第200話 本と魔導書を結ぶ
サイスは砂漠の図書館にいた。季節は春になろうとしていた。今サイスが取り組んでいるのは新しい分類方法の確立だ。
今までは神聖クロエッシエル教皇国の分類法に従ってきていた。しかしその分類法ではアズル教の教皇派優位、かつヒューマン優位で、それ以外の文化や宗教、他の人種を差別していた。
国家では神聖クロエッシエル教皇国が優位で他の国は劣等国と分類されていた。中でも獣人の国である六星王国は最劣等国とされていた。このような差別がまかり通っている分類法をそのまま使うわけにはいかない。
サイスは本の題名と主な内容を簡単に記したカードを作った。それをカード型記憶でいったん脳内に取り入れた。
それをわざと無秩序にバラバラにし、カオスの状態作る。そのカオスから内容の似ているカードが近ずくように、脳内で操作していたのである。これは一真の記憶にあったKJ法を参考にしている。
カードは似た内容同士が小さな仲間を作り、それが似た内容のグループを呼び寄せて1ランク上の大グループを作る。大きな階層構造が作られていく。完了したのは1週間後だった。
今度はそれをルールに従って並べなくてはならない。並べ方は旧分類と日本の図書館の分類法を参考にした。一真の記憶は、意図的に学んでいなくても、断片として映像が記憶されている。その断片から分類法全体を復元したのである。
新分類法に従い、カードを並び替える。これを表計算のシートに、スキルで一瞬で転記し、番号を振っていく。神聖クロエッシエル教皇国の旧分類番号との紐づけも忘れない。
ここまでやれば後は図書館員たちに任せていいだろう。彼等なら紙のカード作成と、ラベル張り、台帳づくり、書架の並べ替えまでやってくれるだろう。
結構時間がかかった。そして古代語の本の整理は全く進んでいない。やることはまだあるが、サイスは自分の役割は終わったと感じていた。もうすぐ世界最大の図書館が世界に開かれる。世界中の学者が砂漠に詣でるようになる。
サイスの仕事は、傷んだ本のリペアから始まった。落書きは消すが、価値ある書き込みは残さねばならない。繊細な仕事だった。教皇国図書館の蔵書印はリペアの時に全部消した。リペアは失われたページまで復元してくれるので大変役にたった。
仕事が一段落した今、サイスには図書館の関係の統合スキル、図書館司書レベル1が発現していた。そして表計算がレベル3に上がった。表計算の新スキルは、いろいろなデータをカード化して考察するカード型認識術であった。
レベル2では、グラフ化、地図データの取り込みだった。この表計算のスキルは、最初は四則計算の高速化だった。このスキルはサイスによって独自の発展を遂げ始めたのかもしれない。
サイスは一番大事なことは、実現できなかった。サイスは自分を魔導書の図書館長だと思っている。魔導書は魔法的につながっていて、置き場所が離れていても、同じ魔導書図書館の蔵書は、互いに補い合い、修正しあう。
火魔法の魔導書が必要だった場合、すべての魔導書の関連知識を、学習者に最適な形で示してくれる。まるで子供を育む母親か、家庭教師のようにだとサイスは思う。レベルが高くなると、魔導書から学ぶことは人格のある師匠から学ぶことに似てくる。
魔導書と紙の本をつなげられたら、どんなに素晴らしいだろうかとサイスは夢想する。紙の本に記されている膨大な知識がある。それを魔導書に移植することができたら、学ぶことはなんと生き生きしたものになるだろうか。サイスの一番やりたいそのことが、まだ実現できないのだ。
ホーミック1世がトールヤ村から砂漠の図書館にやってきた。ハルミナのリオトに呼ばれ、ニコラスの治療院の指圧師になるという。その旅の途中、ジンウエモンの本が発見されたと聞いて、砂漠の図書館に立ち寄った。
「ホーミック1世。あなたはサーラの代官でしたよね」
「そうですぞ。サーラの作った第1号のホムンクルス。そしてトールヤ村の初代代官でした」
「昔の事情とか良く知っているんですか」
「渦中にいましたからな。私以上にに知っているものはないですぞ」
「サーラがジンウエモンを倒した様子って、見ていたりしますか?」
「さすがにそれは見ていませんが、その話はサーラから良く聞かされました」
「どうやってリッチのジンウエモンを倒したんですか」
