第222話 ヴェイユ家の諮問会議

 伯爵の長男ダレンが口火を切る。


「ピュリス南方の森に、ディオニソスの神殿がある。古代の由緒ある神殿だ。修復中で、入場できなかったが、復元は完成したと聞いている。この神殿を、秋に一般公開する。同時に神殿周辺に、第5学校の文学部を移転し、そこを本校と定めることにした」


 ナターシャが聞く。


「大きい図書館を作るっていう噂を聞いたんだけど。本当かしら」


 バトロスが答える。


「砂漠の図書館の責任者で、レイ・アシュビーという人がいます。彼と協定を結びまして、お互いに蔵書を完全にコピーする約束になっています。もしどちらかに事故があっても、片方の蔵書は残ります。本は人類の宝ですから」


 ナターシャが続けて聞く。


「図書館長、だれにするのか決まっているの」


 ダレンが答える。


「レイ・アシュビーの推薦で、サイスという者に決定している。ギフトスキルが読書という、まさに図書館のために生まれてきたような人物だ」


 ナターシャ。


「それシスターナージャの孤児院にいて、初代図書館長だったサイスじゃない。戻ってくるんだ」


 バトロスが発言。


「今図書館長をしているサイズは、名前が似ているので、ヨアヒムと改名することになった」


 ナターシャ。


「それは良いんだけど、ミーシャが小学校卒業したら、町の図書館長になるという約束は変らないのかしら」


 ダレン。


「それはファントムという人物との約束なので、変えることはできない。ナターシャの娘ミーシャは小学校卒業したら、町の図書館長にする。ここに改めて約束しよう。ヨアヒムが12歳になった時に、ヴェイユ家の費用で、第5学校へ進学させるというのも変更はない」


 ナターシャ。


「お給料は少し上げてもらえないかしら」


 ダレン。


「ミーシャになったら、1万チコリを上乗せしよう」


 グーミウッド。


「砂漠の図書館には1万5千冊以上の本があるって聞くんだけど、本は高いから、莫大な金がかかるぞ。ヴェイユ家にそんな金あるのか」


 バトロス。


「塩の生産による税収で豊かになってはいますが、数兆チコリの金はヴェイユ家にはない。費用は総てゾルビデム商会とキース銀行、ジェビック商会が負担してくれます。その責任者はテッドで、もう現地に来て準備に取り掛かっています」


 ナターシャ。


「ゾルビデム商会の支店長だったテッドが帰って来たんだ。私がスラムから追い出されて困っていた時に、助けてくれた恩人さ。いい男だよ。奥さんのアンジェラがいなくなって、今独身だから、独身女にはチャンスだね」


 ダレン。


「図書館だけでなく、テッドはディオニオス神殿の管理者でもあり、町の建設もやってくれる」


 マリリン。


「まるでヴェイユ家から独立しているみたいですね」


 ダレン。


「新しい都市の名前はディオン。自由都市宣言をして、王家直属領になる。もともとここはヴェイユ家の領地ではなく、客分の森の守護者リビーのものだ」


 グーミウッド。


「リビーってとんでもない美人と聞いたぜ。鉱山とその近くに新しくできる街も、領主はリビーになるのか?ドワーフはリビーを歓迎する」


 ダレン。


「鉱山の名前はナージャ鉱山。町の名前はモーリーズに決まった」


 ナターシャ。


「ナージャは孤児院の院長だよ。私の親友さ。モーリーは森を整備してくれていた強い男だった人だよ。死んだらしいけど。昔は森の銀狐に毎日来てくれてたんだ」


 ダレン。


「鉱山もモーリーズも、リビーが領主になる。税は利益の10分の1。その税はすべて町や鉱山、水路の整備に使っていいそうだ」


 グーミウッド。


「自由都市っていうこともそうだが、いろいろニコラスと似ているな」


 バトロス。


「ニコラスと同じ民主主義の政治を行うそうです。徴兵制も取り入れるそうです」


 グーミウッド。


「戦争になった時、ピュリスはモーリーズを守ってくれるのか」


 ダレン。


「もちろん守るさ。だがアデルのサエカ、ハルミナの隣のニコラス、ディオン、モーリーズは軍事同盟を結ぶことになる。ここに喧嘩を売ったら、王家やゾルビデム商会、エルフやドライアドまで出てきて大変なことになる。戦争になるとしたら、とんでもない大戦争の時しかない」


