第228話 殴り込み

 ジュリアスはミーシャの誘拐事件にもやもやしている。実際誘拐されたのはミーシャではなく、ファントムとケリーだが、それにしても犯人はどうなったのだろうか。


 調べてみると、誘拐事件があったということすら、闇に葬り去られていた。正義感の強いジュリアスは、それが許せない。


 一人でアリアスに行き、犯行場所である砦を偵察した。あの時の犯人がのうのうと生活していた。ジュリアスは決意した。ぶっ潰す。ポータブルダンジョンを置いてピュリスに帰る。


 とはいえ、ジュリアスにもいろいろやるべきことがある。いい機会だと思って、ルミエのところに行き、不眠の呪いをかけてもらう。ルミエ自身が自分の不眠の呪いを解かないのだから、時間が欲しいジュリアスにも役に立つと思う。


 やるべきことの一つ。10時からミーシャと一緒にダンジョンに入る。一緒に入るのは今日で3回目だ。今まで2回は10分の1ダンジョン。今回初めて通常ダンジョンに入る。


 ミーシャの剣はお母さんのナターシャからのプレゼントだ。深い緑の高級な短剣だ。防具はチーム標準のパワードスーツ。これはジュリアスからの贈り物だ。ただの革鎧にしか見えないが、長く使える逸品だ。


 リンクしているから、ほぼ危険はない。HPが減少したら、多くの人から、少しずつHPが分け与えられる。今日のダンジョンは図書館の地下にある。ジュリアスには懐かしいダンジョンだ。エルザが育成に使っていた、初心者用ダンジョンである。


 ジュリアスの装備はいつものレイピアと盾。パワードスーツ。糸の指輪とタマモの杖。タマモの杖は、モンスターと出会うと自動的にランダムスチールが発動する。ジュリアスはこの杖に、1日の最初に倒す敵から、必ず理力を1奪うという魔法陣を描いてある。


 この杖のおかげで2年後には、理力は700以上アップしているはずだ。それがズルをしているようで、ジュリアスには後ろめたい。でも勝つためには、このうしろめたさを我慢するしかないのだ。


 ミーシャは十分強く、角兔には余裕で勝てた。このダンジョンの次の層はスライムである。


「ジュリアス。私スライムなら倒したことある。大丈夫だからやらせて」


「ミーシャ。危ないことしちゃ絶対だめだからね。お姉ちゃんが逃げろって言ったら必ず逃げること。いいわね」


「わかってるわよ。私もう8歳なんですけど」


「まだ小さいわよ」


「今度、2年生になるのよ。しかも飛び級学級」


 ピュリスの小学校は、読み書き計算をマスターした生徒を集めて、飛び級学級を作るらしい。しかしそれはダンジョンとは関係がない。


 見事スライムを倒したミーシャは、次のゴブリンの階層にも行きたがった。狐獣人の母とケンタウロスの父を持つミックスのミーシャはやはり強い。

 

 しかし過保護の姉、ジュリアスは心配である。ミーシャに串焼きを食べさせて、何とかごまかして、ダンジョン踏破は終わりになった。


 やるべきことの二つ目。午後からは、ジュリアスの本気のダンジョンへ挑戦だ。死に戻りダンジョンを、3倍速で3回連続挑戦する。ここは普通では勝てないダンジョンで、リンクは解除されてしまうから、ほとんど殺されてしまう。死ぬと最初に戻って、またやり直すのである。30回くらいやると、偶然勝つことがある。


 3回やると体感時間を24時間ぐらい稼げる。そこで3倍速で木の瞑想をし、魔石を食べる。不眠になったので、夜の部もできるはずだが、今夜は別の予定がある。


 夜8時にジュリアスは全員に集合をかけていた。ゴーレム馬、犬、ペレットスライム、コオロギやスズメのゴーレム20体。女極道ブラック・ジュエリー一家、子分は総勢23体だ。


