第190話 ブラウニーの魔導書
カシム・ジュニアが「Bar入るな・危険」を訪れた。客は他に誰もいない。酒の年齢規制なんかないので、不味いエールを注文する。闇の情報屋の暗号は調べてきたようだ。暗号を知っていればネコでも客だ。まして人間だ。客である。
「兵士を強くする秘策を聞きに来た」
ファントムが答える。
「高いぞ。予算によって答えが変わる」
「5千万チコリで頼む」
「太っ腹だな。教えてもいいことはすべて教えよう。前金だ」
「頼む」
「まず今までどんなことをやったか教えてもらおうか」
「潜在能力まで分かる鑑定をして、スキルや武器を変更させたのが6人。あとはこの2か月間、最適と思われる訓練漬けだ」
「効果は?」
「2か月で目を見張る効果は出ていない。常識的な訓練効果だ。それ以上のものが欲しい」
「まず兵士長だが、進化の実を食べたばかりだ。突出しているはずだ」
「その通りだが、進化の実とは何だ」
「獣人が食べると能力値が1・5倍になる。闇のオークションに出ているがバカ高い」
「獣人のハーフでも効果はあるのか」
「ハーフだと1・25倍だな。それ以下は効果がない」
「兵士長以外にも獣人はいるから試してみるか」
「問題は獣人ばかり能力が上がると、組織としてのバランスが崩れないかということだ」
「確かに。そこは慎重にやるつもりだ。他には?」
「能力値上昇のスクロールがある。これは5%まで能力値を上げてくれる。これは6か月に1回しか使えない。ちなみに進化の実のクールタイムは5年。5年経てばまた使える」
「なるほど、貴重な情報だ」
「金のかかる強化法ばかりだが、成長促進の指輪とかのアイテムがある。経験値が多く入る」
「金次第か」
「魔導書による訓練は知っているか」
「いや是非教えてくれ」
「剣などの武技や魔法にはかつての達人が残した魔導書がある。これに従って訓練すれば場合によっては奥義を極められる」
「それはどうやって手に入れるんだ」
「ダンジョンの宝箱から出る。闇のオークションに出ているし、俺も何種類かは持っている」
「ぜひ売ってくれ。1回しか使えない消耗品じゃないんだろ。カシム組の強化にも使えるなら少し高くても買うさ」
「何が欲しい」
「剣技と盾技、槍技、弓技、魔法では神聖魔法と火魔法」
「別料金で1つ200万チコリ」
「いいだろう。他には」
「最後だが、知り合いのダンジョンで、寝ている間に経験値を増やしてくれるところがある。紹介してもいいが、対価は俺に払ってもらう」
「期間は1か月、50人としていくら払えばいい」
「リオトから依頼されたのは30人だったはずだが」
「カシム組の若手、20人も参加させる。もちろん俺も参加するがな」
「まあいい。一人につきゴーレム馬1頭をもらう。これは研修が終わっても返さない。そして一人につき1か月10万チコリ」
「けっこう取るな。ゴーレム馬は1頭100万チコリする」
「1年間だけ特典をあげよう。カシム・ジュニアからの依頼による研修に限り、1か月50人以内なら、追加のゴーレム馬は請求しない」
「了解だ」
カシム・ジュニアはホクホクである。リオトからは30億チコリもらっている。一人1億チコリだ。正直与えられた金額に見合う能力上昇は短期間では難しい。
今回のハルミナの上位30人は、能力値平均で、150から180程度である。16人が軍に所属。9人が冒険者。5人がそれ以外の民間人である。
軍の中に純粋の獣人は2人。一人は剣を使う歩兵。彼は副兵士長なので進化の実を使っても問題ない。もう1人は弓士だったものを、カシム・ジュニアが斥候(索敵)に転職させた。彼もソロなので問題ない。冒険者にも獣人が2人いる。彼等に使うのも問題ない。
目玉は軍に所属する二人だ。副兵士長は能力平均値が270になる。斥候は現在の能力値が、敏捷・器用・知力が200以上。それが300以上になる。兵士平均は80くらいなのでとびぬけた戦力になる。
その上30人全員の能力値を5%以上あげたら短期の錬成としては十分すぎるほどだ。あとは聖剣を1,2本買い、スキルスクロールを1つずつ買ってやるくらいでいいだろう。
