第225話 ミーシャの誘拐

 ミーシャの夏休み。母のナターシャと王都旅行を約束していた。


 ナターシャの馬車で、ピュリスから王都アリアスへ。護衛はケリーである。もちろん大人の冒険者パーティがメインの護衛で、ケリーはおまけである。


 途中で3泊する。テルマ、フィリスはヴェイユ家の領地だ。3泊目のピートは王家の領地になる。宿に泊まる旅は、ケリーにもミーシャにも初めての経験だ。もちろん同じ部屋で寝る。


 ケリーは行商していたから馬車は慣れていて、御者もできる。しかしミーシャは初めての馬車の旅で、揺れに慣れず、大変な思いをしていた。ケリーは風魔法で馬車を軽くし、揺れないようにした。


 護衛のパーティーは、ベテラン4人だ。馬に乗って馬車を守っている。ケリーもセンサーフルで、周りの様子を探っている。糸も出している。

何もしていない時も、3倍速を使う。


 並列思考なので、祈りのスキルも使っている。祈りとは、贈与+痛み耐性を簡略命名したものだ。痛み耐性は固有スキルなので無くならない。100万回に1回、相手のスギルが与えられる。対象は護衛の人たち。鑑定すると良いスキル持ちだった。


 糸を透明にすることができるようになった。ケリーは暇なので、森の中で見つけたモンスターに、糸に乗せたアンチ贈与を使ってみる。贈与を逆転して、相手からケリーに、ランダムに贈与されるスキルだ。


 いろんなものが、マジックボックスに入る。ゴブリンの腰布だって、クリーンをして何一つ無駄にしない、ゴミ漁り奴隷の心意気である。


 アリアスには北門から入った。ケリーもミーシャも冒険者カードを持っているので、すんなり通れた。宿泊はカシム組のホテルだ。ここはかつてスノウ・ホワイトの孤児院だったところである。


 ミーシャはケリーを大歓迎してくれた。ケリーの部屋は、母娘の隣。立派な部屋である。食事は高級レストラン海の白銀。海鮮料理である。美味しいが、このレシピはもともとケリーの母のものであった。


 翌日ホテルの名物、壁の窪みを見物する。スノウ・ホワイトが殺した子を埋めていた壁である。ミーシャは他にも王都の観光をしたがった。しかし実業家?の、母のナターシャは忙しく付いていけない。


 護衛付きならと、ナターシャが二人の外出を許してくれた。広場は歩いて30分のところにある。途中も観光をしながらぶらぶら歩いていく。護衛の4人は10メートルくらい離れて二人ずつ前と後ろについている。


 広場に面して大聖堂がある。その隣が36聖人堂。36聖人堂の入口に向かう途中で、ケリーは怪しい気配を捉えた。上手に隠蔽されたプロの気配だ。


 ケリーはファントムを呼んだ。見えない幻像の姿で、至急来てくれるように念話した。ミーシャにはトイレに行ってもらう。ファントムが、トイレで待っていて、ポータブルダンジョンで、カシムのホテルの部屋に転移。ミーシャを置いて帰って来る。


 念話でミーシャの姉の、ジュリアスに知らせる。ジュリアスには、ミーシャの傍にいて、待機していてもらう。気配だけで、まだ何も起きていない。


 ミーシャの姿になったファントムと一緒に、護衛の人たちのところに帰る。護衛の人たちは何も気づいていない。ここから帰るのが正解だ。だがケリーは懲らしめてやりたいと思った。


 ここまでに尾行の気配はなかった。最初からケリーとミーシャを狙った犯行ではない。子供を狙った金目当ての人攫いのようだ。ケリーには何が起きるかという好奇心もある。少し浮かれている。


 36聖人の館へ入って彫像を見ていると、ファントム(ミーシャ)とケリーだけが、突然転移させられた。二人別々の空間だった。ファントム(ミーシャ)の前に現れたのは中年の女性。何も言わずにじろじろ眺めて、無言でファントムを再度転移させた。今度は地下牢である。


 ケリーの前に現れたのは美少年だった。鑑定するとアシュラ・ドール。能力値は80前後。スキルは剣技レベル1と模倣レベル1を持っていた。強くはないから戦ってもよかったが、あえて戦わず、怖がっているふりをした。