 来た順番に魔法陣を刺青する。アンチ贈与、隠密、魔弾、経験値10倍がセットされている。何にでも書けるペンが役に立っている。今日は全員で殴りこむ。


 23個のカオスのカードフォルダーを買ってある。フォルダーには、このフォルダーのモンスターは攻撃力5倍という魔法陣が刺青してある。そして1枚ずつ適当にカードが挿してある。ゴーレム馬と犬はカード2枚。


 ジュリアスは、ミーシャを誘拐したマゲズドン傭兵団を、今夜潰すつもりだ。ポータブルダンジョンを置いてある砦の前に来たジュリアス。外見はすでに極道女に変身している。半年間の旅の間、なじんだ姿だ。


 レイピアを抜いて、太い低音で、しかしよくとおる大声で怒鳴る。一重の三白眼が怖い。


「女極道、ブラック・ジュエリーの殴り込みだ。殺してやるからかかってきな。それとも女一人が怖くて、しょんべん漏らしているのか。糞ったれども」


 傭兵団兼犯罪組織である。人殺しも戦争も慣れている。すぐ全員武装して出てきた。


「気が狂ったか、バカ女。一人で殴り込みとはいい度胸だ。すぐ捕まえて53人みんなで可愛がってやるぜ」


 ジュリアスは急に後ろ向いて、逃げ出し始める。逃げた先で、隠密を使って姿を消した。傭兵団は殺気立って後を追う。


 投げダンである。今はタイマーが使えるように改良されている。一人目が15分後、二人目以降は3分間ずつ時間をずらして、全員をどこかのダンジョンでさまよわせる。


 15分後、キョロキョロしながら、一人目が出てきた。待ち構えていたブラックジュエリー一家が全員で出迎える。まずアンチ贈与だ。相手に無理やり、スキルか能力値を贈与させる。そこにジュリアスがアンチ水魔法の糸術で、水分を奪って無力化。子分たちが、魔弾をはじめいろんな攻撃を追加する。


 3時間弱かかって、全員を拘束。物化をかける。砦に入って人が残っていないか確認をする。厩へ行くと120頭くらいの馬がいた。馬も物化して拘束。木札になった人や馬、さらに砦ごと根こそぎマジックバッグに入れる。跡には大きな穴が開いているだけだ。


 ピュリスの奴隷商を叩き起こして、53人を売り払う。ガタイのいい男女53人。一人50万チコリで売れた。女極道ブラック・ジュエリーと名乗るのを忘れない。


 転移して、ピュリス近郊のアビルガの牧場へ。ここで馬を全部放す。牧場では、馬が急に増えて驚くだろう。


 最後はブラウニーに頼る。奪って来た奴らの財産すべてと、奴隷商からもらった2500万チコリ以上。全部使って、ゴーレム馬からカードモンスターまで強くしてやってくれと頼む。


 ジュリアスは不眠になると時間が増えることを実感していた。まだ朝まで6時間以上ある。死に戻りダンジョンに3回挑戦できる。その後は難易度を少し緩めて、その辺のダンジョン周回でもしよう。


 そういえば魔呼びの笛を手に入れたので、今夜は納得できるまで、モンスターと戦う決意をしたジュリアスである。


 ブラウニーダンジョンに残されたゴーレム馬たちは飛躍的に強くなっていた。アンチ贈与によって、傭兵団から奪った能力値は平均60くらいだった。元は20程度だったから、能力平均値が80前後のコオロギゴーレムたちが生まれた。ちなみにジュリアスはアンチ贈与スキルは回収していった。これはチートすぎる。


 しかも経験値10倍もある。これは今後も継続する。カードモンスターの攻撃力5倍も継続する。全員装備を調えられ、スクロールで5%能力値がアップした。子分たちは強くなりそうである。


 ジュリアスのマジックバッグに、砦が残っていた。これはテッドに2千万チコリで買い取ってもらった。


 テッドはこの砦を、キラービーのいた場所の港に置いた。もちろん完全にリペアして、風景にマッチした建物になっている。


 マゲズドン傭兵団の後ろ盾はナマティ公爵である。汚い仕事には便利な奴らだった。ナマティ公爵は、血眼で女極道ブラック・ジュエリーを探したが、発見することはできなかった。

 

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