第209話 ジュリアスの焦り

 2年半後カリクガルと戦う。ジュリアスの能力値の平均は、今100にも届いていない。このままで戦えるわけがない。


 特にセバスの推奨する攻撃魔法は水魔法しかない。どんなに頑張ってもレベル5くらいにしか届かない。


 木の瞑想、魔石喰い、3倍速の死に戻りダンジョン。全部合わせても戦うには弱すぎる。強いアリアに、甘えてはばかりはいられない。ジュリアスは焦り始めていた。


 そこにベルベルが武器を手に入れた話が聞こえてくる。六魔の杖という呪われた武器である。杖には、6体のデーモンが封印されている。


 6体のデーモンはHP・MPを吸収する。吸収されるのが使い手なのか敵なのか。それが問題なのだ。デーモンは必ず敵味方1体ずつはつく。残り4体は強い方に味方する。力が接近している時は気まぐれで、どうなるか分からない。


 格下相手に戦っている時は勝てる。だが格上の敵と出会ってしまうと、デーモンにHP・MPを吸われて、使っている人が死ぬ。これが六魔の杖の呪いだった。普通の人には使えない。


 トレントの魔法使いはベルベルにこの杖を使っても効果がないので驚いたに違いない。自分はHP・MPを吸われているのだ。


 この呪いはリンクを持っているものには事実上無効になる。HP・MPはいくら減っても補充されてしまう。格上の敵でも、1体の悪魔だけはHP・MPを吸ってくれるからだ。


 ベルベルは六魔の杖と月光のデバフを組み合わせた。さらに木魔法のドレインをアクティブスキルに転換し、六魔の杖と合わせて、敵のHP・MPを減らす戦い方を確立した。


 ドレインは光合成のようなパッシブスキルだったのだが、ベルベルがトレントとの戦いの中で、特定の相手からだけHP・MPを吸うように変えたのである。


 ジュリアスはこれを聞いて自分も魔法の武器がほしいと痛烈に思った。六魔の杖は植物系専用だ。狐獣人専用の魔法の武器もあるかもしれない。


 ジュリアスが訪れたのは、ケリーが最近拠点にしているサエカの浜だ。ケリーは鑑定スキルを取るためにまだ頑張っている。つかの間の休憩をとって、ウインドサーフィンで海と戯れているケリーがいた。


「ケリー。悪いんだけど、私にぴったりな武器が隠されているダンジョンを探してくれないかな」


「サーチしてみようか」


 ケリーがサーチに入力したのは、


「ジュリアスにぴったりな武器」


 さすがにこれでは見つからない。


「ジュリアス。なんか違うキーワード言ってみて」


「じゃあ、狐獣人の魔力を上げてくれる杖」


 その通りに入力したら、1つ赤い丸がついた。地図データでは「捕らわれのダキニのダンジョン」となっている。最寄りの転移ポイントは、神聖クロエッシエル教皇国の西端辺境だった。フェルトのさらに西20キロ地点。


 ジュリアスは自分のフル装備で出かける。ミスリルのレイピア。魔力吸収の盾。パワードスーツ。糸の指輪。ゴーレム馬やペレットスライム、犬やコオロギたちも連れている。


 そこは大河の河口付近の湿地帯だった。廃墟の村があり、崩れた塚がある。その塚の下にダンジョンの入口があった。


 1層は沼のダンジョンだ。色鮮やかな毒蛇と、毒を吐くスライムがいる。コオロギたちは出さないが、ゴーレム馬とスライムと犬でも対抗できる弱い魔物だ。


 ジュリアスはレイピアで次々と倒して進んでいく。HPが削られるのは、空気も毒だからだ。全員リンクしているので問題はない。


 次は沼ではないが湿地帯。アシのような植物が茂っている。先頭を歩いていたゴーレム馬が落ちた。底なし沼だった。馬の首に粘糸を絡ませる。粘糸の端を、低い灌木の幹に巻き、犬にくわえさせる。


 身体強化とパワードスーツの力、神の乳ブースターまで使ってゴーレム馬を引き上げた。


 道はない。足元を確かめながら歩く。間違えるとさっきのように底なし沼に引きずりこまれる。コオロギやリス,鳥たちも出して全員で進む。マッピングしながら進むのでスピードは落ちる。だがジュリアスは索敵隊隊長なので、こういう場面は得意なのだ。


