第229話 カーシャストの夏
ン・ガイラ帝国東端、セバートン王国に隣接する場所に、ドンザヒという都市がある。ここはかつてルアイオロが治めていた街だった。いまはカーシャストという、フラウンド家の長男が領主になっている。カーシャストはハルミナ領主リオトの兄、リングルの第2学校の校長ルイーズの弟である。
ドンザヒ領主カーシャストと嫡男デアシャスト10歳は、ドライアドのダンジョン転移を使って、ピュリスに来ていた。ピュリスの内政を任されているダレンには、知らせていないし、挨拶する予定もない。
二人は見学はしていた。城壁は見事だった。高くて幅が広く、大理石でできている城壁など、カーシャストは初めて見た。黄色の城壁は明るく輝いている。しかも城壁の上の通路には草が生えていて、山羊がのんびり歩いている。町の人の表情も明るい。露店の安い食事も珍しいものが多く、美味かった。
だが観光でも視察でもない。ピュリスの東、アビルガの牧場に乗合馬車で直行だ。牧場はヴェイユ家とフラウンド家の共同で経営されている。二人はハルミナ領主リオトの依頼で、騎兵隊の訓練に来たのだ。
牧場から、30頭の馬を選抜して、ハルミナに連れてくるようにリオトに言われていた。訓練開始は7日後である。選抜するだけでなく、軽く調教もして、馬を連れた旅をしなくてはならない。日程に余裕があるわけではない。
牧場の人に断って馬の選抜をする。ハルミナのリオトの家臣もいて手伝ってくれる。思ったより馬の頭数が多く、質が良い。ジュリアスがマゲズドン傭兵団から120頭奪って来たとは、カーシャストは知らないのである。
ゴーレム馬がたくさんいるのも珍しかった。ゴーレム馬の供給元はセバスである。ドライアドのダンジョンメニューから注文すれば、カーシャストでも手に入れるのは簡単だ。しかし育てるのに時間がかかるので、広く普及しているわけではない。
それよりカーシャストには、馬具が気になる。質が良く乗りやすい。明らかに他の地域よりいい馬具である。聞くとリリエスという職人が作ったものらしい。
リリエスは一真の記憶から、日本の馬具を調べて、それをもとに馬具を作っていた。質が良いのも当然なのである。
巨大馬15頭、早そうな軽種馬15頭を選んで、その日は牧場の宿に泊まる。フラウンド家のリオトの家臣が、カーシャストとデアシャストを歓待してくれる。
カーシャストが聞く。
「いい馬が多いが、馬はどこから仕入れてるんだ」
答えるリオトの家臣。
「メインはケンタウロスのメシュトの牧場です。軽種馬と巨大馬、両方買っています。巨大馬は地元にもいい品種がいて、それも買っています。森で丸太を運んでいる力の強い馬でしてね」
カーシャスト。
「それ以外のもいそうだな」
カーシャストの目はごまかせない。リオトの家臣が答える。
「砂漠の野馬を何頭か狩ってきました。実はついこないだ120頭もの馬が増えていまして、ありがたいんですが、実に不思議です。神の恵みなんでしょうか」
カーシャスト。
「それは不思議だな。どこから来たか、なにか手がかりはないのか」
男はその馬たちが着けていた馬具を持ってきた。カーシャストには見覚えがあった。マゲズドン傭兵団のものだ。人間の質は悪いが、馬の質がいいと有名だ。そう言えば最近極道に殴り込まれて、消滅したと聞いた。その馬がこんなところに来ていた。
カーシャスト。
「この馬具は燃やした方がいいな。あとで難癖付けられるかもしれない」
リオトの家臣。
「返さなくていいですかね」
カーシャスト。
「盗んだわけじゃないからな。勝手に来たんだから、ほっとけばいいさ」
リオトの家臣。
「そうですね」
カーシャスト。
「それより馬鎧がほしいんだが、いいのはないか」
騎馬隊は強力である。対抗するには槍しかない。槍を鎧で身を守っている人ではなく、無防備な馬に向ける戦法が広がっていた。仕方なく騎馬隊は、馬にも鎧を着せるようになっていた。機動力がそがれても、馬鎧は必要だった。
リオトの家臣。
「いいのありますぜ」
