つにはクリーンがあるし、疲れを取るにはヒールがある。
温泉は異世界日本からの転移者が、持ち込んだ習慣らしい。旅人は長い旅の疲れが溶けていくのを実感していた。
ここは砂漠都市同盟が運営する施設だ。砂漠の住民は10万人くらいである。死期を自覚時した人が死ぬためにここに来る。あるいはサンソニア病のような社会から追放された人が来るところだ。
夏は死ぬのにいい季節ではないらしい。夏は空いているという。今日も他の客はいない。
応対してくれたのは、メリーとシルバーという二人のホムンクルスだった。二人はサーラの欠損再生手術に立ち会ったと自慢して来た。
立ち会っただけではない。二人は患者にそっくりの姿に変身し、欠損した部位を切り取られ、その部位が患者に移植されたのだ。
グーミウッドとリーゼは、生殖器を失っていたので、手術は特に大変だったようだ。ただホムンクルスには痛みはない。むしろ7人の記憶にアクセスした、ショウの心の傷の方が深かったという。
ショウは
「あなたすでに許されている」
と患者の悪夢の中でつぶやいていたと二人は言う。隠れたる神の兄弟団の原点は、ここにあったのだ。
誰もいない広い温泉で、物思いにふけりながら、旅人は限界突破された自分のスキルで遊んでいる。拡大と縮小だ。今はどこまでも縮小できる。しかし温泉で縮小しすぎると溺れる。
拡大して巨大化するのも自在だ。しかし温泉で全裸で巨大化するのはいかがなものか。45歳の旅人。200年生きるエルフだから、ヒューマンで言えば、10代である。目の毒である。
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