 時々ゾンビが出る。底なし沼に捕まった冒険者のなれの果てだろう。1体ずつしか出てこないので、水魔法のウォーターバレットで倒す。


 鳥ゴーレムがアシ原の出口を見つけ、みんなでそこを目指す。時間があればマップを完成したいが、今日は時間がない。ここまで蛇23体、スライム63体、ゾンビ24体を倒している。


 ダンジョンに入ってから2時間かかっている。めぼしい成果はまだない。ダンジョン名から考えて、ダキニがここに捕らわれているはずだ。だがその気配は全くない。


 休憩して飲み物を取り、ボリボリに蜂蜜をかけて食べる。お湯は沸かさず水だけ。そもそも食事や給水が必要なのはジュリアスだけである。


 3層は鉱山の地下道のような感じの地形だった。洞窟というには壁が人工的すぎる。ここは人より少し大きいゴーレムが出る。対抗できるのはゴーレム馬の吹き矢とジュリアスのレイピアと水魔法だけだ。


 コオロギたちは先へ行かせる。マッピングしながら、下への道を探っている。ゴーレムはさほど強くはないのに、毒石でできている。レイピアの切っ先がゴーレムを砕くと、その粉末が毒だった。ジュリアスのチームに毒は無効だ。


 しかし普通のパーティーなら、道が無く、アシの背が高くて見通しが悪い上に、底なし沼の多い2層で苦労する。3層の毒石のゴーレムも、初見では全滅するだろう。


 ゴーレムの魔石は決まった場所にある。このダンジョンでは左胸の、人間では心臓の場所に魔石はあった。ジュリアスは粘糸でゴーレムを拘束し、ミスリルのレイピアで魔石を一突きで壊す。


 壊した魔石は本当なら無価値になるが、ブラウニーに渡せば、リペアしてくれてちゃんと売れる。死体もすべてマジックバッグに収容している。もし売れなくても、ダンジョンポイントになる。


 3層の東端にボス部屋があった。全員で部屋に入ると、巨大ゴーレムが出現する。経験値が多そうなので、全員で攻撃して、コオロギたちのレベルを上げる。攻撃をしなくても対峙さえすれば経験値は入るから。


 粘糸で動きを止めて、レイピアで突く。戦い方は同じだ。大きくて硬い。だがボスも魔法が使えるわけではない。粘糸で拘束して、左胸を狙う。よほど力が強いのか、粘糸が切られた。


 もう一回指輪から粘糸を出して、厳重に巻いた。今度は逃れられない。レイピアで胸を突いて、魔石を壊しておしまいだ。ボスはなにかをドロップしていた。


 リポップのスクロールだった。モンスターはダンジョンでは15分でリポップする。ダンジョンモンスターでなくても、リポップさせてくれるスキルだった。念話2で一旦スキルをセバスに送り、増やして送り返してもらう。全員に導入。これでこの子たちを失うことは無くなった。


 通常だとボス周回して経験値を稼ぐ。しかし今日は目的がある。一応ボス部屋にポータブルダンジョンを置いて、いつでもここへ転移できるようにする。ダンジョン入り口にも転移ポイントは作ってあるのは言うまでもない。


 さてここが終点なはずはない。どこかにダキニが捕らわれている。そこに狐獣人の杖があるはずなのだ。


 ボス部屋を出た先は、今までと同じような道が続いている。ただ壁の材質が違う。黒い大きな岩になっている。


 みんなでその道に踏み込むと、後ろでボス部屋への道が岩で閉ざされた。転移ポイントが無かったら帰れないということだ。


 ともかく進むしかない。この道は迷路だった。同じ風景が続き、一定間隔で分岐が出てくる。モンスターはいない。何故か暗くはない。


 ジュリアス達は同じ場所に帰ってきていた。ここは出口のない、堂々巡りの迷路だった。しかも壁の黒い岩は強烈な毒岩だ。


 全員がわざと、バラバラの方向に進む。完全なマッピングが必要だった。手間はかかるが、それしか抜け出る方法はない。


 完全なマッピングは、隠されたものまで浮かび上がらせてくれる。戦いは情報戦なのだ。

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