第196話 先生たちの研修会
給付付き学校は小学校という呼び名が定着した。上級貴族の子は家庭教師がつくので、小学校には来ない。騎士には家庭教師を雇う余裕がない。親が教えていたが、彼等には小学校は便利だった。多くの騎士の子供は、平民と同じ小学校に通ってくる。
小学校は春の休みに入った。先生たちの研修会が始まった。サエカ、ピュリス、ハルミナ、リングル、トールヤ村、砂漠の諸都市から、現職の教師、教師見習いが集まってくる。
トールヤ村からはエリザ・フラウンドという先駆者がやって来る。リオトの母親である。現職教師は全員参加している。あらかじめエリザの魔導書に、自分の経験をコピーして、みんなで経験を共有できるようにしている。
魔導書は必要であれば、ブラウニーがコピーしてくれる。そして1冊の魔導書でも、合意があれば、複数の人間で共有できるのだ。
ファントムがブラウニーダンジョンで養成した教師見習いが4人、神聖クロエッシエル教皇国から買ってきた教養ある奴隷が6人。カシムジュニアが、鑑定レベル2で見つけてきた教師スキル持ちが3人。他には家庭教師をしていた若い子たちも参加している。
新学期からは村でも小学校を開設する。教師が不足していた。ヴェイユ家のアデル男爵は、教育熱心な領主として、サエカに教員養成の学校を作りたいと思っている。最初はピュリスの第5学校の分校という形になるだろう。
研修場所は集まりやすい王都アリアスになった。ここにカシム組が経営するホテルがある。カシム・ジュニアがこのホテルを格安で貸してくれた。
ホテルはもともとスノウ・ホワイトの孤児院があったところである。壁から死体が見つかったことで、この邸の買い手はいなかった。それを買い叩いて手に入れたのがカシム組だった。
死体が見つかった壁は、死体の形が分かるように、わざとへこんだ部分を残している。ここは怖いものを見たい、王都の観光名所になっていた。
このホテルにナターシャが進出している。高級レストラン「海の白銀」では、新鮮な海産物を使った料理を提供している。目玉は大エビの天ぷら。熊ガニの塩ゆで。ピュリスで成功し、さらなる飛躍を目指している。
高給ワインバー「砂漠の月」では、レイ・アシュビーのワインと、セバス考案のカクテルが味わえる。そしてティーハウス「パープルアイ」。ここでは様々の茶とスィーツが楽しめる。もちろん下町には「狐食堂」も出店している。
さて教師の研修会のテーマは2つある。1つは新人の養成である。これはサエカに作られる、教育学部の土台になるだろう。もちろん集まった教員見習いの養成が主目的だが。
もう一つは6か月先行しているサエカの小学校が、2年生を迎える。サエカでは教員を増員しなくてはならない。その教育内容をトールヤ村を参考に考えていくことである。新しい教科書は、サエカの先生が試作したものを持って来ていた。識字と計算の2冊を作らなくてはならない。
それと飛び級が必要な生徒が出てきていた。家庭の格差が大きいから、能力が高い子がいるのである。飛び級させると、教師を増やさないとならない。これはサエカで学級を増やして、試験的に実施することになった。熱心な討論が繰り広げられ、見習いの模擬授業も行われた。
会議の後の時間、先生たちの興味を集めたのは、ホテルに図書館が併設されていることだった。カシム組の経営している図書館は有料だが、ホテルでは無料で本が貸し出されていた。千冊ほどしかないが、カシム図書館の人気本である。先生方は夢中で本を楽しんだ。
この研修会の最中に、カシム文化賞が発表された。小説の課題部門はリングルの女性が受賞した。『天使降臨の夜』という題名のミステリーである。その内劇場にかかるだろう。場面転換が多いので、アンジェラが開発した、動くステンドグラスの形式になるかもしれない。
自由部門は『ドラゴンスレイヤーの恋』という王女と男爵の悲恋をテーマにしたもの。サエカ領主アデルを思わせる主人公とライラ姫に似たヒロインの恋物語である。
