第230話 騎兵隊

 13年前、カーシャストはサーラのおかげで、ドンザヒの領主になり、帝国宰相ゾルビデムの養子になった。その娘と結婚しても、カナス辺境伯領を滅ぼす誓いは忘れていない。


 野盗時代の経験を磨き、ドンザヒで強大な騎馬隊を育ててきた。サーラと約束した10年後のカナス辺境伯領との戦争のためである。


 ところがサーラが眠りに入り、ついにはいなくなった。カナス攻撃は少し待つことになっていた。ピュリスのヴェイユ家とハルミナのフラウンド家の戦争準備が整うまでである。


 いらだったカーシャストは息子を連れて、セバートン王国東部地区の状況を視察に来たのである。いやハルミナの騎馬隊を訓練して、決戦の時期を早めるために来た。


 しかし牧場を見て見直した。馬具の改良、馬鎧の軽量化。これだけでも来てよかった。騎馬戦の花形は重装騎馬隊の歩兵へ突撃だ。これで戦争全体の勝敗が決まる。


 しかし敵歩兵は槍衾で馬を狙ってくる。対抗して馬の重装備が進む。そうすると重くて馬のスピードが遅くなった。これがハニカム馬鎧で軽量化されるのだ。


 カーシャストはこの軽量化に期待していた。速さを取り戻した重装騎馬隊ができる。それを指揮するのが楽しみだった。


 デアシャストには軽騎兵隊を任せるつもりだ。こちらはスピードを生かした戦法になる。軽騎兵は重装騎馬の前に突撃し、敵の混乱を誘うのが役割だ。


 ゴーレム馬や犬やコオロギ、ヒト型モンスター。これら訳の分からないものをどう使うか。我が子の手並みを見てやろうと思うカーシャストである。


 3日後、カーシャスト一行はハルミナへ向かう。30頭の馬とゴーレム馬2頭、犬10頭、コオロギ2体を連れている。馬の世話をするハルミナ家の家臣3人も一緒だ。


 途中野営をしたが、野営の方法にも驚いた。スライムが生木からペレットを生み出し、小さなストーブで各自がスープを温める。スープ以外はボリボリという木の実と穀物の棒を食べる。これがけっこう旨い。


 寝るときは暖かいシーツに包まる。夜間の見張りは1人でいい。家臣3人が交替でしてくれる。あとは犬やゴーレム馬がいる。あのペレットスライムも騎馬戦術に使えると考えながら、カーシャストは寝りにおちた。


 ハルミナで待っていたのは騎馬隊兼水路警備隊20名。レイ・アシュビーの隠れたる神の兄弟団の聖騎士10名。彼等は愛馬持参だ。ゴーレム馬を持った索敵隊12名。弓兵で騎馬に堪能なもの3名。合計45名。


 索敵隊と弓兵は軽騎兵。騎馬隊から8名、 聖騎士から2名を軽騎兵に。これで軽騎兵は25名。残り20名が重装騎兵。


 期間は3週間。ニコラス郊外の草原が訓練場だ。北側に丘に囲まれた道があり、道の先が広い草原になっている。その南に水路がある。騎馬隊はこの道を抜けて、待ち受ける歩兵隊と草原で戦うのだ。


 広い面積全体がダンジョンの一部になっている。特殊なダンジョンで、決して死なない。HP1になったらダンジョンから排出される。


 初日に弟のリオトがやってきて、説明した後ナイフで自分の首を切って実証した。生きているリオトを見て、兵たちは納得したようだった。


 最初の1週間は乗馬訓練と馬の世話。基本は大事だ。2週目は集団行動。重装騎馬隊は騎馬突撃訓練を始める。楔形の隊形でどのくらいの速さで何分走れるか。巨大な鉄の塊が、時速40キロで、減速せずぶつかる。そうなれば完成だ。


 軽騎兵はさらに2隊に分け、敵の左右両端に向け突撃する。スピード重視の突撃。激突する直前で外に逸れる。損害を出さずに混乱を誘う目的だ。その後に重装騎兵が中央突破するという手筈だ。タイミングを合わせるのが大事である。


