第185話 ワイズの挑戦
リリエスの死はワイズには重い。ケリーとリリエス、ワイズは長い間家族のように一緒に暮らしてきた。朝一緒に起きて、一緒にご飯を食べる。血はつながっていないし、深いことは話さない。でも一緒に暮らしていると、自然に生まれてくる親しさはある。
その親しさの輪の中に、一真やアリアや、モーリーも入っている。中でも一真は今ではワイズにとって特別な人である。でも一真への感情とは種類の違う、ぬくもりのようなものがリリエスに対してはあった。ワイズにはそのぬくもりは、かけがえのないものだった。
自殺ではなくて、死期を悟ったリリエスが自分のタイミングで死んだだけだ。冒険者がモンスターに殺されないで、死ぬのは凄い幸運なことだ。死ぬ当日までダンジョンに挑戦し、竜を倒して、ワイズのために魔導書を手に入れてくれたリリエス。
ワイズはリリエスに大事にされていた。まるで娘のように。最後に自分のために戦ってくれた。そこまでしてくれた2冊の魔導書は大切にしたいとワイズは思った。自分もリリエスも幸福なのだ。そう分かっていても、ワイズには悲しみが湧いてくる。
モーリーがいなくなったことも、ワイズには重い。彼は死んだのではなくて、カマキリ型モンスターに戻った。生命としてはまだ生きている。ワイズはアリ型モンスターで、一真の従魔であり、モーリーと立場は同じだ。自分もモーリーと同じように消えていくのかと思うと、不安になる。
ワイズは今ネストで、虚無に向かいあっている。自分はただの設定に過ぎないのかなと思う。年齢も性別も、名前も変えられる。不必要になれば、設定はリセットされて、ワイズはいなくなる。
不安は解消できない。でもワイズはやるべきことをやるしかない。それはエリクサーの作成だ。そんなにすぐできるわけではない。薬師レベルを上げて、並行して錬金術レベルを上げるしかない。エリクサーを作れば、しばらくはチームの人くらいは、ワイズの事を覚えていてくれる。
スキルを身に着ける方法はいくつかある。セバスはチームの強化を繰り返す中で、スキルとコストの関係をかなり整理していた。コストはスキル導入時に必要となる能力値のことだ。スキル使用時の魔力消費量ではない。
生活3魔法や10歳のギフトスキルはコストが0で与えられる恩恵だ。努力して経験値を稼ぎ、スキルを得ることもできる。本来のスキルの獲得方法だ。この場合もコストは0だ。
薬師スキルで言えば、スキルをギフトでもらえたなら、知力は0でも(使えないが)持つことはできる。スクロールで手に入れることもできる。この時にコストがかかる。知力10に付き1レベル。例えば知力20なら、薬師スキルはレベル2が上限となる。
レベルが高くなると、コストも高くなる。レベル4からレベル6は、知力20で1レベル上げられるようだ。
ワイズの場合レベル3,4は自分の努力した経験値で得ている。従ってコストは必要なかった。
こないだのブラッシュアップで、最大限まで上げた。知力が100以上あるのに、レベル7までしか上がらなかった。セバスの推測では薬師の場合、レベル7以上は知力40のコストがかかるらしい。
3段階ごとに必要コストが2倍になっている。ただ能力値とコストについては相性もあり、だれにでも当てはまることではなく複雑だ。
チームにはリリエスのおかげで、たくさんのスキルスクロールがある。能力値のスクロールもある。お金だってある。ダンジョンコアのコピーを使えば、スクロール自体はいくらでもコピーできるのだ。
でも能力値のスクロールは、半年に5%以内でしか使えない。結局は一人一人が訓練して、能力値をあげるしかないのだ。そしてそれでは事実上の不死者カリクガルに勝つ方法が見えてこない。
ワイズはブラウニーダンジョンに行って、エルフの薬師から指導を受けている。毒薬士ジュランである。レベルはワイズの方が高いのだが、ワイズの経験のない毒薬の知識を持っている。
『毒魔法』の魔導書も使いながらワイズが特訓中だ。ジュランはマンドラゴラをつかった薬をもっぱら作っていた。薬師のスキルは、作れる種類が多いと上がりやすい。マンドラゴラを使った薬は毒薬や媚薬が多く、ワイズには知識の薄い分野だったのだ。
「ワイズ。マンドラゴラは15年育てると、アルラウネに成長します」
「そうだったんですか。ダンジョン地下の薬草園に、もうすぐ15年になるマンドラゴラがいます。放置するのは危険かしら」
「ダンジョンの魔物であれば大丈夫です。それより、アルラウネの持っている植物への成長補助効果を知っていますか」
「初めて聞きました。植物への成長補助効果ですか。それはダンジョン内だけですか」
「ダンジョン周辺の半径10キロの植物に効果があります。農産物にも効果ありますから、これを教えると農民が喜びますよ。このことは教皇国の人には秘密にしてきました。教えると教皇国の国力が強くなってしまいますから」
ワイズはこの情報をファントムに伝えた。季節は冬が終わり春になろうとする時期だ。畑は1年使ったら、1年休ませていた。そうしないと肥料不足で収穫は望めなかったからだ。もしアルラウネの成長補助が休耕を必要なくするのだったら、収穫は2倍になるのである。
ファントムがリオトにしらせ、リオトからピュリスのダレンとリングルのボルニット家にも知らされた。農産物の収量増加は最高度の情報なのである。すぐさま必要なダンジョンの最下層にアルラウネが移植された。
1年目は領主直営地での試験栽培だ。肥料についての知識は、ある程度一真の記憶の中にある。それ以上にゼラリスの研究所が進んでいた。人糞尿や、青魚の油の搾りかすの利用である。そのまま使うのではなく、いったんそれをスライムに食べさせて、排出されたものを畑に還元するのである。アルラウネとスライムの活用は、農業に革命を起こすかもしれない。
ワイズはファントムに伝えることがもう一つあった。廃鉱山には取り残されている鉄鉱石の鉱脈があることである。この鉱山の権利は森の守護者クルトにあった。後継者はリビーになるが、リビーが帰って来るのは2か月後になる。
ファントムとグーミウッドが相談し、リビーが帰って来る前に、鉱脈の調査をしておくことになった。リリエスとケリーが攻略した廃墟のダンジョンからはミスリルインゴットが採れる。それをグーミウッドに渡す契約も成立した。
グーミウッドは上機嫌である。ドワーフを大勢呼び寄せると言っている。
「ワイズの嬢ちゃん。お礼に何かご褒美上げよう」
「私、毒針というスキルがありまして」
「毒針?」
「毒の針を矢のように打てるんです。どこからとは聞かないでください」
「お尻からしかないわな」
「言わないでって言ったのに」
「ごめん。美少女の秘密だな。それで」
「このスキル恥ずかしいので、毒矢というスキルに進化させました。私の射る矢を毒矢にできるんです」
「矢の威力が強くなって、結構なことだな」
「エロスの小弓と言う私の弓では、強すぎて、みんな死んでしまうのが悩みで」
「まさか死なない矢を作れってか?」
「どんな防具でも貫くけれど、死なない。代わりに毒を受けて、麻痺するようにしてほしいんです。きっとできないと思いますけど」
「可愛い顔して、俺を挑発してくるかい。ドワーフの誇りにかけて死なない矢を作って見せてやる」
「どんな防具をも貫くは無理なんですか」
「それはできん。俺の作る最高の防具は、どんな武器も通さないんでな」
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