第191話 ケリーの決意

 ケリーが一美(一真)を訪ねてきた。昼食後の休み時間。午後の生け花の時間を休みにして、ジンメルの道場近辺を散歩する。見晴らしい丘の上の2つの切り株に腰かけて話をする。王都アリアスの近郊である。


「一真、僕ついにジルと対決する決心した」


「決心したと言っても、今の実力で勝てるかな」


「リリエスが僕を置いていったのは、もう勝てると思ったからだよ」


「ひとりで倒すのはずるいよな。シャナビスも一人で倒したし。俺とルミエもジル隊の被害者なんだけど」


 5歳のころ、一真はケリーの心の中に同居していた。だからジルが両親を惨殺するシーンは、一真にとってもトラウマだった。ルミエはジル隊によるエルフ奴隷狩りの被害者であった。


「それでまず一真に相談しているの。でも3対1で戦うのは卑怯じゃないかな。どう思う」


「相手も3人以上にすればよくない?こっちは成人前の子供だし、卑怯とは言われないと思う。あ、こっちは4人だ。俺が参加したら、ワイズも出てくるから。一応念話でワイズに聞いてみる」


「何て言ってる。ワイズ」


「やるって」


「それじゃ、4人で戦うということで。詳しいことはルミエと話してからね」


 一真はアリアに念話して、ケリーがジルを倒す決心をしたことを伝える。アリアはジルの動向を探ることを約束してくれた。アリアはテッドに連絡。テッドの統括する裏の組織がジルの動向を密着して探り始める。


 ケリーはルミエに会いに行った。巨樹の前の食卓で一人でお茶をしている所。念話でアポは取ってある。


「珍しいわね、ケリー」


「うん、ちょっと大事な話をしに来たの」


「リリエスの事かな」


「いいや、僕、ジルを倒すことにした。明日」


「それは無理よ。ケリーはジルのこと知らないでしょ」


「知っているよ。おそらく能力平均値は300前後。スキルは槍と鎮静という呪術」


「ケリーは呪術をまだ知らないわ。エイジング!」


 ケリーがどんどん大人になっていく。10分もするとおじさんに、15分でお爺さんになる。


「え、え何したの。ルミエ」


 声までしわがれた。


「アンチエイジング」


 元に戻ったケリーにルミエが言う。


「今のはジル隊のミンガスの呪術。ケリーはジルの鎮静に対抗できない。動けなくなって、殺されるだけよ」


「どうすればジルの呪術に勝てる?」


「木の魔法を根気強くやれば、精神耐性という見えない能力が上がる。それが200以上になれば対抗できるわよ」


「僕今どれくらいかな」


「私も見られないんだけど、いい人がいるわ。ブラウニーダンジョンに行って、ガカドという人に会ってみなさい。精神耐性の数値と、訓練法を教えてもらえるはずよ。その前にちょっと武器と防具の話をするわよ」


 ルミエはケリーをグーミウッドのところに連れて行った。グーミウッドはドワーフの名工だ。彼が注目したのは、ケリーの糸術の鋼糸。これをミスリルへグレードアップしてくれた。次は防具だ。鎮静スキルは、物理的運動と、精神の気力を徐々に失わせる。気力が少しでも残っていれば、動かせるパワードスーツは有効だ。


 レニーの着ているパワードスーツはモーリーや、リリエス、ジュリアスとの合作だ。リリエスもモーリーもいなくなったが、作ってもらえるだろうか。


 グーミウッドはジュリアスの協力を条件に1週間で作ってくれると約束した。メタルスライムのゼリーを素材として、ハニカム構造を利用した防具だ。内側に張られたジュリアスの紫の布は、呪術耐性があったはずだ。しかも鎧操作のスキルで、外からは固い金属、中からは自由に動かせる。


 そこにワイズが来た。ワイズの注文はもうできていた。グーミウッドに頼んでいたのは、エロスの小弓に、ミスリルの矢を追加することだ。しかもその矢は相手を殺さない。代わりに毒矢になっていて、薬師のワイズは好きな毒を選べるのだ。


「ルミエ。私も参加するから、よろしく」


「私もベルベルに頼んだ方がいいかな。一応同盟者だし」


「言わないと怒ると思う。一真はその場で私に念話してくれた」


 ベルベルも参加することになった。あとはゴーレム馬とワイズのゴーレムのクロヒョウの1号もいる。


 ドライアドのベルベルの武器は長弓である。ベルベルも呼んで彼の弓もワイズと同じ死なない矢を射られるように変えてもらう。人は殺さないという人道主義ではない。悪人であっても持っているスキルは有用だから、殺さず奪う。そして奴隷に売るのである。


 ケリーだけブラウニーダンジョンに転移し、ガカドに会った。ガカドは夢魔処刑士で、スノウ・ホワイトを処刑したエルフ奴隷であった。


「ガカドさん。僕の精神耐性を鍛えてほしいんです。呪術師と戦うことになったので」

「夢魔処刑士させられたていたガカドって言います。精神耐性鍛えるのって、子供じゃ無理です。心が耐えられないんです。もし無理にやると、一生心に傷が残ってしまいます」


「事情は後で話しますから、精神耐性測ってもらえますか」


 水晶でできた何かを出して、ケリーがそこに手を乗せる。ガカドが数値を見て目を瞠っている。驚くべき数値だったようだ。


「ケリー君、一体何があったんですか」


「まず僕の数値を教えてもらえますか」


「127でした。成人平均で50です。よっぽどつらい目にあった人で100を超える人はいますが、子供では初めて見ます」


「僕は2年前に両親を惨殺されて、その後奴隷に売られました。そこでいい人に買われたんです。でも僕はあの夜の情景を忘れることができないで、全く同じように体験してしまうんです。昼間は思い出さないようにできるだけど、寝ている時はどうしようもなくて、2時間おきに悪夢を見て泣き叫んでいたみたいです」


「何かの特異体質?」


「映像記憶という記憶法で、経験したことが全く同じように再現できちゃうんです。怖かったことや悲しかった気持ちまで」


「それは辛い。普通は耐えられない記憶は氷にします。氷にして魂の奥深くにしまっておくんです」


「それができない人はどうすれば」


「凍った心を抱えたまま、逃げるですかね」


「逃げ切れるもんなんですか」


「できないので一生怯えて暮らすことになるでしょう」


「それが嫌だったら」


「戦うしかないんです。子供には難しいですが」


「その先はあるんですか。それとも一生闘い続けるのかな」


「レイ・アシュビーという人は、戦いは終わると言います。その先は敵を許し。敵を忘れることができると言います。でも私にはそこは分からないな」

 

「僕は戦って両親を殺した犯人を一人を倒しました。この手で殺してやったんです。シャナビスという人。そして両親の墓を作り、お祈りして、夜の夢は見なくなったんです」


「それは良かったですね」


「でも最後の一番ひどいことをしたやつが残っていて、今度その人と戦うんです。それが呪術師で、ルミエが精神耐性を200以上にしないと勝てないというんです」


「呪術に精神耐性を上げるのは有効ですが、200というのは人間の限界を超えていると思います」


「でもやらなきゃならないんです」


「私は夢魔処刑士です。スノウ・ホワイトの夢処刑のこと知っていますか」


「たしか加害者と被害者が入れ替わった夢を見続けるんですよね」


「彼女の場合、殺した相手に同じ方法で、つまり針を刺されて殺される夢を見続ける。その夢を見させて、気が狂わないようにするというのが私の仕事だったんです。それが嫌でルミエに助けてもらいました」


「僕を最後の仕事にしてくれませんか」

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