第178話 ルミエのある1日
ドライアドのベルベルが、ルミエに教えている。ルミエも昔教えられたはずだが、ルミエにはジル隊に捕まる前の記憶が完全に抜け落ちている。両親のことも思い出せないのだ。
いろいろ学び直さなくてはならなかった。12年前ここにいたサーラとショウについてもである。彼等のことはドライアドやエルフはみな知っているのである。
「それじゃ、復習から。転生者ショウのもとに現れた時サーラはどんな姿だったでしょう?」
「12歳でメイド服、ショウっていう男の子変態だよね。本当は350歳だったおばあさんを12歳にして、ムフフしようっていうんだから」
「次行きます。最初の夜ショウが寝た後、現れたのは誰でしょう」
「ドライアドのお姉さん。ねえ、ベルベル、この人の名前ないの?」
「ドライアドには名前がないんです。私達は集合意識なので、自分というのはごく表層しかないんです」
「じゃどうして、ベルベルは名前があるの?」
「僕は10歳のギフトで並列思考を授かりまして、人格の片方はドライアドの集団意識なんですが、もう半分で自我を確立して、自分で自分に命名しました」
「ベルベルっか、君のネーミングセンスには疑問があるね」
「次へ行きます。2日目の夜にサーラはドライアドに正確な地図を作るように命令します。それはショウが飲み物として白湯だけでなく、お茶を飲みたいと言ったからです。そのため3日目はお茶になるハーブを採りに行く予定になって」
「ちょっと待って、その地図できたの?」
「その頃ドライアドは1000体しかいませんでしたが、それぞれの位置をショウの守護霊のナビ太郎の画面に表示して」
「ちょっと待って、ナビ太郎ってだれよ」
「あ、それ一応秘密なんですけど」
「もう言ってしまったわよ」
「しょうがないです。いつかはばれると思っていましたから。女神アルテミスが転生者ショウにつけた守護霊で、何でも教えてくれる存在です」
「ふーん、それで地図はできたの?」
「ドライアドは木なので、世界中に生えています。その位置をナビ上に表示すると、世界の大まかな形が分かります。それとサーラの350年の記憶を合成してかなり正確な地図ができました」
「それ今でもあるの?」
「ドライアドの共有財産として、現在も改訂されされながら使われています」
「それと私たちの地図データと合成できないかな?ドライアドにとってもメリットあるはずよ」
「念話で聞いてみますね」
「どうだった?」
「了解が取れました。私の中に全データが流れ込みました」
「今ワイズ呼ぶ。ワイズ、マップの事なんだけど・・・・」
ワイズはすぐ来て、念話のイメージ共有を使って、ドライアドの地図データを受け取った。こちら側のデータは、ドライアドとのデータの互換性を持たせてベルベルに渡すことで話がまとまった。ルミエはバタバタしながら、ショウとサーラのお勉強を終えた。
日の出1時間前から、木の瞑想を1時間。ルミエはここを1日の始めにしている。温泉に入ってくつろぐ。転生者ショウのお気に入りの温泉をルミエも気に入ったのである。
温泉からあがったころに、ベルベルが来て、軽く模擬戦を1時間。ルミエのメイスとベルベルの長弓の戦いだ。離れようとするベルベルを、ルミエが追いかける。模擬戦というより鬼ごっこで、軽く体をほぐす。
ボリボリ(乾燥穀物と乾燥木の実)を食べ、お茶を飲む。朝食後、ベルベルを先生にお勉強。内容は共有掲示板に書いてチームで共有する。チームが学ぶことはけっこう多い。今日も意外な成果が出た。地図は重要な情報なのだ。
その後二人でパーティーを組んで、ゴーレムダンジョンで実戦。ルミエは呪術を中心にして戦う。ベルベルは前衛になるので、蔦を鞭にして戦っている。ルミエの今の課題はジル隊の呪術を使いこなすことなので、1日のメインのトレーニングだ。
二人とも食事は必須ではない。食べなくてもいいのだが、昼食にはルミエのスープを飲むことが多い。そのあとルミエは木魔法のドレインの訓練をする。このスキルは自然の風や太陽の光をHPやMPに変換するというものだ。パッシブスキルなので習得すると便利である。
