第170話 サーラの錬金術入門
ファントムはまずメリーとシルバーというホムンクルスに会った。人間と区別がつかない。二人は12年前、サーラによってつくられたという。
ホテルだった場所は老人が最後を安逸に過ごせる老人ホームになっていた。砂漠都市同盟が運営している。老人たちに人気なのは温泉だった。いつでも無料で入れる。
老人たちは幸せそうだった。自分の好きなタイミングで、「清算」というと、能力値やスキルが一時スクロールとなり、HPも0になった老人は死ぬ。施設はこの一時スクロールを売却して収入にしている。
ファントムと感覚共有しているサイス。サイスの記憶ではエルザがイエローハウスでやっていた老人ホームでは、一時スクロールではなく、永続スキルとして贈与されていた。永続スキルの条件を確認するサイスである。
ホムンクルスは製作者の百分の一の能力を受け継ぐ。この二人は身体の一部が欠損した人間の、再生手術に立ち会っていた。自らも錬金術で作られ、錬金術による身体欠損回復手術の助手をしていた。
『サーラの魔導書』は二人の人生のすべての記憶や経験だけでなく、サーラがついでに注いでくれた潜在記憶まで写し取ることができた。その中に錬金術が少しでも混じっていると良いのだが。
ファントムが次に向かったのはトールヤ村の治療院だ。ここにいるホーミック1世は、サーラがショウの下で、最初に作ったホムンクルスである。
トールヤ村はハルミナ領主リオトの前任地だった。思い出したファントムは、ホーミック1世に聞いてみた。
「前の村長はハルミナ領主に出世したと聞いたんだが、どんな人だった」
「リオトは、フラウンド家の末っ子だって知っているかな。ファントム君」
「聞いたことはあるが、詳しくは知らないんだ。たしか前のハルミナ領主の二コラの従兄弟になるらしいね」
「リオトの父親は高齢だが、まだ生きている。母親もね。父親は稀代の名戦略家。最高の軍師として有名だ。母親はボルニット侯爵令嬢だった人さ。世界で初めての庶民のための学校を立ち上げた人だ」
「魔導書に二人の経験を移させてくれないだろうか」
「私が頼めば二人とも気のいい人だから、大丈夫だと」
「よろしくお願いします」
「それでリオトことな。お姉さんのルイーズが王都アリアスの娼館に売られて」
「ちょっと待って、お姉さん娼館に売られたのか」
「フラウンド男爵は、先代のカナス辺境伯にはめられて、反乱の罪で流刑になってね。そこに厳しく課税されたんだ。税を払う金がなくてルイーズは娼館に売られた。ルイーズだけでなくほとんどの人が奴隷落ちしたんだ」
「ルイーズはリオトのお姉さんだよな」
「そうだよ。いまはリングルの領主のお母さまだが」
「そういう関係だったんだ。親戚だって聞いていたけど」
「リオトのお兄さんんはカーシャストと言って、砂漠の牙の頭目になって」
「砂漠の牙?」
「盗賊団だよ。奴隷になるのが嫌で、村から30人くらい引き連れてな。いまではカーシャストはドンザヒ領主だけど」
「すさまじい経験したんだな」
「だからカナス辺境伯は絶対許せないわけだ」
「で、リオトはその頃何をしていたのかな」
「姉が娼館、兄が盗賊団のころ、リオトは鉱山で奴隷だった。それがサーラに救われて、姉がボルニット子爵夫人、兄がドンザヒ領主、父は村長、母は校長になった」
「サーラってすごい人だな」
「ただの錬金術師じゃない。隠れたる神からの手紙も、実際に書いたのはサーラだから。読んだことあるだろう」
「帰ったら読み返してみる」
「それでリオトはしばらく鉱山を任されていたんだけど、選挙で村長になったんだ」
「この村は選挙しているのか。随分過激だな」
「砂漠の町では選挙が普通だけどね」
「いろいろ認識を改めた」
ホーミック1世に連れられて行ったのは町はずれの普通の家だ。リオトがいなくなって老夫婦二人で静かに暮らしているようだ。
子供たちが3人とも貴族になっているにしては、質素な家である。ホーミック1世が豪快に挨拶して中に入っていく。まず二人の指圧を始める。
「ホーミック指圧の腕だけはあげたな」
フラウンド前男爵がいう。72歳とは思えない元気さだ。
「私はファントムと言います。ハルミナの情報屋です」
「知ってますよ。大変有能な方で、諮問会議でリオトを助けてもらっているらしいですな。なんでも協力しますよ」
「私のことまで魔導書にしてもらえるなんて夢見たいですわね。新しい教科書を書いたサイスにもいつか会いたいです。知り合いですか」
「サイスは親友というか。もう一人の自分のようなものですから、必ず伝えておきます」
サーラの魔導書とは別に1冊ずつ、結構厚い魔導書が出来上がった。ファントムはハルミナに帰り、いつものように闇の情報屋の仕事をする。と言っても客はほとんどいない。店の名前が「入るな、危険」なので一般客は来ない。
魔導書は魔導書の図書館に一緒に置いておくと互いに干渉し、修正し、吸収されたり、分裂したりする。3冊の魔導書もいろいろなやり取りをしていたようだ。
ブラウニーのダンジョンにも1冊の魔導書を置いてある。奴隷たちの経験やスキルをこれに吸収している。一人一人の経験は平凡だが、たくさん集まると宝物になる?かもしれない。
翌日は砂漠の北端にあるゼラリスの研究所に行く。砂漠と言ってもここは緑はけっこう豊かである。2週間に一回、海から低気圧を連れてきて、雨を降らしているそうである。
ワイズからゼラリス訪問の情報を得ていたので、一真の記憶を検索して予習しておいた。上空へ空気が移動すると地表の気圧が低下する。上空に上がった空気中の水分が、空気中から絞られて雨が降る。何とか理解できたと思う。
丘の上に楡のような形の良い木が生えている。あれがベルベル君だろうか。ドライアドはどこへでも好きな姿で実体化できる。死にそうなときは瞬時に木に戻るから事実上不死だという。本体の生えている場所を明かすのは、本当に信頼している人にだけだ。
ゼラリスは植物について、天才的な技術を持つグリーンフィンガーだそうだ。彼が知っている錬金術は初歩的なものなので、高位の錬金術師を探して魔導書を補充してねと言われた。
今のところ心当たりはないので、サーラの錬金術の本やノートをデータ化して、魔導書に組み込むしかかない。もしそれができたら、書物から魔導書へ、魔導書から書物へという双方向の変換が可能になる。できたらすごいことだ。
一応『サーラの錬金術入門』という魔導書ができた。ワイズは錬金術の訓練を早く始めたがっていた。できるところから始めたほうがいいだろう。入門なのに結構分厚い。念話でワイズに錬金術の魔導書ができたと連絡。ついでに一真には、最高の軍師フラウンド前男爵の『戦略と戦術」という魔導書ができたと連絡しておいた。
今日は店を始めるまで、あのルミエの拠点の巨樹に行って、サーラの本をデータ化する。もし完了できなければ、深夜から朝も集中して頑張るつもりだ。
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