「12年前のルアイオロとカナス辺境伯を倒す戦いから話すことになりますが?」
「長くても構いません」
「大きな障害が2つありましてな。1つはドンザヒ。領主のルアイオロは、地竜をテイムしていましてな」
「ドラゴンのテイムとはすごいですね」
「大人のドラゴンをテイムするのは難しい。でもできたら無敵ですな。子供のドラゴンはテイムできるんです。ドラゴンが大人になるには200年、テイムした人間は死んで、ドラゴンは解き放たれてしまいますからな」
「サエカのアデルがそうですね」
「ケンタウロスはこの地竜の力で、ルアイオロに従えられていたんです」
「ケンタウロスは、今はケルザップ王国にいますが」
「当時も同じでしたな。12年前ルアイオロはン・ガイラ帝国の宰相でして、第1皇子の祖父でした。彼の領地が帝国の東端、ドンザヒ。そしてドンザヒを守るのが強力な地竜と地竜に従えられていた、ドンザヒの対岸の島ケルザップ王国でした」
「ドラゴンを倒せる人間は、勇者パーティーくらいでしょうか」
「このドラゴンをショウとサーラは、完全結界で包み込んで倒しましてな」
「結界は守るものだとばかり思っていました」
「完全結界は空気も遮断するので、火を吐けば吐くほど地竜は息苦しくなって、最後は気を失ってしまって勝ったんです」
「リッチのジンウエモンは?」
「ジンウエモンはカナス辺境伯領の防衛の要だったんです。サーラは同じように完全結界で包めば勝てると思っていたんですがな」
「実際は?」
「わからないですな。どうもジンウエモンには輪廻に帰れない未練があったあったようでしてな」
「その未練とは」
「マツエという少女らしいです。勝てた原因は。詳しいことは分からんのですが、サーラそっくりな少女だったようです」
「それがどういう関係があるんですか」
「サーラが江戸時代の少女に化けてジンウエモンの前に現れると、ジンウエモンは、金の砂になって消えたとサーラは言ってました」
「完全結界で勝てたわけじゃないんだね」
「その時カナスの領主館にあるジンウエモンの邸が火事になり、多くの貴重な本が焼けてしまいまして」
「見つかった本も焦げた跡があったのをリペアしたんです」
「もしかしたら焼け残りのゴミの中に、リペアできる本があるかもしれませんぞ」
ホーミック1世の言う通り、書庫の中のゴミ箱には見知らぬ文字で書かれた、半分以上焼け焦げた紙がたくさん見つかった。ゴミを捨てるなと言っていたサイスの功績だ。
リペアをかけるとジンウエモンの書いた本が何冊か復元できた。一真に来てもらって、見てもらう。
『農業大全』、『刀剣武器鑑定手引き』、『寛政一揆騒動記』『治山と治水』という題名の4冊だった。
江戸時代の日本の農業のやり方。河川改修や水路の作り方。この二つは今のこの世界にすぐ使えそうだとサイスは思った。『農業大全』はゼラリスが喜ぶだろう。
一真が欲しがったのは日本刀の鑑定の仕方。もう一つは一揆の記録。これはは前世のジンウエモンの経験を書いてあるそうだ。一真によると前世のジンウエモンは、百姓一揆の指導者で火あぶりにされたらしい。その詳しい闘いの記録が、戦術オタクの一真には興味深いようだ。
ホーミック1世が興味を示したのは、以前に見つかった『ツボ覚書』と『珠算教本』だった。既に下訳が終わっているので、ホーミック1世に目を通してもらった。彼は4日間部屋から出ずに熱中していた。そして細かい専門用語などを修正してくれた。
ホーミック1世自身からは、すでにファントムが魔導書を作っていた。この2冊の本を読んだあと、ホーミック1世の魔導書は内容が増加していたのである。ホーミック1世は、指圧師のレベルと計算のレベルが上がっていると言っていた。
サイスは一真、ワイズ、ケリーの3人が鑑定のスキルを得た時、この図書館で熱心に調べ物をしていたのを思い出した。一真に鑑定の魔導書の内容を確認してもらったら、その時本で学んだ内容が反映されているという。
サイスは紙の本と魔導書をつなぐ道を見つけた。ただそれには誰かが努力しなければならない。自動的に何でもできる楽な道ではなかった。しかし道はつながったのだ。
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