第208話 六魔の杖
ドライアドは木の妖精である。人化して出歩いていても、本体はどこかに生えている木なので、いつでも逃げ帰れる。生命の不安はない。食べる必要もないので、草食系ですらない。異性などいないので。恋のために争うこともない。なのでドライアドは例外なく優しいのである。
ドライアドは、おだやかにエルフの乳母として生きてきた。攻撃手段は長弓であるが、それはエルフを守るために持っている。自分のために狩ることはない。長命なために、無駄に弓はうまい。
ドライアドは、そもそも自我が発達していない。心の中核は集団的意識で、自意識はごく表層的だ。だから悩みもない。
ベルベルも優しいし、集団意識の中で生きてきた。だが10歳のギフトで並列思考スキルをもらった。そのために、ベルベルの中に自分という意識が、目覚めてしまったのである。
ベルベルの考えるドライアドの解放は無理だろう。狩りをする不死の精霊が現れたら、世界は破滅する。ドライアドがすべてを狩り尽くし、最後はドライアド同士で殺し合うしかない。
しかしベルベルは、ドライアドの静かな調和した世界が、物足らないのである。それでエルフの反逆者ルミエと同盟した。
ルミエは聖女でありながら、闇の魔女になった。ベルベルもそれに影響されていたのである。優しい自分は、同時に冷酷非情な殺戮者になるしかない。並列思考だから、そうなれるかもしれなかった。
ベルベルは春になると忙しい。今年は多くのダンジョンにアルラウネが移植された。そのすべてのアルラウネに、植物育成の木魔法をかけて回っている。
本人の意識では、武者修行のつもりである。アルラウネも鞭使いなので、鞭の腕を磨くため、道場破りをしているつもりだ。アルラウネに、植物育成スキルを使うのは、その謝礼である。そう思っている。
ドライアドは、パッシブなドレインスキルで、HP・MPを自然から授かっている。光合成のようなものだ。このスキルによって、自分の中で過剰になった活力を、植物育成スキルで、無意識に他の植物に分け与えてしまうのである。
ベルベルのおかげで、この春移植された、すべてのアルラウネは、移植の危機を乗り切り、健全に育った。アルラウネは、半径10キロ以内の農作物に、植物育成の恩恵を与えていた。特にビートは、成功すれば砂糖がとれるようになり、地域に大きな富を生み出すはずだ。
アルラウネは下半身が植物、上半身が女性のモンスターである。腕は枝になっていて、このたくさんの枝を鞭にして戦う。けっこう強い。
冬眠に近い状態で冬を過ごし、早春に目覚めて、枝に人型の実をつける。この実がマンドラゴラになる。マンドラゴラを畑に植えて、15年するとアルラウネになる。秋に腰の部分に花を咲かせ、その花粉が媚薬になる。
花の匂いに集まった雄モンスターや、人の男性を食べて、栄養にしている。気に入った雄を捕まえると、花弁を閉じ一冬かけて受精し、マンドラゴラの実をたわわにつける。この時期、冬眠していると思って、近づくと殺される。
ベルベルにとって、アルラウネは格上のモンスターである。同じ植物系であるが、のんびりしたドライアドでは、肉食系のアルラウネにはかなわない。
アルラウネは攻撃手段が多い。小枝の投擲、枝の鞭、根の突き刺し、スキルでの混乱状態付与、花が咲いている時は性的魅了を仕掛けてくる。
ベルベルは3倍速で戦う。さらに右目の幸運のバフ、月光のデバフをかける。並列思考なので、近接戦闘しながら、魔法をかけるのは得意である。
しかし模擬戦で勝つのは今のところ無理である。ただ良い訓練になっているようで、ベルベルに鞭術レベル1が発現した。
セバスが推奨する攻撃魔法は、ベルベルにはない。無理をすれば、木魔法は風魔法も含むので、風刃を取得できるかもしれない。しかし風を刃として使うのは、ベルベルの美意識が許さない。むごたらしすぎる。