この時間にベルベルは、ルミエから習った魔力操作の瞑想をする。これは魔力を丹田に集め、体内を循環させるというものである。これはMPの上限を上げてくれる。ドライアドには新鮮な体験らしい。
このあと二人はピュリス近郊の森に移動する。モーリーやリリエスが切り開いた森はもうモンスターも出なくなり、町の人が薬草や木の実、薪を採りに来ている。
ルミエはその奥、もっと深い森へ行き、木が密集している地点を間引いている。密集しすぎると大きな木が育たない。また1本だけ大きな木が空を覆うと、若い木が育てない。そういう地点に手を入れる。
ベルベルはさらにその外側で木にまとわりつく蔦を切っている。この蔦の古いのは、魔法使いの杖になるのである。そして森の奥ではまだ出るモンスターを長弓で倒している。
夕方から二人は気合を入れ直した。今日は特別な作戦がある。エルフの奴隷奪還作戦である。今日はその初日。神聖クロエッシエル教皇国の副都エストに遠征する。
エストは教皇国の東端に近い場所にある。セバートン王国のピュリスとは、間にエルフ領をはさんでいる。陸路での交通手段はない。海上の定期航路が教皇国に延長されるとしたら、おそらくエストが交易港になるだろう。
ここを支配しているのが、教皇の叔父ツバイル公で、教皇が幼いときは摂政として権力を握っていた。今でも教皇国の実権を握っている。
ツバイル公が毒薬士として使っているエルフの奴隷がいる。ジュランという200歳の男性だ。80歳くらいの時に教皇国に捕まり、以後120年間、毒薬士として心ならずも時の教皇国の権力者に仕えてきた。奴隷なので主人の命令に従わざるを得ないのである。
エルフの神ユグドラシルは、彼の苦境を知っていた。しかしユグドラシルは、偉大なる人種エルフは、苦境は自分一人で打開すべきだという誇り高さで、何の手助けもしてこなかった。
ドライアドは世界中どこでも実体化できるから、だれもいない深夜、ベルベルはジュランに作戦を伝えてある。作戦はシンプルだ。ベルベルが転移して、ジュランを眠らせ、物化してマジックバッグに入れ、また転移して帰る。それだけである。
ルミエはできるだけ神々しい聖女の姿をする。彫像なので女神と勘違いする人もいるだろう。攻撃されても一切抵抗しない。石化されているし、不死なので全く問題はない。
ここは大司祭ツバイル公の支配する副都の大教会だ。アズル教の教皇派教会の中でも3番目に大きい。この大教会の地下に毒薬士を閉じ込めている。ジュランの毒薬で、多くの人を暗殺して来た。ジュランはそんな生活に嫌気がさしていた。
ルミエは、教会の正面から入って行く。衛兵はどう対処していいのかわからず固まっている。何しろ大理石の美女である。しかしアズル教には美しい女神はいない。巨乳は悪の象徴なのだ。
偉そうな人が出てきて、ルミエ攻撃を指示した。勇気を出した衛兵が刀や槍で攻撃してくる。生身なら血を流して死んでいる。弓兵が矢を射てくる。どんな攻撃もルミエには効かない。実は痛いのだが微笑んで痛くないふりをしている。
人々が大勢集まり、騒ぎ出したところで、ルミエは竜の咆哮で全員気絶させた。またゆっくり歩いて外に出て、ドライアドのダンジョン入り口で転移して帰ってきた。こちらは救出に関しては、特に何にもしていない。単なる陽動である。
連れて帰った後は?
ベルベルがブラウニーのダンジョンに薬師ジュランを送り届ける。多分大丈夫だろうというアバウトな作戦である。ベルベルからは「完了」という念話が来た。彼は直帰するという。
ルミエは気が向けば夕食に何か食べる。夕食後にはタンポポコーヒーを飲み少しくつろぐ。そして1時間、魔力操作の瞑想をする。夜は気ままにどこかのダンジョンに潜る。気持ちを新たにし、血まみれ聖女に戻ってソロで殺しまくる。ワイズの気分をハイにする薬を使っているので、経験値稼ぎの効率がいい。
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