第207話 ヴェイユ家の義勇軍

 5月になり、ヴェイユ家の義勇軍募集が始まった。参加すると、税が1割免除される。平均年収は、 300万チコリ。税の負担率は都市民5割。農民は6割。大雑把だが、義勇軍参加の日収は2万チコリ弱。かなり条件は良い。


 生活3魔法がないものには、無料で導入してくれる。四肢がない者、盲目の者も働けるようしてくれる。識字・計算の教育あり。


 1年間に90回募集があり、1回の募集は千人までの完全予約制。春は都市部の若者を中心にかなりの人気だ。500人ずつに分けられ、午前午後の入れ替え制。生活三魔法のないものはその場で導入。障碍のあるものとヒールレベル1の者は、馬車でハルミナのブラウニーダンジョンに送られる。


 最初の4日は午前中3時間の室内訓練。識字・計算ができない9割は、大部屋で個別学習。魔導書の指示に従い、兵士のコーチが付く。サボっていても放置される。


 残り50人は、珠算、料理、身体強化、投擲、剣技、魔法の6コースに分かれる。こちらも魔導書の指示で兵士の補助付き。


 毎日評価され、魔導書が成長率が高いと評価した者には、10連ガチャ券が与えられる。毎日15人前後がもらえる。ガチャ券は食事場所で引ける。当たるのは、各コースのスキルスクロールか、1万チコリまでの金。これでみんな目の色が変わる。サボったら損をするのだ。運が良ければ10万チコリ手に入る。


 午後4時間のうち前半2時間は、500人を4チームに分けて、訓練用の城壁ダンジョンに入る。クロスボウと皮の防具をつけて、城壁上からゴブリンとボアを攻撃1時間。魔石を採ったり、ボアを解体。魔石とボアの肉、毛皮の量でチームごとの評価がつく。1位8連ガチャ。2位6連ガチャ。3位4連ガチャ。4位2連ガチャ。


 後半2時間は、希望者は歩兵の集団戦。4チーム作る。集団戦も学校モードダンジョンになっていて、HPが1になったら強制排出される。歩兵戦の優勝チーム全員に10連ガチャ。2位は6連ガチャ。3位は4連ガチャ。最下位は褒美無し。


 歩兵戦を希望しない者は、ダンジョン攻略。自分の好きなダンジョンに入り、ドロップを目当てに戦う。宝箱にはいろんな種類のガチャ券が入っている。確率的には歩兵戦の方がいい。ダンジョン攻略はのんびりしたい人向けだ。


 夕食は午前に狩ったボア肉が平等に、一人ずつ配布され、大きな焚火で焼いて食べる。夕食後は、自由にダンジョンに入っていい。学校モードなので危険はない。もらえるのはガチャ券だ。


 誰かがガチャ券を引くときは大いに盛り上がる。1万チコリが出ると大歓声になる。スクロールもたくさん出る。ガチャ台はたくさんあるので、人のいない時に、ひっそり引くこともできる。


 5日目から4日間は、野営訓練になる。男女混合の10人が同じ場所で野営する。装備はジュリアスのシーツと、ペレットストーブ。夜寝るのは、シーツをテント代わりにしてソロである。防具は皮鎧で、武器は好きなものを貸してもらえる。あとは朝食、昼食用のボリボリと牛乳をリュックに持つ。


 兵士がついていて、ゴーレム馬と犬、コオロギゴーレムなども一緒である。夜間の心配はない。


 パーティーは10人で、モンスターを倒しながら進む。10人のパーティーが50。兵士が一人ついている。ヴェイユ家領を巡回して、3泊の行軍をする。夕食は各パーティーの自給自足。狩ったモンスターの肉を食べる。途中の農家で野菜を買っても問題ない。


 500人が常時周辺の森で、モンスター狩りをしていると、さすがにモンスターが減ってくる。指導者の兵士の判断で、低層のダンジョン攻略をしてもいいことになっている。


 野営訓練まで完了すると、全員に証明書が渡される。これで税が1割減る。各班の成績優秀者50名には、11連ガチャが与えられる。


 それとは別に、識字計算以外のコース最優秀者1名には、珠算コースならソロバンが、料理コースならナイフが、身体強化コースなら靴が、剣技コースなら鉄剣が、投擲コースならスリング(皮の投擲具)が、魔法コースなら安い杖が、それぞれ渡された。

 

