第188話 ピュリスのダレン
ピュリスの内政を任されているヴェイユ家の長男ダレン。ベテラン執事のバトロスを呼び出している。
「バトロス。城壁改修はどうなっている」
スタンピード、天使降臨の群衆の攻撃を受けたダレンは何よりも城壁の重要性を認識していた。今回はハニカム構造で城壁の厚みを増す予定である。ピュリスで成功すれば、プリムス、サエカの城壁改修も予定している。
「カシム組が頑張ってくれています。詳細は正規軍隊長のミレイユから聞いてください」
「水路工事の方は、進捗はどうなっているかな」
「アビルガ牧場とテルマ村の水路工事は完成しました。サエカとハルミナを結ぶ工事は、ヴェイユ家側とフラウンド家側、双方で着工しました。カシム組次第ですが、おそらく来春には完成できる予定です」
ダレンは大ピュリス計画を考えている。城壁都市の場合人口増加は危機を招く。ピュリス周辺にいくつかの衛星都市を作り、人口増加に対応するつもりである。
プリムスは川港として、工業都市として成功した。今度はアビルガ湖のほとりには牧場を作り、牧場の職員を核として、まず村を作りたいのである。
「フラウンド家との共同牧場の方はどうなっているかな」
「こっちもカシム・ジュニアのおかげで順調です。定期船での家畜の追加も問題ないですし、犬部隊も数を増やしています」
「アビルガ村建設は進んでいるか」
「牧場職員の住宅建設は終わりました。今100人前後生活しています」
「人口を増やすための方策を教えてくれ」
「牧場だけでも規模が大きくなれば200人にはなります。畑を作るとしたら、500人くらいにはなりますが、そうなると森の守護者との調整が必要です」
「クルトがいなくなって、森の守護者は今どうなっているのかな」
「養子の娘がいます。リビーという16歳の子が後継者になります」
「まだ挨拶がないな」
「今ケンタウロスの国、ケルザップで修行中で、あと1か月で帰ってきます」
「16歳の小娘では何も分からないんじゃないかな」
「代理人が指名されていまして、それがファントムです」
「ちょと手ごわいかもしれない」
「筋を通せば大丈夫です」
「そう言えばすべてのダンジョンにアルラウネを植える話も、ファントムに依頼したんだったかな」
ピュリス近郊の4つの公開ダンジョンがある。東の巨樹、北の砦跡。西の廃坑。古代遺跡は結界で保護して、代わりに湖のダンジョンを公開している。この4つと各村のダンジョンに、アルラウネを移植した。農産物の増収を狙ってである。
「はい。急には手配ができなくて、ファントムが用立ててくれました」
「まあ春に間に合ってよかった」
「あとはグーミウッドが言ってきた鉱山の話だな。廃鉱山だと思ったら鉄鉱石の鉱脈があるという」
グーミウッドはドワーフの鍛冶の名工で、鉱山開発の経験がある。ワイズは鉱脈の確認をグーミウッドに依頼していた。
「鉄鉱石があるのは間違いないそうです」
「権利は森の守護者リビーにあるのか」
「そうですが資源の発見者に第1の権利がありまして」
「その発見者は誰だ」
「発見者は匿名でして、こっちの代理人もファントムになっています」
「グーミウッドはどうかんでいるんだ」
「発見者と知り合いだそうで、開発を任されたと言っています」
「ここに鉱山都市を作りたいんだが」
「いよいよ大ピュリス計画ですか」
「うん、もともとアンジェラの構想だが」
「ピュリス近郊15キロくらいに、いくつかの衛星都市を作る。天才的構想だと思います」
「川港プリムスはうまくいって、工業都市になりそうだ」
「アビルガ村、鉱山都市と着々と進展していますな」
「しかもそれぞれ水路でつながっている。鉱山都市もプリムスから分かれた第2アビルガ川でつながるし、理想的展開なんだ」
「ファントムを引き込むのがカギになります」
「まあそっちは大丈夫だろう。各地との外交を確認しておこう」