夕暮れのリングル郊外。今日5体目のアルラウネとの戦いを終えた。ベルベルは、散歩したくなり、気持ちの良さそうな森へ入って行った。モンスターのいない安全そうな森だった。
急に蔦がベルベルに巻き付き、4メートルの高さに持ち上げられた。とっさに物化を自分にかけ、1枚の木の札になって地表に逃れた。砂漠の本体には、いつでも一瞬で戻れる。しかしこの時ベルベルは逃げなかった。自分が非情な殺戮者であることを思い出したのである。
ベルベルは木の悪意にムッとした。周囲を見ると、トレント5体に囲まれていた。物化を解いて、素早く囲みを離れ、戦う体勢を取った。防具はチーム標準のパワードスーツ。持っている武器は長弓と鞭である。
アルラウネとの戦いと同じ、3倍速と右目のバフ、月光のデバフをかける。リンクがあるから死ぬことはない。念話で助けも呼べたが、ベルベルはソロで戦うことを選んだ。冷酷な殺戮者が、助けを呼んでは馬鹿にされる。
大きな1体は3メートルくらいある。樹人で巨人だ。足もあり、移動はできるようだ。離れたところから、黒い杖で魔法をかけてくる。魔法が何かは分からない。
残りの4体のトレントは、2メートルくらいの樹人。足は遅いが、枝のスピードは速い。こっちに近づいてくる。枝の鞭と、木の実の投擲。アルラウネと同じだ。それならもう慣れている。
ただ数が多い。まずは後ろに飛んで、距離を取る。回避しながら、長弓で攻撃だ。普通の矢では当たっても、刺さるだけでダメージは小さい。だから麻痺毒を選択。
竜の咆哮で動きを止めて、目らしきところを狙って矢を射る。1体の目に当たり、行動不能にした。しかしその後は警戒されて、たくさんの枝で射線を消されて、顔は狙えなくなった。
武器を鞭に変える。囲まれないように端に立つ奴を狙う。相手の枝の鞭に絡めとられないように、慎重に相手のHP少しずつ削る。ベルベルは、攻撃手段の貧弱さに改めて気がつく。ゴーレム馬を呼び、マジックバッグから出す。
一瞬トレント達に動揺が走る。この隙にゴーレム馬を突撃させ、今闘っている1体を横転させる。それを鞭で滅多打ちにして倒した。
あとは普通のトレント2体とトレントの魔法使い。魔法使いが何の魔法を使っているのか分からない。それが不気味だ。
ゴーレム馬が、吹き矢をドラゴンブレスで射る。矢は属性のない魔法矢である。顔面に命中し、動きを止めた。ベルベルは3倍速で近づき、飛び蹴りで横転させる。
転んだら立つのに時間がかかる。デバフ月光が徐々に効いてきて、トレントの敏捷が落ちている。これも鞭で滅多打ちして倒す。
目をそらした隙に、1体の枝が足に絡んで、今度はベルベルが横転させられてしまう。右足につるが絡みつき、引き寄せられている。幸い手は自由になる。鞭をしまい。密かに猿手をはめて、鉤爪を出しておく。
棘のある木の実を投擲してくるが、防具がいい仕事をしてくれて、痛みはない。葉のついた無数の枝が、包囲を狭めてくる。閉じ込められたところに、鞭の乱打が来る。仲間を倒されて相当怒っている。
ゴーレム馬は、吹き矢でトレントのHPを、わずかずつ削り続けている。ベルベルは十分近づいたところで、物化して拘束を抜ける。抜けたらすぐ人化し、3倍速でジャンプ。猿手の鉤爪でトレントの胸と腹を、メチャクチャに攻撃する。透明な液体が噴き出し、トレントは息絶えた。
あとは謎の攻撃をする魔法使いのトレントだけだ。3メートル近い巨人は逃げようとする。だが足が遅い。背中が鉤爪にかかり、あっけなくトレントの魔法使いは死んだ。手応えがなさすぎる。
トレントの死体は、けっこういい値で売れるらしい。マジックバッグにしまう。黒い禍々しい杖がドロップしていた。杖も一緒にマジックバッグに入れる。バッグと言っているが、今は指輪型だ。
セバスのところでトレントの死体を売る。ドロップした杖を鑑定してもらう。六魔の杖と言われた。
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