第186話 図書館
カシム組と砂漠の民に一気にヒーラーが増えた。ボルニット家のリングルとヴェイユ家領でも、ヒーラーが増えた。ヒーラーの数は戦争において勝利を決めることもある。
負傷した兵士がお荷物になるか、翌日再起して戦力になるかは、大きな違いである。平時にも傷ついたり病んだ国民が、気軽に治療を受けられるかそうでないかは大きな国力の差になる。
ハルミナ領主リオトのおかげである。ヒールレベル1のものを、限界突破してくれた。カシム・ジュニアも、レイ・アシュビーも、領主たちもそれ以上は求めない。ハルミナが他と隔絶した力を持つことも可能だったのだ。
ヴェイユ家はサエカとハルミナの水路共同開発でお返しをする。カシム組と砂漠の民、ボルニット家の3者は、何を返せるか。彼等はハルミナにまだない図書館の建設で、リオトにお返しをすることになった。問題は本の書写に時間がかかることだ。
協力を申し出たのはファントム(サイス)である。彼にはカード型記憶と念話のイメージ共有機能での実績がある。パラパラとページをめくり、セバスにデータを送れば、新しい紙に美しい文字で書写された本が出来上がる。本は最低価格でも、1冊500万チコリ。莫大な富を生む。
ブラウニーダンジョンで、20人に一時的にスキルを導入し、本をイメージ化する。あとはまた一時的に念話を導入し、ブラウニーがイメージを吸い取る。あとはプリムスで生産され始めた新しい紙にイメージを転写するだけである。
3つの図書館から500冊ずつ、リオトに本を贈与する。ハルミナに1500冊を所蔵する立派な図書館ができた。ヴェイユ家からも200冊の書籍の寄付があった。人口数万の街に100冊以上の本があることは珍しい。教会だけが1冊の本、聖書を持っているだけという街も多いのである。
リオトはアデルのサエカと、新しい町ニコラスにも300冊規模の図書館を建設した。すべてファントムの仕事である。莫大なお金がファントムに支払われた。レイ・アシュビーだけはお金がない。彼はファントムにどんな対価が欲しいか聞いた。
ファントムの要請は、一人の少年を図書館員として教育してほしいということだった。世界最大の図書館は砂漠にあるのである。レイ・アシュビーはこの図書館の図書館長だった。
教育してもらいたい少年はサイスである。サイスは砂漠にある世界最大の図書館の蔵書に興味があった。
蔵書は1万5千冊と言われている。信じられないほど多い。そのうち5千冊は古代語の書物だと言われている。古代の文明の方が質が高かったと言われているのだから、この古代語の本はとてつもない価値を持っているのである。
レイ・アシュビーには図書館について秘密があった。実はこの図書館の蔵書の7割は、神聖クロエッシエル教皇国の王宮図書館から奪い取ったものなのである。
レイ・アシュビーへの仕打ちに激怒したサーラが、ルシアットの王宮図書館の本を略奪したのである。それらの本には神聖クロエッシエル教皇国王宮図書館の蔵書印があり、公開するとそれがばれて、返還請求が来るかもしれなかった。
書写はしているのだが、その割合は12年間かけても3割程度でしかなかった。このペースでは30年程度かかる。しかも古代語の書籍には手が付けられていない。
レイ・アシュビーは事情をファントムに打ち明けて、書写に協力を求める決断をした。ファントムはそれを請け負って、例の20人の書写のチームを派遣することにした。サイスはそのチーフという形になった。
12年間で図書館の運営技術はある程度進んでいた。カード作成、整理、修理、検索、館内貸出、複写、レファレンスなどの技術である。それらには魔法スキルが開発されていた。
しかし分類方法がルシアットのものをそのまま使っていた。アズル教教皇派の差別的世界観が色濃く反映されていて、何らかの改善が必要だった。レイ・アシュビーはこの際抜本的に改革することにした。
「ファントム。この際抜本的に改革することにした。サイスにもこの改革に協力してもらう」
「それはサイスも喜ぶと思う。図書館スキルを手に入れたがっていたんでね」
「問題は分類と古代語の本がたくさんあることなんだ」
「書写チームは文字を読んで理解しているんじゃなくて、イメージをコピーしているだけだから、言語なんであっても関係ないんだ」
「翻訳は無理だろうか」
「できるよ。異言語理解というスキルがある。そのスキルを使えば意味が分かるから、時間はかかるが翻訳可能だ」
「ぜひお願いしたい」
「こっちの請負ではなくて、そっちからも人を出して協力してやらないか。異言語理解のスキルは対価をもらえば売ってあげられる」
「願ってもないが、その対価は莫大なものになるな」
「砂漠の図書館にある蔵書の価値は数10兆チコリだと思う。そのデータを我々も所有し、自由な利用権が欲しい。それが対価だが、どうする」
「受け入れる。このまま死蔵しているのは世界の損失だから」
「それにしてもサーラが激怒するほどのツバイル公の仕打ちって何だったんだ」
「おれは昔、ルシアットで孤児院を経営していた。その孤児院に獣人を受け入れた。それに批判が集まってね」
「教皇国は差別がきついからな」
「獣人も同じ人間であり、平等だと町の人に訴えたんだ」
「それでひどい目にあったのか」
「捕まって拷問された」
「大変だったな」
「民衆の集まる広場にさらされた。そこに孤児院の子供たちを連れて来られてね。まず何も言わずに、年長の子供の首が切られた」
「何も言わずにか。民衆は何も言わなかったのか」
「獣人の女の子だったからな。見世物になった」
「兵士は言うんだ。お前が獣人の平等を主張し続けるなら、次は男の子の首を斬るってな」
「ひどいやつらだな」
「その時、俺の心は折れたんだ。そして言った。獣人は汚い、劣った人種だって」
「そしたら」
「兵士たちは、俺の舌を切って喋れなくして、右腕を切って物を書けなくした。おれが言葉を訂正できないように。それだけじゃなくてその男の子の首を切った」
「最初から約束を守る気なんかなかったんだな。殺すのが楽しみな奴らだったんだ」
「そして奴隷に落とされ、道路清掃人にされた」
「今はしゃべっているけど」
「サーラに救われたんだ。舌を再生して、右腕を再生する手術をしてくれた」
「隠れたる神の兄弟団に入ることが条件だったのか」
「いや、条件は何もなかった。手術で眠らされている時に、神の声が聞こえたんだ」
「何て?」
「お前はもう許されている。そう言われた。その深い意味はまだ考えている」
「あんたが隠れたる神の兄弟団を始めたのか」
「いやその手術を受けたのは何人かいて。みんな同じ声を聴いていた。その集まりが、いつの間にか隠れたる神の兄弟団と呼ばれるようになった」
「そして図書館と孤児院を任されたというわけか」
「僕を探してくれる孤児たちと保母さんが一人いたんだ。サーラが探して手術が終わった時に会わせてくれた。死んだ子の弟や妹たちだった」
「それは復讐したくなるな」
「いや俺たちは復讐はしないんだ。皆でそう決めている。ただ戦いはする」
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