第179話 月蛾
ドンザヒは明るく活気のある港町だ。ン・ガイラ帝国東端にあり、定期航路によって遥かピュリスともつながっている。住民は幸せそうに暮らしている。リリエスはこの街の片隅で、今は皮革職人をしている。
最近の成果は索敵隊が装備する猿手と猫足の改良だ。動物も貧しい子供たちも靴など履いていない。足の裏は分厚くなるが、それでも土を踏みしめる感覚がある。それが一番強いはずだ。
それをヒントにして、地面を感じられるものに変えた。猿手には猿にない鉤爪をつけた。必要な時にだけ鉤爪出る。猫足にも鉤爪を付けた。必要によっては固いブーツにもなる。
リリエスは今でもソロでダンジョンに入る。万能型の冒険者で、32年前ジンウエモンにレベル停止の呪いをかけられなければ、大賢者になったかもしれなかった。だが今のリリエスに恨みや復讐心はほとんどない。自分の人生を受け入れていた。
2年前、偶然買った5歳の奴隷ケリーは、つらい体験を抱えていて、2時間おきに悪夢に泣き叫んでいた。リリエスの気がかりは、自分ではなくケリーの事だった。今、ケリーはその悪夢を自分の力で抜け出して、最近は一人で冒険に出ている。
そんなある日、ワイズから錬金術の高度な魔導書を遺跡から手に入れてほしいという注文がきた。久しぶりにケリーと二人で冒険に出る。
「ケリー、自分でサーチしてごらん」
「なんて入力したらいいかな」
「最高の錬金術の魔導書、それでいい」
サーチには2カ所赤丸がついた。1つは大竜骨山脈の8合目の高所。もう一つは神聖クロエッシエル教皇国の海沿いだ。地図の拡大率が上がっている。情報も出るようになっている。
山脈にあるのは氷竜のダンジョン。海沿いは滅びの王宮のダンジョンというらしい。最寄りの転移ポイントも示されている。マップがバージョンアップしたのはうれしい。ダンジョンの名前が分かるだけで準備に方向性が出る。
リリエスは滅びの王宮を先に攻略することにした。ケリーにはドラゴンはまだ無理だ。身代わりのアミュレット、マナスのペンダント、回避の魔眼、ミラージュの指輪。以上をケリーに追加で装備した。
転移は一瞬だ。海の香りがする。二人とも隠密スキルを使って、4層まで到達。すべてスケルトンの階層だった。4層はボス部屋で、戦いの回避はできない。
ボス部屋には金属質の巨大なスケルトンがいた。大剣を持っている。スケルトンキングだ。スケルトンキングは2回目だが、墓場のダンジョンとは種類が違う。リリエスはスキル強奪をかけるが、効果がない。能力平均値が今のリリエスより高いのだ。今のリリエスは能力値も、スキルも必要な最低限にしている。上げると肩こりが辛い。
リリエスは能力を一気に5000に上げる。カリクガルを越える圧倒的力だ。リンクを確認して、初めはケリーに任せてみる。
「ケリー、ゴー!」
巨人と子供の戦いである。巨人の剣が淡く光る。防御無視のケリーの剣と打ち合うと、ケリーの身代わりのアミュレットが壊れた。これがなかったらケリーが死んだということだ。
スケルトンキングの剣は即死効果が付与された魔剣だった。リリエスは念話で、身代わりのアミュレットを2つ買って、ケリーに付ける。
即死スキルのような大きい技は、クールタイムがあり連続はない。リリエスは観戦することにした。ケリーは聖剣で、ちまちまスケルトンキングのHPを削っている。相手の大剣はケリーを傷つけているが、リンクで補充されて、HPは大丈夫だ。
ケリーは鋼糸を使い、風刃も使って、剣での攻撃を補っている。こうなると時間がかかるが、ケリーの負ける可能性は無くなる。身代わりのアミュレットはもう1体壊された。即死剣の効果である。30分経ったところで、リリエスがスキルを強奪。今度は骨操作、身体強化のスキルを奪った。
こうなると戦いは一方的になる。ケリーがスケルトンキングを倒した。ドロップは即死剣。攻撃力が弱いケリーには貴重な魔剣だ。
ケリーが竜の咆哮をするとスケルトンキングがリポップする。今度は即死を食らわないように、回避の魔眼、ミラージュの指輪を活用する練習。スケルトンキングは5回倒したが、ドロップは即死剣5本だけだった。
次の階層もボス階。今度は目の赤い巨女。ヴァンパイアだ。なかなか美人だ。ヴァンパイアはHPが減っても自動再生するので、ケリーとは相性が悪い。
ヴァンパイアはガントレットを装備している。格闘技系か。リリエスが観戦していると、ケリーが女に捕まって、首筋を噛まれそうになっている。ケリーはとっさに口から魔法矢を打った。
