第216話 ディオニソスの宝物庫

 アリアが死んだ。一真は最大火力を失い呆然とした。実際のカリクガルとの戦闘で、現場で指揮をとるのは一真である。アリアとサチュロスたちがいるなら、一真は指揮官として本陣にいて、戦闘はしないつもりでいた。


 そのアリアたちがいなくなった。アリアが自分の感情だけで、好きな男と死んだのではない。一真はアリアがそんな愚かな女ではないことを知っていた。


 ディオニソスを、この世から死によって解放すること。それは必要なことだったのだろうと一真は思う。そして残された戦力で、カリクガルに勝てると、アリアは読んでいたということだ。本当にそうなのか。一真は考える。悲しむのはその後だ。


 残された中で能力値が最大なのはルミエだ。しかし彼女ですらカリクガルの半分の能力値に届かない。ただ一真には希望があった。


 エルフの勇者は精霊の内部召喚ができる。内部召喚すると、精霊の能力値やスキルを、自分に上乗せできる。ルミエも、ベルベルを内部召喚できるのではないだろうか。それでも能力値は不足するが、それでも絶望するには早い。


 それに一真自身の憑依の能力で、気づいたことがあった。ケリーやワイズたちに憑依した時、エルフの内部召喚と同じように、能力値の上乗せが起きている。このことはまだセバスにしか言っていない。


 今はチームメンバーに必死にあがいてほしい。自分も前線に出ると覚悟を決めてほしい。能力値を上げてほしい。しかし一真は仲間が能力値を上げすぎることも心配していた。カリクガルとの戦いが終わった後、単独で能力値平均が400を超えてはいけない。強すぎることは無意味なだけでなく危険だ。


 能力値の平均値が低くても戦い方によっては、カリクガルに勝てると一真は思う。そこが一真の戦術担当の腕の見せ所だ。大きな方針はある。


 一つは一真の前世の記憶を活用することだ。例えばカリクガルの知らない前世の毒薬をこの世界で作ることなど、いろいろ考えられる。前世で一真の聖女だったシオンが、売春婦に落とされたレイプドラッグは、こちらの世界にもあった。未知の薬物はカリクガルにも有効かもしれない。


 2つ目は魔法や呪術をこの世界の言語でなく、古代語で構築することだ。それはもうすでにカリクガルがやっていることだ。カリクガルはそこに日本語をごくわずか混ぜることで対策不可能な呪術を使ってくる。


 カリクガルの呪術を解呪することは、使う魔法言語を知っていればできる。逆にこちらの魔法言語がカリクガルの知らないものだったら、対策されていないだけこちらが有利になる。マリアガルを解放する時、古代語に翻訳するスキルがあった。あれをいじればできると一真は思う。


 3つ目は一真が進めている魔法のモジュール化である。魔法を部品に分けて、その組み合わせを変えて新しい魔法を作る。例えば有望なのはアンチのモジュールである。ただの土魔法が、反物質爆弾になるかもしれない。


 アリアとディオニソスがこの世を去る時、何人かにプレゼントを残していった。一真も二人から一つずつ受け取っていた。アリアからは魔法の糸だ。


 一真がもらった糸の指輪に新しい糸が増えていた。ジュリアスもケリーも同じものをもらっていた。自分の持っている魔法スキルを糸に乗せることができる。


 一真の持っている攻撃魔法は闇魔法だけだ。まだダークバレットしか打てない。闇魔法を糸に乗せるとどうなるのか。アリアなきあと、一真も前線に出る。だとしたら、真剣に活用を検討しなくてはならない。


 もう一つはディオニソスから贈られた。金色の鍵である。どうして自分かは分からない一真である。


 鑑定をかけてみると宝物庫の鍵だった。しかし場所が分からない。ケリーを尋ねて、サーチをしてもらう。ピュリスのディオニソスの神殿に赤い丸がついた。


 一真はケリーに憑依して、神殿に出かけた。小次郎は剣術の訓練に残してゆく。小次郎は鋼切りという名刀を手に入れて、張り切っている。今はその刀を使う時間をできるだけ多く与えてやりたかった。