セバートン王国では王権が弱く、各地の領主は外交権を持っている。場合によっては国王の承認なしに戦争まですることもある。
「エルフとの連絡は以前として取れませんでした」
「ピュリスにいたという石化したエルフはどうなった」
「10月ごろから行方が分かりません。食堂を経営しているナターシャと知り合いのようなので聞いてみたのですが、やはり分かりませんでした」
「わかった。次だ。セバートン王家に何か贈り物をしてあるか」
「はい。治安部隊を10名増員しています。あとはライラ姫に高価な宝石をアデル名義で送っています」
「了解だ。ミレイユ隊長を呼んでくれ」
「わかりました。実はアデル様、最近リリエスが死んだという噂が広まっていまして」
「リリエス?何者だ」
「50歳近い女冒険者ですが、住民に人気があります」
「政治に何か関係があるか」
「いえ、特には」
正規軍隊長のミレイユが入ってくる。
「ミレイユ。水路の警備隊を作りたい」
「騎馬隊ですか。水軍ですか」
「両方だ。それぞれ10人くらい」
「20人を出しますと、領都防衛の戦力が不足します」
「歩兵を新規採用して、水路警備隊は兵士としてカウントしない。あと兵士でヒーラーができるものは直営病院勤務にしてこれもカウントしない。不足分を新規募集だ」
「わかりました」
「砂漠での野馬の捕獲はうまくいったか」
「はい。現地でホーミック1世と名乗る調子のいい男が協力してくれて、38頭捕獲しました。ヴェイユ家の取り分は17頭です」
「上々だな。義勇軍についてどう思う」
「悪くはないですが、これから農業が忙しくなりますから、そんなには集まらないかと」
「税を1割減、8日間の勤務だとしたら」
「4日間、座学とダンジョン訓練。残り4日間野営して周辺のモンスター狩りと言ったところです」
「犬部隊の訓練はどうなっている」
「何しろ経験がなくて、暗中模索です」
「新しい事は大変だが、頑張ってくれ。城壁改修は順調か」
「問題ありません」
午後からは孤児院のナージャを呼んでいる。ナージャが名乗っている隠れたる神の教会を、正式な教会に引き上げるつもりである。
ピュリスにはアズル教の教会が5カ所ある。3カ所が教皇派の教会で、2カ所が聖女派の教会。教皇派の教会はカシム辺境伯のスパイである。聖女派の教会はセバートン王家のスパイ。そして農民から収穫の1割を税としてとる、それぞれの集金装置でもある。
ダレンは教皇派の教会を1つ会計の取り潰して潰していた。その代わりに隠れたる神の教会を正規の教会にしようというのだ。
3つあるものを2つに減らしても、カナス辺境伯は戦争にまではしないだろう。ダレンはこの機会に、隠れたる神の兄弟団を支持するハルミナや、リングルに恩を売りたかった。
「私みたいなものを呼んでもらって」
「いえ、ナージャ。あなたは長い間、孤児を守り育ててきました。立派だと思います。隠れたる神の教会を正式なピュリスの教会と認めます。今年の秋から、収穫の十分の一をあなたの教会にも分配します」
「ありがとうご会います。隠れたる神は10分の1を集めたら、貧しい人に分かち与えよと言ってます。そのために使わせてもらいます」
「他の教会の神父や聖女はそれを自分たちで使っていますよ。あなたたちもそうしていいんですよ」
「他の人たちは立派な神父様や聖女様ですけど、私達は何の能力もないクズの集まりですから、それをもらう権利はないです」
「ナージャ、あなたはどういうきっかけで、隠れたる神の教会に入ったんですか」
ナージャは目を離した隙に息子がいなくなった話をした。そして砂漠から来た聖者が
「あなたはもう許されている」
と言った話をした。
ダレンには理解できない話だった。自分を許すものは自分しかいない。
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