 ダレンは、義勇軍をさほどあてにはしていない。せいぜい籠城戦の城壁上からの攻撃、後は自警団に役立ってくれればいいと思っている。


 ダレンにはスタンピードの成功体験が沁みついている。城を取り囲む敵軍に、こちらの精鋭騎馬隊が突撃したら勝てる。リビーのおかげで、大理石の硬い城壁が手に入った。城壁が強化され、騎馬が充実した今なら、ピュリスは相当強いはずだ。


 ダレンの考えている作戦はこうである。まず敵が来たら、周辺の住民を全員ピュリス城内に避難させる。城門を完全に閉じて敵を待つ。


 敵の数が1000だと想定してみよう。ピュリス近郊の森に冒険者の半分、50人を潜ませて、ゲリラ戦で敵の数を1割減らす。残り900。城壁の上は、義勇軍の選抜隊に守らせる。彼等にはクロスボウと投石器を与えれば良いだろう。


 3つの城門に騎馬中心の正規兵40人ずつを配置。1つの城門は残りの冒険者50人に守ってもらう。


 敵の油断を見つけたら、素早く打って出て、打撃を与えたら素早く帰る。ヒットアンドアウェイ戦法だ。敵は長期戦になれば兵糧に困る、外にいる冒険者のゲリラ部隊には兵糧を狙ってもらおう。


 粘っているうちにカナスから援軍が来る。それにプリムスや鉱山のドワーフも加わるだろう。冒険者部隊もいる。外部部隊が60人以上になれば、城壁の外と中で呼応して、敵を少しずつ減らせばいい。もしかしてエルフの援軍を得られたら勝ちは確定だ。


 それがなくても籠城で負けることはない。諦めて退却した敵を、騎馬隊が追撃して、大損害を与えることもできる。ヒール持ちは野戦病院を開設。薬師には事前にポーションを大量生産させておく。


 ダレンの戦術では騎馬隊が戦力の中心となっている。だが騎士団はまだ結成されていない。ましてそのヒットアンドアウェイなど到底無理である。


 冒険者が伏兵で敵の1割削るのも、索敵隊無しでは無理だろう。その索敵隊をダレンは手放したばかりだ。


 にもかかわらず、ピュリスは勝つかもしれない。基本的に籠城作戦は正しい。大ピュリス計画により、周辺に小都市ができていて、小都市はみな城壁を持ち簡単には攻略できない。


 こういう構造の領地は攻略しづらい。戦力を分散すれば弱体化する。しかし戦力を1カ所に集中すれば、背後から攻撃される。しかもヴェイユ家領は水路が発達し、軍の移動が素早いのが殊更厄介だ。


 ダレンは義勇軍をさほどあてにしていないので、義勇軍の訓練は緩い。国民はメリットが多い義勇軍への参加を続けるだろう。それは結果的に識字率を高め、ヴェイユ家の領土を豊かにするに違いない。


 戦いは1つ1つの勝敗も大事だが、結局国力の大きい方が勝つのだ。国力とは軍事力だけではない。国民一人一人が持つ富も国力なのだ。今のピュリスは、そういう意味での国力が飛躍的に伸びていた。ダレンは軍事的能力は低いが内政はうまい。


 ヴェイユ家の義勇軍で、確実に儲けているのはナターシャである。娘のジュリアスが開発した、イラクサのシーツが、市場でバカ受けしている。ジュリアスが暖かい刺繍をしているので、夏以外は重宝する。特に冷え性の女性には大好評だった。


 ジュリアスはチームメンバーには、温度調節の下着を作っているが、この下着は革新的過ぎる。市場を激変させないように、機能が限定的な暖かいだけのシーツにしている。


 イラクサの糸づくり、布づくりはは昨秋からジュリアスが各地で広めていた。糸の染色と布づくりは、各地の老舗の業者を決めてまとめ役をしてもらう。ジュリアスは儲けるつもりはない。貧しい人たちの自給自足生活が、豊かになればいいと思っている。


 ナターシャは儲けるつもり満々である。イラクサはその辺にいくらでも生えている雑草だ。春の若芽は山菜となるが、それ以外は棘が痛くて嫌われものだ。それが金になるのだ。みんな目の色が変わる。


 ヴェイユ家の軍が、ボリボリと共にジュリアスの温かいシーツを採用してくれた。それはナターシャには、自分がさらに成り上がるチャンスなのである。

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