 ケリーも無機質な空間から、再度転移。やはり地下牢だ。こっちには他に捕まっている子はいない。ファントムと念話をする。別の部屋に、10歳前後の女子が一人いるということだ。


 マップを参照すると王都アリアスの城壁外、南西5キロ地点だった。ジュリアスに連絡し、外から様子を探ってもらう。大きな要塞のような建物だった。


 どこかの傭兵団の拠点のようだ。今ここには10人ぐらいしかいない。ケリーはこんなことに関わって時間を取られるのが嫌だった。ファントムとジュリアスと協力して、この砦にいる全員を拘束した。アンチ贈与で能力値やスキルを奪う。


 犯人の内の3人を連れて、ファントムが大人の姿になって、近くの治安部隊の詰め所に行く。治安部隊はカナス辺境伯の兵だった。数人が馬に乗って砦へ来てくれた。


 抵抗する者はもう残っていない。ファントムが地下へ案内すると、確かに女の子が捕らわれている。治安部隊が牢の鍵を発見し、無事女の子を安全なところに連れ出した。


 ここでファントムは転移して消える。ジュリアスには硬く口止めして、ピュリスに帰ってもらう。ケリーは36聖人堂へ戻る。モンスターが2体残っている。


 最初に戦ったのは美少年型のアシュラ・ドール。さっきの空間に誘い込まれた。剣で打ち込んでくる。ケリーはチーム標準のパワードスーツ。防御無視の聖剣。3倍速で圧倒し、粘糸で拘束する。


 次は熟年女性を探し出す。展開は同じ。鑑定するとハリティー・ドールだった。ドールというモンスターで、模倣スキルで36聖人の姿形をまねていた。


 左手にザクロの枝を持っていて、その実を投げる。様々な毒やデバフ効果がある。魔法投擲?かな。5分ほど闘って粘糸で拘束。


 ケリーは二人を連れてセバスのところに行く。この二人をリポップモンスターにして、ダンジョンのどこかに配置してくれるように頼む。似てないのだが、リリエスとエルザを感じさせるのだ。殺せなかった。


 テイムしているスライムのシュビー2を呼び出して、ハリティーとアシュラをカードモンスターにしてくれるように頼む。やはり二人は、どこかケリーの心を動かしたのだ。


 ケリーは王都に帰り、道に迷ったことにしてその場をごまかす。実害はなかったのでうやむやにできた。


 王都見物はその後何事もなく、1週間楽しめた。ケリーにとっては久しぶりの骨休めだった。ミーシャともたくさん遊べた。


 不思議なことがある。王都の人攫い事件が、全く話題にならない。カシム辺境伯の治安部隊は、犯罪傭兵団を摘発しなかったようだ。


 ケリーは念話の掲示板で、その理由をチームに聞いてみた。アリアがいなくなると、王都の闇情報や、政治情勢が分からなくなる。返事はサイスからだ。


 サイスは犯人はマゲズドン傭兵団に間違いないという。中規模で50人くらいの傭兵団だが、後ろ盾はナマティ公爵。


 公爵は最高位の貴族で、ナマティ公爵は、現国王の弟だ。ナマティの都市は王都アリアスに迫る人口9万人。王都と海を結ぶ港町だ。この街道沿いに小都市がたくさんあり、どれも豊かで美しいので宝石都市街道と呼ばれている。


 ナマティ公爵は特別に3千人の兵士を持つことが許されている。カナス辺境伯は2千人だから、それより多い。交易で儲けているので傭兵団も雇っていた。それがマゲズドン傭兵団だ。


 セバートン国王は子爵家出身の第1王妃を寵愛している。王太子とライラ姫という二人の子がいる。ナマティ公爵家は第2王妃の実家である。こちらには第2王子が生まれている。つまりドロドロの後衛者争いが起きていた。


 ライラ姫に鱗の呪いをかけたことが露見しても、第2王妃は罰せられない。強いのは第2王子派閥だった。カナス辺境伯は対抗上、王太子派に属していたが、言いなりにならない王太子や第1王妃とは冷たい関係だった。カナス辺境伯を除くと、後ろ盾はもう実家の子爵家しかなくなる。


 人攫い事件は、しけた傭兵団の犯罪ではなくて、もっと根深い何かだったのかもしれない。もしかしたらカナス辺境伯とナマティ公爵が手を結んだ可能性すらある。もちろんケリーはそんなことに無関心である。

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