男が持ってきたのは金属製の馬鎧だが、驚くほど軽かった。
カーシャスト。
「これはなんだ」
リオトの家臣。
「ハルミナに、何でも軽くしてくれる職人がいるらしいです。こういうのハニカム構造っていうらしくて。最近じゃ城壁もハニカム構造になっていますし、防具も新しいのはみんなそうですね」
デアシャストも目を輝かせている。人も馬も鎧が重くなり、機動性を失いつつあった。強くて軽い鎧があれば、騎兵隊の速さが上がり、勝利に直結するのだ。
カーシャスト。
「ハルミナに行けば、これを作った職人に会えるのか」
リオトの家臣。
「私にはわかりませんが、リオトなら知っているはずです」
カーシャスト。
「それと馬具だが、これを作っている職人に会いたいんだが」
リオトの家臣。
「リリエスは死んだと聞いてます。でも弟子がドンザヒにいて、うちはそこから買っています」
カーシャスト。
「何と俺の領内にいるのか。うかつだった」
デアシャストが口をはさむ。
「ゴーレム馬というものを初めて見たのですが、どういうものですか」
リオトの家臣。
「一言で言うと便利です。餌はいらないし、世話をしなくていい。夜でも目が見えて眠らない。倒されても15分でリポップするんですよ。命令したことはある程度理解できますし、うちでは警備の補助に使っています」
父親のカーシャストも関心がある。
「モンスターの襲撃を防いでくれるということか」
リオトの家臣。
「スライムやゴブリン程度なら、ゴーレム馬と犬、コオロギゴーレムで大丈夫ですね。コオロギゴーレムからはヒト型のモンスターが出てくるのでして」
デアシャスト。
「ちょっと意味が分からないんですが」
リオトの家臣。
「犬が牧場の警戒に使われていることは、よくありますよね。モンスターの襲撃を知らせてくれるし、弱いモンスターなら、撃退してくれる。ゴーレム馬も同じだと思ってくれれば」
デアシャスト。
「そこは理解できるんです。コオロギというところからが意味不明です」
リオトの家臣。
「コオロギゴーレムは、モンスターが出て来たときに、犬笛を吹いてくれる役割です。それを聞いて、ゴーレム馬や犬が集まるというシステムです」
デアシャスト。
「そこは分かりました。でもヒト型モンスターがどうしたとか言ってませんでしたか」
リオトの家臣。
「新しく付け加えられたのが、コオロギゴーレムから、ヒト型モンスターが出てきて、攻撃する機能ですね」
デアシャスト。
「強いんですか」
リオトの家臣。
「弱いです。能力値平均は初期状態で10ですから、3歳児並みです」
デアシャスト。
「スライムにも負けますね」
リオトの家臣。
「ただこれらのゴーレム馬もコオロギも、ヒト型モンスターも、15分でリポップしますから、時間稼ぎはできるんです」
カーシャスト。
「初期状態ということは、強くなるっていることなのか」
リオトの家臣。
「上限は能力値平均50だそうです。成人並になればそれなりに使えるでしょうが、今のところは人間の警備隊が来るまでの警報と言ったところです」
販売用のカードモンスターには、成長限界がつけられている。強くなりすぎると危険である。
食事が終わり、男は挨拶をして去った。デアシャストが父に向って言う。
「父上、今回の旅行は、私たちにも学ぶことが多そうです」
カーシャストが答える。
「騎馬隊の戦法は、重装騎馬隊の突撃か、軽騎兵のスピード攻撃かしかなかったが、新しい戦術が生まれる可能性があるな」
カーシャストが得意なのは、重装騎馬による、敵の歩兵隊の蹂躙だ。これが戦争の勝敗を決める。騎馬隊の最も華々しい場面である。
デアシャスト。
「新しい戦術を誰が一番早く取り入れるか。それが勝利を導くんですよね。僕たちは時代の転換点にいるんですね」
若き天才デアシャストは、軽騎兵による、スピードを生かした戦術を構想中だ。
カーシャスト。
「おまえが騎馬隊指揮のスキルを得たのは、運命だったかもしれないな」
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