第184話 ルミエの呪術

 リリエスの死はルミエにもショックだった。まだ先のことだと思っていた。ルミエはエルフだから長命であり、死に向き合うことに慣れていなかった。


 モーリーの死はリリエスの死とはまた違う意味で重かった。モーリーと過ごした時間は長かったし、互いに共鳴していた。どちらも自然を愛していたし、モンスターとの戦い方が似ていた。


 ただルミエは単純に聖女であるだけでなく、悪をなしうる存在を選んだ。だからモーリーとは生き方が離れてしまった。そのことに淡い寂しさはあるのだ。


 モーリーからは、鎌が贈られてきた。この鎌は斧使いのアンザムからモーリーに受け継がれたものだ。モーリーは死神の鎌として使っていたが、ルミエが手で持つとそれはメイスに変わった。誇り高い武器が、ルミエに受け継がれたのだ。


 『呪術』の魔導書はまだ薄い。ほとんどがジル隊の3人の呪術で、系統が違うのはベガス村にいた盗賊団の団長の呪縛のみだ。この呪縛という呪いだけは浄化レベル2で解呪できる。


 ルミエは自分にかけられているユグドラシルの呪い(石化・沈黙・不眠・不死・激痛)を研究している。この呪い群は浄化レベル2で緩めることはできるが、解呪はできていなかった。


 ユグドラシルの呪いの解除は、意外なところが糸口になった。


 ベルベルは『神聖魔法』の魔導書でヒールを学んでいる。同時にHP・MPを維持できる、リンクのスキルを活用している。事実上不死であるドライアドには、リンクは便利スキルでしかない。しかし便利ではある。


 リンクはドライアドに広めて良いことになっているので、ドライアドの多くはリンクの輪に入っている。それはチームにとっても良いことなのである。長命なドライアドのHPは高いので、事実上無尽蔵のHPとMPが手に入る。


 ベルベルがドライアドの友人と訓練している時、リンクを持っている同士が互いにリンクをかけたらどうなるか実験してみた。片方のスキルやステータスがもう一人と全く同じになった。スキルの発展形でミラーリンクという状態だ。反転させてもう片方のスキルやステータスにすることも可能だ。


 ベルベルが斬新な実験をルミエに提案してきた。ミラーリンクの状態にして、ベルベルにルミエのスキルを写す。その状態を保ったまま、ベルベルがユグドラシルの5つの呪いをルミエに贈与する。


 呪われた状態で、自分にかけられた呪いを、自分のスキルとして使うことなどできない。しかしこのベルベルの方法なら、スキルのコピーができるかもしれない。


 結果はコピーはできたが、呪いの発動はできなかった。ルミエの側に何かが欠けているのだろう。しかしこれに興味を持ったのが一真である。一真はこの呪いをいくつかのモジュールに分割し、各モジュールを異言語理解のスキルで読み解いていった。


 ユグドラシルの呪いは、古代語に一部古代エルフ語を混入させていた。このように言語を変形させると、初見では解呪できない呪いが出来上がるのだ。


 カリクガルの呪いは古代語に、江戸時代の日本語を混入していた。一真の異言語理解と、日本語の知識と、異世界でのプログラムの知識がなければ解明できなかっただろう。これを作ったのは転生者であるジンウエモンなのだろう。

 

 これですべての呪術の秘密が解明され、解呪可能となった。同時にカリクガルに呪術をかけ返すには、どうすればいいかも方針が立てられる。


 ルミエは一部しかユグドラシルの呪いを解かなかった。激痛と沈黙はマイナスしかないが、不眠・不死・石化は有効利用できる。そしてルミエの呪術の技が増えた。


 一真はミラーリンクの状態の有用性も感じていた。この状態を利用すれば、種族スキルや、ユニークスキルなど今までコピーが不可能だったスキルがコピー可能になる。ただ実際には導入した時のコストが大きすぎて、よほど能力値に余裕があるものでなければ無理である。


 ルミエはベルベルから並列思考をコピーさせてもらった。聖女でありながら黒魔女という矛盾した存在であるためには、それぞれの場所を分割する方がいろいろ便利だったからだ。


 ルミエはエルフ奪還作戦を続けている。昨日は夢魔処刑士の60歳の女性エルフを奴隷から奪還した。彼女を奴隷にしていたのは、セバートン王国の王家だった。


 スノウ・ホワイトを夢魔の刑に処したのは彼女だった。望んだわけではない。夢魔の刑は正しく使えば犯罪者を更生させることもできる有用なスキルだ。しかしセバートン王家は、残虐な復讐の道具として使っていた。


 ライラに鱗の呪いをかけたのも、このガカドというエルフの奴隷だった。命じたのは第2夫人だという。セバートン王家が一枚岩であるわけがない。ドロドロした権力争いがある。美しいライラ姫がその生贄になった。


 鱗化の呪いはルミエの呪術の一つになった。今なら、エリクサーを使わないで解呪もできる。


 昨日の作戦は、前回の毒薬を作らされていたエルフ奪還とほぼ同じ。ルミエが陽動し、ベルベルが実行する。場所はアリアスの王宮内の聖女教会地下。聖なる場所にどす黒いものを隠すのもよく似ている。


 明日はまた神聖クロエッシエル教皇国。今度は教会ではなくて軍部だ。教皇国西部の大都市、ファルトに諜報関係の本部がある。そこの地下に捕らわれている奴隷、通称は通信員というエルフだ。


 彼は暗号や伝書バト、狼煙など、スパイの通信の要にいる。今日は陽動はしない。一連の動きだと分かれば、対抗手段をとられる可能性がある。


 彼を奪還すれば、神聖クロエッシエル教皇国の諜報機関の全容がわかる。スパイをあぶりだせば、情報漏洩が止まるだけでなく、二重スパイとして利用することもできる。こちら側の諜報組織の教育にも使えるだろう。


 ルミエは戦略的に重要なエルフ奴隷を奪還しているわけではない。ベルベルが持ってきた情報の中で、最も興味深い奴隷を選んでいるだけだ。


 エルフの奪還は、ユグドラシルに対する批判でもある。ユグドラシルは偉大なる人種のエルフは、自分にかけられた侮辱は自分一人の力で報復すべきだという考えだった。それでは人間の「国家」という恐ろしい仕組みには勝てないのだ。


 ルミエが奪還しなければならないエルフ奴隷は多い。数日後には永遠の旅人の呪いがかけられている女性を奪還する予定だ。


 彼女は定住することのできない呪いをかけられて、今日もどこかをさまよっている。呪いをかけたのが誰かはわからない。30年前だから、呪った人物が死んでいる可能性もある。しかし強力な呪いは術者が死んでも残る。


 ルミエにはこの旅人に対する同情がある。しかしそれと同じくらい興味がある。旅する人生とはどんなものなのか。どんな世界をこの女性を見てきたのか。


 それにこの女性の持っているスキルにも興味がある。失礼だがクズスキルだ。空間を歪ませて、自分を1割大きく見せる。敵を1割小さく見せる。強さは変わらないので驚かせるだけである。


 興味があるのは限界突破を適用した時、このスキルはどう化けるのか。一真のモジュールにこの拡大と縮小のスキルはどんな可能性を付け加えるのかという興味もある。


 ルミエは役立つから奴隷を奪還しているわけではない。しかし彼らがブラウニーのダンジョンに加わったなら、そこに住む底辺の人たちには、さらにいろいろな可能性が開かれるのも事実だ。


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