何とか逃れたケリーは、ゴーレム馬を出した。ゴーレム馬は吹き矢でヴァンパイアを牽制している。しかしまた時間がかかりそうな展開だ。そこでリリエスがスキルを強奪。
怪力と自己修復のスキルを奪った。自己修復はHPだけでなく、MPや状態異常も修復する自動再生の上位スキルだ。この後はケリーとゴーレム馬の一方的攻撃。ドロップは自己修復のスクロール。竜の咆哮でもヴァンパイアはリポップしない。
リポップしないのは特別な種だからである。特別な種が無数にいることはない。つまり高確率で次の階層にダンジョンのボスがいる。階段を降りると、玉座があった。古代の帝国の一つだろうか。豪華な玉座が廃墟となった王宮に残されている。虚無感が漂う部屋だ。
王座には水色の大きな蛾が羽を広げて存在している。高貴な存在が虫にされたのだろう。アリアと同じ運命だ。やったのはアズル教の神か。
リリエスが鑑定すると、名前は月蛾。神獣だった。スキルは月光。デバフでこっちの能力をじわじわ削ってくる。幸いなことに不死ではない。
周りには宝石化した甲虫たち。見たことがない甲虫で、大型で角を持っている。一斉に飛びたって、戦闘態勢をとった。リリエスは隠密で隠れた。美しいものは強くはない。本当に強いのは渦巻くカオスだ。ケリーに任す。
宝石甲虫は鋭い槍のような攻撃をしてくる。ケリーはミラージュの指輪で目標をずらそうとするが、効果がない。月蛾がケリーを目標と定めて、甲虫たちに指示を出しているようだ。
リリエスは今日はここが最後だと思っているので、ケリーの回避力を上げるつもりだ。回避の魔眼を使っても、回避しきれずケリーの身体が傷ついてゆく。だがリンクのスキルでHPが補充されるので、致命的傷にはならない。
甲虫が与えるダメージはランダムだった。物理攻撃だけの時もある。毒攻撃も数種類ある。ケリーには培ってきた毒耐性があるので、大抵は大丈夫だ。
しかし1種類、対応できていない麻痺毒があるようだ。それを食らうと1分間動きが止まっている。戦いの1分は長い。その間に物理攻撃を3回くらい受けていた。
リリエスの見立てでは1時間新しい毒を受け続けていれば、耐性はできる。この際がんばって耐性をつけてもらう。それよりもケリーの課題は攻撃力の低さにある。防御無視の剣のレベルが低くて、1回の攻撃で敵からけずるHPは2から3。甲虫で100、月蛾で400のHPがあるから、倒しきるには気が遠くなる時間がかかる。
ケリーは手数を増やすことにしたようだ。ゴーレム馬を出した。鋼糸を出し鞭のように打撃を与えている。吹き矢も出して魔法矢を打っている。さらに風刃に回転をかけて攻撃回数を稼いでいる。
それでも攻撃力が低くて倒しきれない。剣をさっき取得した即死剣に変えた。宝石甲虫には効果があって、一撃で倒し始めた。即死剣のクールタイムは20分くらいだ。即死剣は5本ある。
防御無視の剣を鋼糸に付けて、風刃を利用して攻撃に回し始めた。地味に月蛾のHPを減らしている。ゴーレム馬も吹き矢で手数を補うが、月蛾のHPは1しか減らない。
月蛾は積極的な攻撃手段を持たないようだ。月光のデバフは効いてきて、ケリーの攻撃力は低下しているが、即死剣や防御無視の剣には効果が薄い。ケリーの防御力は低下しているが、リンクでHPは補充できる。致命傷はない。
リリエスはこのダンジョンの攻略をシミュレーションしてみる。50人くらいの兵士で攻略した場合。3層までだろう。スケルトンの物量で摺り潰される。
4人のSランクパーティーなら4層までは行ける。しかし即死剣で1人失えば、その先は厳しい。ヴァンパイアを無傷では通過できない。少数になって通過しても、この王宮で全滅する。
このダンジョンは弱くはないのだ。ケリーの装備とリンクスキルが規格外なのだ。そして非力なケリーが勝てるとしたら、スケルトンキングを周回して手に入れた即死剣のおかげだ。
この層での戦いが2時間を超えた。宝石甲虫があと6体になっている。リリエスはここでスキル強奪をした。甲虫からは、照準・ランダム攻撃のスキルを得た。月蛾からはデバフの月光スキル。
ケリーが倒しきるのにそれから20分。ドロップは甲虫からは34個の各種宝石。月蛾からは月蛾触覚という珍しいスキルスクロールが出た。敵のどこかに原点を設定し、座標空間を構成する。甲虫たちはその座標で照準を定めていたのだ。
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