寝ている間のダンジョン訓練も期待できる、前に潜入させた隠密がゴーレム馬の腹の中に入って、訓練していたと言っていた。今も続けているなら効果があるのだろう。美味しいのはこの情報がカシム組の育成にも使えることだ。
カシム・ジュニアはまず自分に進化の実を使ってみた。まず選択肢が出てきた。A ヒューマンに近くなる B オークに近くなる C 犬獣人に近くなる。
カシム・ジュニアは迷わずAを選んだ。ヒューマンに近くなるだ。カシムジュニアはヒューマンの貴公子に変貌した。カシム・ジュニアだということは分かるが、オーク的な特徴や犬獣人的特徴が消えている。
リビーのような際立ったものではない。しかし獣人ミックスだとは分からない外見になった。いったん選ぶとそれ以外の外見にはなれない。父親がヒューマンとオークのハーフなのでリビーとは違うのだろう。能力値は1・3倍になっていた。
カシム・ジュニアはさっそく妹にも進化の実を使った。オークの特徴が強かった妹も、まるで貴族のお嬢さんのような外見になったのである。貴族から婿を取ろうと考えていた両親は大喜びだ。両親にも進化の実を使い、二人とも能力値が上昇した。
カシムジュニアは50頭のゴーレム馬をファントムに送り付け、翌日から夜の訓練を始めた。リオトから依頼された30人と、自分を含むカシム組の20人である。カシム・ジュニアはカシム組全員をこのシステムで育成するつもりである。
ファントムはホクホクである。この取引の目玉は、最後の夜の研修にある。ブラウニーダンジョンへ入るものは自動的にブラウニーの魔導書に経験をコピーされる。
ハルミナのトップ30人とカシム・ジュニアを含むカシム組の精鋭20人の経験がブラウニーダンジョンのものになる。コピーするだけで奪うわけではないから、問題はない。それを知ったらカシム・ジュニアは不快になるかもしれないが、秘密にすればいいだけだ。それにこの社会では間抜けな方が悪いのだ。
購入したばかりのゴーレム馬の能力値は低い。買ってから使えるようになるまで普通だと1年かかる。これをミラーリンクを利用して鍛える。中に入って眠っている人の能力やスキルを使って、ダンジョンを攻略する。一時的なパーティーを契約をするので、馬の腹の中で眠っている人と、同じ経験値がゴーレム馬にも入る。
おそらく1か月で能力値平均30程度にはなるだろう。こうなると価値は3倍になるのだ。300万チコリ程度だ。そこで売るなんてもったいないことはしない。牧場に貸し出したり、村の自警団に貸し出したりする。夜の訓練には新たに50頭買えばいいだけだ。
夜のダンジョン攻略は、モンスターの魔石や肉、ドロップ、宝箱など様々な資源を稼いでくれる。これも貴重な利益となる。それにダンジョンに入ってくれること自体がダンジョンポイントになるのだ。ファントムにとって美味しい話だ。
ブラウニーの魔導書の充実はこのところ目覚ましい。所属する人数が200人を超えた。彼等一人一人から得られる経験は少ないが、数が集まるととんでもないものになる。なので利益が出るとポンコツ奴隷を買っている。捨てられた老人は見つけ次第連れてくる。孤児や、スラムでも最底辺の元娼婦や乞食などは最優先で来てもらう。
自ら望んでブラウニークランへ応募してくる人も結構いる。それにルミエに助け出されたエルフの元奴隷たちが有能だ。あとはリオトから依頼された底辺の人々の再生計画。すでに50人の依頼は達成し、次の50人が対象になっている。これが全部魔導書を厚くしてくれる。
ファントムはメンバーから最近知り合いが死んでないか聞いている。薄い縁でもネクロマンサーが呼び出せる死霊はけっこういる。彼等、迷っている死霊の経験をコピーし、サンサーラで成仏させるのである。死霊から得られる経験値も多い。
ファントムは死刑囚にも優しい。死刑の前日に牢を尋ね、美味しいものを食べさせてやり、痛みを取ってあげる。そしてすべてをブラウニーに捧げると唱えると、自分のタイミングで死ねることを教えてあげる。ほとんどの死刑囚がファントムに感謝して死んでゆく。
こうしてブラウニーの魔導書は充実していく。
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