戯曲は『スノウ・ホワイト連続殺人事件』という先日まで王都で上演されていた劇である。初日だけスノウ・ホワイト本人が出演したという伝説の舞台を生んだ。
二日目からは俳優がスノウ・ホワイトの代役をした。決まったセリフがないので不可能ではなかった。芝居は興行的に当たった。延長に次ぐ延長で、つい先日までやっていたのだ。
彫刻部門は「希望」いう題の慈愛に充ちた女性の絵が選ばれた。この絵をもとに、カシム組が材料費を負担して彫像が作られる。彫像が置かれる都市はピュリスが候補にあがっている。カシム組のヴェイユ家に対する賄賂である。
話題を集めているのはパープルアイのウェイトレスに、スノウ・ホワイトの孤児院にいた女子が働いていることである。9歳を頭に、7歳、5歳である。児童労働は禁止ではないから問題ない。
9歳の子ヨミヤは7歳の時に『悪魔白雪姫』という本を書いて大当たりをしている。生まれつきヒーラーの能力を授かっている聖女候補である。
3人は極道カシムの養女になっていた。カシムは外見のいい3人を、徹底的に利用するつもりでいた。特にヨミヤには、2年前にヒールスクロールを買ってレベル2にした。もうヒーラーとしてダンジョンで秘密にレベリングをしていた。
10歳のギフトスキルが何であれ、ヒールを授かった聖女として、すぐ世間に押し出すつもりである。身内に貴族のような外見の娘がいるのは世間に見栄えがする。しかもその一人が聖女だったとしたら、世間はカシムを極道と軽蔑しないで、上流階級の一員として尊敬するかもしれない。
ヨミヤと下の子たちも、結構したたかである。自分たちの価値を理解していて、貴族的教養を身に着けようとしている。それだけでなく5歳の子もすでにダンジョンでの訓練を始めているのだ。
そこにカシム・ジュニアから夜のダンジョンでの訓練を打診された。3人は張り切ってハルミナにやってきた。なんとカシム・ジュニアの実の妹7歳のミルファまでついてきた。ミルファは進化の実を食べて令嬢化している。
カシム・ジュニアも教育の必要性は自覚していた。偉そうに振る舞っているが、10月にどこかの学校に入学しなくてはならないのである。外見が貴公子になった今なら、良い人脈を作れそうなのだ。
平民にとってほとんど貴族ばかりの学校に入るのは覚悟がいる。よっぽど良い成績をとらなければ見下されてしまう。カシム・ジュニアは両親ともに獣人であり、しかも極道なのだ。
これから半年、カシム・ジュニアは受験勉強に集中することを決意した。それに父に頼んでン・ガイラ帝国の貴族の身分を、金で買ってもらう。帝国は商業が発達していて、貴族身分は売買されている。帝国はセバートン王国より格上だから、そこの貴族になれば、馬鹿にされることはないはずだ。
入学試験は必修が歴史と計算の筆記試験。選択で武器による模擬戦か魔法の実技のどちらか。カシム・ジュニアは筆記試験は自信がある。魔法の実技でぶっちぎれば問題ないはずだ。
カシム・ジュニアは自分に鑑定をかけてみた。攻撃魔法では火魔法に適性がある。4人の妹たちにも、適性のある攻撃魔法のスクロールを1つずつ導入してあげた。
カシム・ジュニアには魔力はあるが、スキルが足りない。鑑定を導入することで、他のスキルが導入できなかった歪みだ。進化の実を使って能力平均値が1・3倍になることで、ようやく火魔法を導入できた。
ファントムのアドバイスを自分に当てはめてみる。進化の実はもう使っている。能力値を5%上げるスクロールは今すぐ使えば、入学試験の直前にもう1回使える。
経験値を増加させるアイテムは、オークションでいくら高くて買う。あとは武器と防具は、お金が許す限り高いものを買うことにしよう。
火魔法の魔導書は先日ファントムから買ってある。カシム・ジュニアの優位は金とコネ。コネを使っていい家庭教師を依頼することに決めた。
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