第205話 リビーの2週間
リビーが6カ月の修行を終えて帰ってきた。ファントムを通じて、ピュリスのダレンに挨拶を申し入れた。リビーはクルトの唯一の相続者である。森の守護者の地位もリビーのものになる。貴族としては最底辺だが、ヴェイユ家を寄り親として騎士身分になるので、挨拶は必要だった。
廃鉱山から鉄鉱石の鉱脈が発見されたので、ダレンは森の守護者リビーに、開発の許可をもらわなければならない立場である。しかもドワーフによる新しい街づくりの許可ももらわなくてはならない。
会見は2週間後になった。それが終わったら、リビーはまた6か月の修行に出る。今度はリザードマンの祖霊との訓練だ。
ケンタウロスの瞑想によってリビーは、動きながら、戦いながら自分を見ることができるようになった。それの効果はすぐわかるものではない。ステータスの数値は見える範囲では、何も変化がなかった。
しかしリビーは家族を全員失った自分を、外側から冷静に見る目を持つことができた。心はもう凍結してはいない。自然が色づく春になったことを、心と体が喜んでいた。季節を感じられる余裕が生まれていた。
セバスはジル隊討伐チームの解散を通告していた。だがなんとレニーが新たなチームを呼び掛けていた。カリクガルと戦うことを目的としたチームだという。
チームには規約も名簿もない。緩いつながりだが、このつながりに加わるには、命をかける覚悟がいる。チームに加わるには、特に誰に通告する必要もない。セバスの半年ごとの5%アップを受ける。それが自動的にチーム参加の同意になる。チームが嫌になったら、念話のスキルを捨て、リンクから外れ、5%アップを受けなければいいのだ。
カリクガルと戦う。リビーの決意に迷いはない。家族全員を奪われた復讐かというと、リビーは口ごもる。復讐とは少し違う。リビーはまだうまく言葉にできないのだ。
この機会にリビーはいくつかのスキルを導入した。月蛾触角と照準のセット。必中のグローブも一緒だ。座標空間を得て、投擲する氷槍の精度を上げたかった。石化と3倍速のスキルも導入してみた。
自分の皮膚を石化して、大理石にすれば、防御力が上がる。3倍速は行動が早くなることで、槍技が格段に有利になるからだ。
セバスは、耐性を中心とした全般的な能力値のレベル上げを呼び掛けていた。スキルとしては遠隔魔法を推奨していた。
リビーもレベル上げには同意する。耐性というステータスに表れにくいものを重点的にあげるのもいいことだと思う。
ブラウニーのダンジョンに、耐性ダンジョンができたので、リビーは挑戦してみた。自分の強さに合わせて、ぎりぎり攻略できない。リンクは自動的に一時解除される。死亡する直前でダンジョンから排出される。排出されたと同時にリンクでHPとMPが復活し、また挑戦できる。学校モードのダンジョンなのだという。敗北と死を経験できるのが貴重だ。
ストレスのたまるダンジョンだった。暑かったり、モンスターの数が多かったり、不安を煽られたりする。3倍速や座標を使った攻撃も試して、精一杯あがいてみる。この新ダンジョンはいやらしいが、強くなるための手ごたえがあった。
セバスが推奨する遠隔魔法は、リビーには氷魔法しかない。相手を低温にさらして動きを鈍らせる魔法である。
戦う爽快感はあまりないが、セバスの言うことに間違いはないので、真面目なリビーは氷魔法にも手を抜かないで、スキルのレベルアップを図っている。
リビーのギフトスキルは魔法武器で、あらゆる武器に魔法を乗せることができる。いまはまだ槍技や氷魔法のスキルを上げている段階だが、次は槍に氷魔法を乗せていきたい。
セバスは今回防具とアイテム類を、チームとして統一をしてくれた。防具は表面はメタルで硬いが、中からは自在に動く。軽い鎧の改良型だ。パワードスーツになっているので、四肢が無くなっても戦える。自動調節がついているので、リビーに有難いのは、3種の体形のどれでも使えることだ。自動成長するので、使うほどに能力が上がる。