 軽騎兵は突撃の時、可能な遠隔攻撃を全部やる。ここの軽騎兵は多彩だった。弓騎兵がいる。火魔法、毒針の吹き矢、ゴーレム馬なのに攻撃できるものまでいた。


 突撃の後、軽騎兵は全員外に逸れるのが定石だ。しかしデアシャストは、リポップするメンバーは外に逃げず、突撃させる作戦を考えていた。


 いくら弱くても数が多いのは面倒だ。左翼、右翼それぞれに30体の謎の部隊が襲い掛かれば、かなり面倒なことになる。少なくとも混乱はする。混乱中に、中央を強力な重装騎兵が蹂躙する予定だ。


 夜はブラウニーダンジョンというところで、寝ながらレベルアップをする。カーシャスト親子も一度だけ体験した。カーシャストにはそのダンジョンに入る時、何かを吸い取られるような感じがしたのである。


 ボスのファントムを呼びだすと、魔導書にカーシャストの経験を吸いだしたという。ファントムに償いをさせる。償いは、そのカーシャストから吸いだした魔導書だ。息子や部下の指導に最適である。


 ファントムはさらにお詫びをするという。限界突破だ。その結果、カーシャストは火魔法、水魔法、ヒールのスキルレベルが、それぞれ2上がった。40歳以上だと、生活魔法の経験値がたまっているので、こういうこともある。


 カーシャストは火魔法はもともとレベル2だったので、これで火魔法レベル4の強力な火魔導士になった。ヒールレベルはいきなり2になって、他人のヒールができるようになった。これもうれしい。


 さて3週目は、歩兵隊40名が入る。ガチの戦闘訓練である。訓練ダンジョンなので死者が出ない。こんな思いっきりできる訓練は、カーシャストにも経験がなかった。


 歩兵はガタイが大きい巨人兵士ばかりだ。重そうな大盾を持っている。20名が2列の横隊を作っている。槍も鎧もグーミウッドが鍛えた最新のものだ。槍衾を構えて1歩も通さない構えだ。


 犬笛の合図。軽騎兵隊が左右同時に走り出す。スピードの乗ったいい走りだ。間合いに入ると、各種攻撃魔法や弓攻撃がいり乱れる。しかし歩兵40人は耐え切っている。


 激突寸前で軽騎兵隊本隊は左右に逸れる。しかしゴーレム馬、犬、スライム、コオロギがそのまま突入。乱戦になる。コオロギから左右25体ずつ、ヒト型ゴーレムがポップアップする。


 ゴーレム馬の中には吹き矢や魔弾を打てる者がいる。索敵隊のゴーレム馬である。これは強い。犬は総てオオカミ型モンスターであった。これも結構強いのである。コオロギは上空から突撃する。ヒト型モンスターは武器と防具で強化されていた。


 槍衾が乱れてしまった。そこへ重装騎兵が楔形を崩さすに、時速40キロで突撃して来た。対応できたのは中央の4,5人の歩兵だけであった。


 歩兵隊は重装騎兵に突破され、2列隊形の裏に回られた。この時点で歩兵の死者は8名。


 裏に回られたら歩兵は退却する。最初から、そういう作戦である。水路に水軍が退却用の船を用意している。退却し始めたのを見て、軽騎兵隊が再突入してくる。スピードを生かした追撃戦である。


 結局騎兵隊側の圧勝であった。死者30名。捕虜10名である。結果を見てリオトは歩兵隊を40名追加した。さらに戦線を水路に近づけて逃げやすくした。


 結果は変らなかった。ハルミナ軍は戦術の抜本的変更を迫られた。ここで待ち伏せし、敵の数を減らし、素早く城壁内へ逃げる作戦だったからだ。


 カーシャストとデアシャストは上機嫌で帰路につく。勝ったからばかりではなく、ゴーレム馬やコオロギ、ヒト型モンスターを安く譲ってもらった。


 それだけではない。メイクハニカムというスキルを手に入れた。それに索敵隊を一人、2年契約で借りることができた。二人には、上々の成果なのである。


















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