 グーミウッド。


「モーリーズはドワーフの街になるから、どんな軍隊に攻められても負けはしない。ドワーフの強さを、見せてやりたいもんだ。それに民主主義もいいさ。俺たちは頭を押さえつけられたら偉いやつと喧嘩するからな。それにドワーフは砂漠の町で、もう民主主義にも国民軍にも慣れているから」


 ダレン。


「それで今日聞きたいのは、ピュリスに第5学校の一部を残すのだが、何も残すべきか。そして他のヴェイユ家の都市に、移転すべき学部はあるかだ」


 マリリン。


「アデルはもう教育学部を作って、先生を養成する準備しているわ」


 ダレン。


「それは知っているし、いいことだと思う。小学校の先生は大量に必要になる」


 マリリン。


「でもマリリンは、もう一つ作ってほしいのよ。サエカは今度エルフと物々交換する場所を作ったのね。私が担当者なんだけど。エルフの担当者も女の子で、ドアンという可愛い子なんだ」


 ドアンは攫われて、マリアガルの邸でメイドをしていた少女だ。エルフは外で男女の交わりをした人物は里へ入れない。


 ドアンにはそんなことはなかったのだが、それでも外の空気を吸ってきたことだけで差別されている。エルフ以外と交渉する場に、傷物の女を差し出してきたつもりらしい。


 ナターシャ。


「それってすごいことよ。世界中から人が集まるわよ。ヒューマンを嫌いなエルフが、こういう風に他の人たちと接触するなんて初めてのことだわ」


 マリリン。


「それでねエルフの領地からたくさんの宝石が採れるんだけど、エルフは興味ないんだって。それで箱に塩入れて、宝石くださいって書いて出せば、宝石くれるのよ。これ見てくれる」


 マリリンは赤き大きな宝石を見せびらかす。マリリンが持っていいような宝石ではない。王族が持つようなものだ。ナターシャが反応する。


「明日サエカに塩持っていくわ」


 マリリン。


「それでエルフと言えばエリクサーじゃない。サエカに教育学部だけじゃなくて、病院のお医者さんや薬師の学校作ったらいいんじゃないかと思って」


 ヒーラーや薬師の養成は領主にとって優先課題の一つである。民衆のためというより、戦争に勝つためには絶対必要なことだ。


 ダレン。


「いい考えだ。採用する」


 マリリン。


「それとピュリスに残すのは演劇学部がいいと思う。劇場のあるのはセバートン王国で王都アリアスとピュリスだけなんだから」


 劇場を持つのは都市のステータスであった。演劇を上演するには、幅広い文化的土台が必要だった。脚本、役者、背景画、衣装、音楽、照明、大道具、小道具などなど。何より文化レベルの高い聴衆が必要だ。ピュリスの劇場が成功しているのは奇跡だった。


 ダレン。


「それもいいだろう。演劇は民衆に影響力が大きいしな」


 娯楽の少ないこの時代、演劇は貴族だけでなく、中流の市民にまで人気があった。それは底辺の民衆にまで波及する。政治宣伝には大きな力になる。


 グーミウッド。


「プリムスにはモノづくりの職人がいっぱい集まっている。紙工場もあるし、木工も金属加工する鍛冶師のやつもたくさんいる。うちの連れ合いみたいな魔道具士もいる。ここにはモノづくりの学校を作ってほしいなと俺は思う」


 領内で鉄製の武器を作れるのが強さの源だ。それ以外の工業も決しておろそかにはできない。プリムスの発展はヴェイユ家の繁栄に直結していた。工学部をここに作るのはいい考えである。


 ダレン。


「まとめると。ピュリスには演劇を中心にした芸術学部。ディオンには図書館と文学部。ここが本校だ。サエカには教育学部と医学部と薬学部。プリムスは工学部ということだな」

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