第168話 アデルとカシム・ジュニア
ピュリスの東門を出ると、ベガス村へ向かう街道がある。この街道の右手にはリリエスが拠点にしていた巨樹がある。今はその近くにダンジョンが作られて、森にはモンスターはほとんど出なくなった。代わりにリスやウサギ、イノシシなどの動物が増えた。
東側だけでなく近郊の森はみな同じだ。町の人々は気軽に森に入り、薪を取り、薬草や木の実を採った。狩人が動物を狩り、木こりが木を伐る、養蜂家がミツバチから蜜をとるようになった。
冬の朝の街道を馬を並べて進んできたのは、ピュリスの内政を任されている長男ダレンと、金貸しのカシム・ジュニアである。前に4人、後に4人の護衛が付いている。護衛は距離をとっているので二人の会話は漏れない。
森の中の街道を進むと、大きな川があり景色が開けた。立派な橋がある。右手(南方)に大きな湖がある。川はアビルガ川、湖はアビルガ湖である。
「若様、この川がプリムスやサエカに通じているんですね」
カシム・ジュニアが聞く。
「そうだ。そして今カシム組がテルマ村とつなげようとしている」
答えるのはアデルだ。この工事はテッドに依頼したのだが、テッドはカシム組に下請けを依頼して転勤していった。
「アビルガ湖の東側は見ての通り、広大な草原地帯になっています。ここが共同牧場です」
アデルはハルミナの闇の情報屋ファントムに言われた通り、カシム・ジュニアに牧場の建設を依頼した。場所は水路建設をし始めたアビルガ湖周辺。2つの公共事業を近い場所で請け負ったカシム・ジュニアがアデルとの現地視察に随行しているのである。
王都で極道としての地位を確立した後、カシム組は各種事業に進出している。今は王都だけでなく、ハルミナにがっちり食い込んでいる。さらにいったん撤退したピュリスでも再び力を得ようともくろんでいる。
「馬や牛はどこにいる?」
「広くてどこにいるか分からないです。夜になれば帰ってきますから、見たいのであればその時間に」
「いやその必要はない。ただここにもモンスターが出るはずだが、馬や牛をどうやって守っているのかな」
「柵があって家畜はそこから外に出ません。訓練された犬が周りにいて、モンスターが出たら吠えて追い払います。ゴブリン程度なら食い殺します」
「なるほど。人間はいないのか?」
「人間もいます。ゴーレム馬も配置していて、こいつらはモンスターを攻撃する前に犬笛で犬を呼び、合図の笛で人間も呼びます」
「ゴーレム馬自体にも攻撃力はあるのか」
「口からマナバレットを打つことができます。フォレストボア程度なら、人間が到着するまでに、犬とゴーレム馬で撃退できます。オークになると無理ですが、オークはまだ出たことがないです」
「戦争にも使えそうだな」
「カシム組が犬の繁殖も始めましたので、犬なら用意できます。野営する時の警戒なんかに便利ですよ」
「それだけ情報を持っているのは。ハルミナのリオトはもう犬部隊を作り始めたということか。リオトは目端が利くな」
「思った以上でした」
「例えば」
「守秘義務があるので、言えませんね」
「それじゃ、リオトに俺が頼んだら良いことはあるか。それなら言えるだろう」
「ヒールレベル1の人をヒールレベル2にしてもらってはどうです」
カシム組はヒールレベル1を持っているものだけでなく、ヒールレベル2以上のものにも限界突破を使ってもらった。レイ・アシュビーも自分の仲間に同じことをしてもらっている。ヒールスキルにはそれだけの価値がある。
「そんなことができるのか」
カシム・ジュニアは既にリオトと打ち合わせ済みである。限界突破による戦力強化はカナスとの戦争直前まで同盟国にも秘密にする。ただしヒールについてのみ、同盟国に協力しヒーラーの養成をすることになっている。
「いえ、できたら助かるのではと思っただけですけれど」
「もしそんな重大なことを頼んだら、俺にはその対価を払うことができるかな」
「例えばの話ですが、サエカ・ハルミナの運河の共同建設なんかすごい喜ぶでしょうね」
これもリオトと打ち合わせ済みだ。
「サエカ・ベガスをヴェイユ家で、ハルミナ・ベガスをフラウンド家で分担するか。うちにもメリットがある話だ」
「工事業者はカシム組でよろしく。それと砂漠で野馬を捕獲する話は聞いてますか」
「それは両家でもうすぐ実施する。お互いに騎士団を創設しようと誘われた」
「そうですね。兵力が限られているなら、質を上げるしかないです」
「話は変わるがここに新しい村ができないかなと思っている。牧場も規模が大きくなるし、水路が伸びたらここに村があると便利だしね」
「周辺に小都市を作ると、モンスターからの安全地帯が数倍に広くなりますしね」
「恐ろしく頭が回るな。俺の家臣にならないか」
「リオトの家臣というわけじゃないですが、一応諮問会議のメンバーですし、商人なので特定の貴族のはっきりした家臣にはなれないんです。でも有能な人材を斡旋することはできよ」
「それはぜひ頼みたい。それにしても、リオトは諮問会議にいいメンバーをそろえたな」
「ファントムとレイ・アシュビー。二人とも有能です。諮問会議作ったのは二コラなんですが、見事引き継ぎましたね。外見は田舎の村長なんですが、中身はすごい人です」
「二コラを無くしたのは惜しい。彼は凄いカリスマ持っていたからな。でもリオトはそれ以上か。そう言えばヒスイ鉱山はうまくいっているかな」
「リオトがン・ガイラ帝国から専門家チームを連れてきました。リオト自身も昔鉄鉱石の鉱山で働いていたことがあるようで、心配ないでしょう。ちなみに奴隷はカシム組からも買ってもらています」
「水路の整備も進んでいるだろうしな」
「ハルミナとサヴァタン山の間は船の定期運航を開始しました」
「こっちもフィリスとサヴァタン山を間を浚渫して定期船の航路を延長してもらうか。フラウンド家にも利益になるはずだ」
「ヴェイユ領南端のフィリス村と今工事中のテルマ村を結べば、水路の大三角形ができますね」
「カシム組を儲けさせてばかりで、癒着していると批判されるんじゃないかな」
「いや大ピュリス建設の方で儲けさせてもらいます。水路では儲けませんから」
「カシム・ジュニア。少し走らせてみるか」
二人の乗っているのはドンザヒから輸入した早い馬である。昼前に湖の南端の工事の現場につく。二人は拠点で軽く昼食をとった。
ワイズがラインを引いてくれている。そのラインに忠実に、カシム組の雇った土魔法使いたちが、大まかに溝を掘っていく。その後をