第210話 ダキニの加護
モンスターのいない長い通路は、この先にダキニなんているはずないとジュリアスに思わせる。何の気配もない。
しかし何もないとしたら、なぜこんな手の込んだダンジョンを作るのか。それに入り口にあった廃墟の村は何なのか。
ジュリアスの仮説ではこうだ。入り口の村はダキニの治める狐獣人の村だった。ある時何者かが支配者ダキニをここに封印し、奪還されないようにこのダンジョンを作った。このダンジョンがまだ機能しているということは、この奥にダキニがいることの証拠なのだ。
ゴーレム馬とスライムと犬とコオロギゴーレムたちは2時間くらいでこの閉じられた迷路の、完璧なデータを集めて帰ってきた。今日はここに野営することにした。寝るのが必要なのはジュリアスだけだ。人間が寝るのは異常なことではない。ゴーレムたちとは違うのだ。
ジュリアスはワイズにこの層の地図データを送った。もし何かが隠されているなら、それは必ず隠されていないものに影響を与えている。ワイズならこのデータから隠し通路か、隠し部屋を見つけてくれる。
ジュリアスはコオロギを見張り用に一匹のこし、あとは廃墟の村と、1層から3層のボス部屋までのデータを取るために送り出した。リポップスキルがあるので、何があっても大丈夫だ。夕食を取り、木の瞑想をしてゆっくり寝ることにした。朝が楽しみだ。
ワイズが寝ているジュリアスを起こしてくれた。ダキニダンジョンの3層の奥である。寝ないワイズは地図データから、隠し通路の候補地を3つあぶりだしてくれていた。手に小さな鶴嘴のような道具を2つ持っている。
二人で壁を叩いて、近くから調べていく。2番目のところが明らかに空洞がありそうな、異常な音がしていた。それを確認したワイズはすぐ帰っていく。
ゴーレム馬たちも帰ってきて、このダンジョンの3層以上のマップデータが出来上がった。コオロギたちの能力も上がっている。たくさん戦ったようだ。リポップは便利なスキルである。
ワイズが残していった鶴嘴で、先ほどの壁を叩くと大きな穴が開いた。4層へつながる階段が現れた。
降りていくと大きな門があり、緑の中の由緒のありそうな神殿だった。神殿に入ると、様々な動物スケルトンが大量に湧いてくる。おおよそ百体。全員で戦う。ジュリアスは3倍速になって無双する。
全部倒すのに30分弱。さて何が出てくるのか。神殿の奥から出てきたのは妖艶な女性モンスターだった。巫女の装束と杖を装備している。動物のスケルトンをたくさん連れている。
動物のネクロマンサーなのかもしれない。死霊はすべてスケルトン化するのだろう。死んだ動物は無数にいるから、スケルトンはいくらでも湧いてくる。
再び乱戦になる。動物スケルトン相手なら時間がかかるが負けはしない。戦っている最中にジュリアスの防具が無くなった。女を見ると巫女服の上からジュリアスの防具を着ている。手を触れられたわけではない。相手の女性は近づいてもいない。スキルで盗まれたとしか考えられない。
パワードスーツが奪われると、女に物理攻撃は通らなくなる。厄介な事態だ。水魔法とレイピアでスケルトンを倒しながら、その女に近づく。動物スケルトンはもう数が少ない。犬が後ろから女に忍び寄っている。女は気がついていない。ジュリアスには何かが起こるのが分かる。兆候発見のスキルが教えてくれるのだ。
レイピアの先を女に突きつけ、女の動きを止めた。ジュリアスはウォーターバレットを打つ。こちらに注意を引き付けるためだ。女がそれに集中した瞬間、犬が女の足に噛みついた。女は動転し、大声で叫ぶ。狐獣人は犬が苦手なのである。
防具がジュリアスに返ってきた。女は焦った様子で、犬を杖でめった打ちにする。犬はたまらず女の足から離れた。
女は巨大な狐に変身する。女狐が何か詠唱すると、味方のゴーレム馬たちが、すべて動かなくなる。何か呪術をかけられた。敵の動物ゴーレムももういない。1対1の状況になる。
ジュリアスは紫の糸を出した。神聖な糸は、意志があるかのように空中を舞う。回転しながら、邪悪な狐を巻いていく。糸には浄化の効果がある。邪悪なものが紫の糸に巻かれると、その力は封じ込められる。
紫の糸が完全にもがく狐を拘束した。紫の狐の置物の完成だ。ジュリアスはさらに粘糸で拘束する。ゴーレム馬たちは復活した。
尾が9本ある。巫女服の女の本体は伝説の九尾の狐だった。入り口の村を廃墟にし、ダキニを拘束していたのは、この九尾の狐だったのだろう。ポータブルダンジョンを置いて、転移スポットを設置しルミエを呼ぶ。
ルミエはすぐに来てくれた。聖女だったルミエは、最近は仕事の幅を広げて黒魔女にもなっている。封じられた九尾の狐から顔盗術で顔を奪う。黒魔女ルミエは非情だ。スキルだけでなく、能力もHPもすべて強奪した。
大きかった狐は小さくしぼみ、死んでしまった。ルミエは忙しいのか、目で合図しただけで帰ってしまう。ドロップがある。骨の杖だ。マジックバッグに回収した。
さてダキニを探そう。ジュリアスは気を取り直し、仲間と一緒に道を探す。神殿は無駄に広く、様々な神像が祀られている。神殿の外は巨木の森になっていた。少しだけ夏の気配がする。
神殿の裏に土の塚があり、そこから地下へつながる階段があった。そこを降りると広い地下室があり、かがり火が燃えている。
奥に骨で作られた牢獄があって、誰か座っている。
「あなたがダキニなの」
捕らわれている女がうなずく。全裸だった。頭が大きなクマの頭蓋骨に覆われていて、両手には鉄の手錠がかけられている。
骨の牢獄を壊し、女を封印しているクマの頭蓋骨を、レイピアで突いて壊す。
突然女が叫ぶ。その声に応じて大きなスケルトンが地中から現れた。スケルトンは人間の男に変わる。狐獣人だった。ダキニに近づいてヒールをかけ手錠を外す。
「我が名はダキニ。狐獣人の祖霊よ」
「私はジュリアス。狐獣人のハーフです」
「良く助けてくれた。礼を言う」
「偉い人なんですか」
「いや、タマモという従魔にしてやられた、情けない存在だ」
男は跪いたまま、何も言わない。だが肩が震えている。
「入り口の村は廃墟になっていましたが、何があったんですか。よければ聞かせてください」
「そこは狐獣人の村だった。私、ダキニが統治していた村だ。ここ神聖クロエッシエル教皇国では獣人差別が厳しく、我々はこの辺境の湿原で隠れて暮らしていた。そこにタマモという女が入り込んで、つい気を許したら、こんなことになった」
「スケルトンがたくさんいました。それと1層にはゾンビも」
「タマモはネクロマンサーだった。うまくいけばその術を解くことができるかもしれない。この男のように私の力で蘇生させられればいいのだが」
「村が復活すると良いですね」
「感謝の印にこれを与えよう」
渡されたのは使いやすそうなペンだった。
「ペンですね」
「何にでも書ける。神や羊皮紙だけでなく、液体にも、虚無にさえ書けるペンだ」
「ありがとうございます。大切に使います」
「もしよければ私と契約するか?契約すれば加護を与えるが」
「ぜひお願いします」
「条件が一つあって、死んだら心臓を食べさせてほしい」
「それは私にデメリットはありますか」
「特にない。私の霊力を上げるためのものだ」
「加護はどんな内容ですか」
「すべてのスキルのレベルを1上げて、能力値は運以外70上げる。運だけは7上げる」
「お願いします」
帰ってセバスと成果を確認する。まずタマモの杖。魔力が20増えて、ランダムスチールという効果がある。ランダムに相手の所有しているものを盗む。身に着けているものや武器だけではない、スキルや能力値も盗めるという。
戦っている最中に防具を盗まれたのは、この杖のランダムスチールのせいだった。ゴブリンと戦っている時、腰布を盗んでしまったら嫌だなとジュリアスは思う。
あんまり役に立たないと思った何にでも書けるペンだが、セバスはこれで武器や防具に魔法陣を描けば性能が上がるという。
どちらも狐獣人専用の道具だ。リポップのスキルは、総てのゴーレム馬たちに使える。チームメンバーの犬も、実はオオカミ型モンスターなのでリポップできる。
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