「ケリー。この頃神殿の近くですごい武器が出たという話聞かないな」


「もう枯れたんじゃないかな」


「モンスター自体あまり出ない。昔一緒にいたころ、この辺でモーリーに会った」


「モーリー、今も生きているんだよね。会いたい気がする」


「ケリー。今あったら、恐ろしいモンスターになっているし、戦うことになるんだぞ」


 モンスターはダンジョンに集約されたのでほとんど出てこない。今は結界を張って一般のひとは入れないようにして、ベルベルやファントムが交替でリペアをしている。


 それもほとんど終わって、ディオニオスの神殿は静かだった。


「ケリー。神殿はみんなに公開してもいい顔しれないな」


「テッドが好きだった。昔行商していた頃、テッドはここでアリアの彫像に見惚れていたよね」


「スタンピードの時に、生きているアリアに会って、一目ぼれしたんだったよな」


 ディオニソスの神像もある。アリアとディオニオスの像だけでなく、他の古代神の彫像も堂々としていて、公開したら人気が出るかもしれない。


 管理は歴史好きなテッドに任せよう。かれも今は忙しいだろうが、本当は民主主義より、古代ロマンに興味があるはずなのだ。


 神殿の裏に墓所のようなものがあり、そこに地下へ向かう入り口があった。石でできた階段があって、何かの魔法で照明がされている。


 地図に従って階段を降りると、岩の扉があった。右端の鍵穴に金の鍵を差し込むとかちりとはまる。やはりここの鍵だった。


 どんな宝物があるのか。期待を込めてみた一真の目はいくつものガラス製の瓶を見つけた。宝石でもなければ、武器や防具でもない。金銀でもない。無数のガラス瓶の中に汚い糸くずのようなものが入っている。


「一真、僕にはゴミにしか見えないんだけど」


「俺には宝の山だ」


 それを一真は知っていた。昔馴染んでいたものだ。保存方法は違うが、直感でわかった。これは発酵の菌類だ。


 一真はこの宝物庫全体をマジックバッグに入れて、セバスのダンジョンにある自分の工房にすべて運んだ。


 一真にとってのみ、意味のある宝物だった。ディオニソスは陶酔の神であり、陶酔をもたらす酒の神でもあった。その酒を作る元となる発酵菌が神の力で無数にコレクションされていた。


 この世界ではないと思っていた麹菌まである。麹菌があれば醤油や味噌ができる。味醂も漬物もできる。米がないから日本酒はできないが、焼酎ができる。


 自分のためだけではない。硬いパンを食べている人たちに、柔らかい白いパンを食べさせてあげられる。ワインなどの酒の種類を増やし生活の潤いを作りだすことができる。


 チーズやヨーグルトももっとおいしくできる。漬物も発酵させるともっとおいしくなる。納豆も作れる。


 実はもっと大事なことがある。ワイズは漢方薬に知識を広げて、この世界の最高の薬師に上り詰めている。しかしエリクサーを作る方法はまだ見つかっていない。


 一真の勘ではエリクサーを作るには発酵の過程が欠かせないのだと思っている。前世での抗生物質などの薬は発酵を利用して作られている。ワイズがまだ試していない薬学の方法は発酵を取り入れることだけだ。


 エリクサーを作ることは、絶対必要というわけではない。エルフのエリクサーをコピーすればすむからだ。しかしワイズがこの先一歩を踏み出すには、エリクサーを自作できるようになるしかない。


 今ワイズには二つの課題がある。エリクサーの自作と、新しい薬物の発見だ。どちらかに絞らなければ、困難は突破できない。一真はワイズと共に、まずエリクサーの復元に取り組むことを決意した。


 カリクガルを倒すには優先すべきは新しい薬の発見だ。だがそうすればワイズがエリクサーのことを気にかけて集中できないことは分かっている。回り道のようだが、先にエリクサーを作る。チームで協力すればできる。


 カリクガルの知らない毒薬も、エリクサーの副産物としてできたりする。研究とは案外そういう物だ。


 ディオニソスのプレゼントは、カリクガルを倒す最大の武器になるかもしれない。

 

 





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