アイテム類には、アラーム付きの時計がある。成長促進のアクセサリーは2・6倍にもなっている。犬やゴーレム馬、ゴーレムコオロギも全員に配布になった。リビーは育成する暇がないので、犬やゴーレムはブラウニーに委託する。
マジックバッグも最高の性能で、指輪型に統一された。ミラージュの指輪、マナスのペンダント、身代わりのアミュレットの機能も指輪に追加された。
ダレンとの面会の前日、ブラウニーダンジョンのリビーの部屋に、ルミエが来てくれた。今リビーはヒューマンの体形で過ごしている。ケンタウロスやリザードマンの姿では目立ちすぎるからだ。
「リビー、あんたヒューマンの姿でも目立っているわよ。自覚ないでしょ」
「私は獣人ミックスだから、注目されて、蔑まれることには慣れているの」
「今のあんたの姿は、ヒューマンの理想形なの。男ならだれでもあんたに魅了されるわよ。女にとってもぐっとくる外見になっている」
「ルミエ、喋り方も感じも変わったわね。前のあなたは聖女だった。外見なんか気にしていなかった」
「今は黒なじょもやっていて、呪いをかけているからね。おかげで前は見えなかった世間というものが見えている。ゲスな世間が見えてきたのよ」
「世間なんてないのよ。私はケンタウロスの修行でわかった」
「あんたが聖女になったみたい。議論はしないわ。明日どんな服着ていくの」
「セバスがくれた新しい防具」
「お化粧は?」
「道具持っていない」
「明日1日だけ私の言うこと聞いて。余計なトラブル起きるから。友達だと思っているなら、お願い」
「そこまで言われたら従うけど、他人を美人だってエルフのあなたが言うのは止めた方がいい。嫌みだって誤解する人もいるわよ」
「今だけは黙って従って。ジュリアスのところ行って、お母さんのドレスを借りるからついてきて」
翌日濃いブルーのドレスに身を包んだリビーが馬車から降り立った。同系色のベネチアングラスをかけて、顔の一部は隠している。口紅だけはつけている。付き添いはファントムである。
執事のバトロスが出迎える。騎士としての正式の叙任の式は、父のヴェイユ伯爵が行う。ダレンと会うのは私的挨拶で、ついでにビジネスの話をするだけだ。
場所も庭園の粗末な四阿だ。領主館の庭園は春の気配に充ちていた。それはダレンの心遣いなのだろう。慣れていないリビーのために、わざと粗末な状況を作っている。
それなのにリビーの圧倒的美しさのせいで、場が華やいでいる。ケンタウロスの目で見れば、愚かな人間が3人集っているだけだが。
世間なんて本当にないのかもしれなかった。リビーは全裸でなければ何を着ていても問題なかったと思う。防具でも良かったのかもしれない。
ダレンがリビーに圧倒されていた。
「リビー、鉱山の件ですが」
「森や山を私は好きです。上手に人の手を入れると前より豊かになるんですよ。そのことだけお願いします。報酬は利益の1割。細かいことはファントムと決めてください」
「わかりました。この後の予定は」
「これが終わったら、すぐ修行に出ます」
いろいろな波紋を残して、リビーはリザードマンの祖霊のもとへ行った。これからしばらくはリビーはリザードマンの体形で過ごす。リザードマンにとっては、その姿が理想なのだろうという体形で。
ピュリスを去る時、リビーは城壁に石化をかけて行った。ささやかないたずらである。拡張されたばかりの城壁は、ハニカム構造を含めて、ゆっくり大理石になった。色はイエローのままである。膨大な魔力が必要だったが、リンクのスキルでリビーのMPは無限に補充される。
光の都市ピュリスは、さらに輝きを増した。
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