第198話 何と戦うのか

 神聖クロエッシエル教皇国の諜報機関に捕らわれて、長い間利用されてきたエルフの奴隷が通信員だ。彼はもう名前を捨てている。名前は危険であり、本名を名乗るのは怖ろしいそうである。


 通信員によると遠隔での幽閉の場合、管理者は最低でも1日1回の状況確認はしているはずだという。ここの管理者がFことフローズン・ローズ(これもコードネームだろう)であることは分かっている。カリクガルは部下を信用しないから、F以外が関わっている可能性は低い。


 今までの監視で、Fの訪問はなかった。Fによる音声での確認もない。考えられるのはFからアカジへの念話か、感覚共有である。


 ファントムの憑依を、エルフの奴隷ドアンから、現場責任者のアカジに切り替える。本人たちには何の変化も感じ取れないように慎重にだ。憑依の切り替えはうまくいった。


 アカジへの憑依でわかったのは、状況確認は念話だった。Fからの念話による状況確認が、毎朝8時の決まった時間に来ていた。5年間全く変化のない念話は、もう習慣になって緊張感は失われているはずである。


 驚いたことにアカジはホムンクルスだった。ホムンクルスを作れるのは高レベルの錬金術師しかいない。カリクガルかFが錬金術師でもあるのかもしれない。


 アカジの記憶を探り、女主人がマリアガルだと確認された。午前中の叱責のような声は、アカジの呪術による精神攻撃だった。毎日過去の不快な出来事を再現して心を折っていた。


 不快な出来事とはマリアガルの息子の死の情景だ。つまり夢魔処刑を毎日繰り返していた。マリアガルにとって人生の最大の痛恨事は、息子を殺されたことだった。それを繰り返されたら、立ち直ることはできない。


 リッチになる儀式には生贄が必要らしい。生贄を生きたまま吸収し、その能力値を自分のものにする。そのために能力値が高いマリアガルを生かしている。


 マリアガル救出作戦のために臨時の実行部隊ができた。メンバーはテッド、ベルベル、レニー、ルミエ、通信員、ファントムだ。結界が必要なので、レニーに参加してもらう。解呪とスキル強奪が必要なので、ルミエにも参加してもらう。今潜入しているのはベルベルとファントム。


 8時、作戦開始。アカジに憑依しているファントムが、定時連絡の終了を確認。レニーが外から大きな完全結界をかけて、邸一帯を覆う。これで中で何が起きても、誰にも知られることはない。


 完全結界が張り終わったら、ベルベルが盗聴器から復帰して、邸内部全室を睡眠の毒霧で充たし、マリアガルとドアンを眠らせる。アカジはホムンクルスなので睡眠は効かないだろう。


 8時15分。二人は寝てしまい、アカジは混乱中。ベルベルが台所の窓を開けて空気を入れ替える。ポータブルダンジョンはもう仕掛けてあるので、レニーと通信員を外に残し、テッドとルミエが転移して、屋敷内に侵入。ここまで問題なく計画通り。


 ファントムが憑依を解除して実体化する。そのタイミングで、ルミエがアカジにスキル強奪をかける。さらに彼女を魅了で拘束。念のためファントムが目隠しとロープで縛る。


 マリアガルとドアンは寝ている。二人をファントムとベルベルがいったん外に連れ出す。レニーとベルベルが二人を連れて、転移でセバスのダンジョンに保護する。ベルベルの仕事はここで終わる。レニーは待機だ。


 テッド、通信員、ルミエ、ファントムが現場に残っている。明日以降の状況確認への対応だ。ダミーの返事を返さなくてはならない。Fとカリクガルに感づかれないようにする。もしばれても、こちらのチームにたどり着けないようにしておく。


 アカジはホムンクルスだから、支配権を乗っ取れば制御は容易だった。ルミエの能力値が上がって、Fを上回っているのが成功の原因だろう。定時連絡には今まで通り「異常なし」と答えること。Fかカリクガルが近づいた時には、自爆することの2つを命令した。


 白紙の魔導書で、アカジの経験を吸い取ることも忘れない。経験したことを丸ごと写し取れるので、尋問するより正確だ。スキルもコピーできるし、魔導書は優れた道具なのである。


 屋敷の中を調べると、古代語の本が数冊出てきた。これは持ち帰る。チームにつながる物証がないか点検。すべて確認、何もない。レニーを呼んで完全結界を解除。作戦は成功だ。


 ドアンはこの邸にいた記憶をあいまいなものに置き換え、エルフの里近くに帰した。もちろん魔導書で記憶を吸い取っている。エルフは他の人種と性的に交わったものは里に受け入れない。しかしドアンはそう言うことはされていなかった。


 マリアガルは衰弱していた。能力値は総て30に下げられていた。10歳児相当だ。スキルは全部吸い取られ、何もない。Fによって魅了がかけられていて、それで支配されていた。


 ルミエが解呪したら、マリアガルは正気を取り戻した。しかし状況が改善したわけではない。絶望した女の顔だ。ヒールして寝かせる。


 魔導書に吸い取ったマリアガルの経験を精査していく。カリクガルと戦った5年前、能力値平均は850くらいあった。勇者チームで300を超える程度だから、飛びぬけて強い。二人は互角だったのだろう。しかし戦いは短時間で決着していた。


 どちらもフリーズという魔法を使った。スキルも両者はほとんど同じ。デスという強力な即死魔法も持っていたが、アバターという魔法で無効化される。アバターとは顔盗術で奪った生きた仮面を、自分のうちに持っていて、死にそうなときにその仮面に身代わりをさせるのである。


 デスという即死魔法は無効になる。だからすべての動きを止めるフリーズを使うのだ。しかも自動的に古代語の詠唱に翻訳するスキルがある。古代魔法は言霊に基づいている。言霊は、言葉にしたことが現実になるのである。


 だから古代魔法では詠唱は不可欠なのだ。古代語を学ぶことは大変なので、その古代語の詠唱を自動化する翻訳スキルがあった。


 映像を追っていくと、両者同時に古代語の詠唱が行われた時、カリクガルの側から男性の声で古代語の詠唱が追加されていた。


 それが決定的影響を与えたのか、マリアガルは総ての動きを止められ、拘束された。その後自分の息子がなぶり殺しにされる場面を見せられるのである。


 とりあえず、「デス」という即死スキル。「アバター」という身代わりスキル。「フリーズ」という行動不能にするスキルが強力であることは分かった。


 マリアガルをいくら探ってもそれらのスキルは見つからなかった。カリクガルが残してあるはずがない。しかし古代魔法詠唱の「翻訳」スキルをホムンクルスのアカジから奪えた。


 何と戦えばいいかは分かった。この情報は貴重だ。カリクガルの現在の能力値平均は1000程度だと推測できる。しかもリンクスキルで、HPやMPは仲間から自動的に補充される。事実上の不死である。


 普通の物理攻撃、魔法攻撃は無効。それでも死に追い込まれた場合、無尽蔵に持つ仮面を身代わりにする。アバターという顔盗術を凶悪にしたスキルだ。


 顔盗術はジル隊のシャナビスが持っていた。カリクガルの使う攻撃は呪術が主体のようだ。魅了、エイジング、顔盗術、鎮静は使ってくるだろう。マリアガルに勝った男性の声の謎もある。これが何かは今は分からない。


 もしカリクガルが、計画通りリッチになっていたら恐ろしいことになっていた。マリアガルの850の能力値を吸い込んで、しかもリッチになると、能力値が2倍になる。能力値平均4000弱。強力な呪術をつかう、邪神というべき存在が、誕生したかもしれないのだ。


 

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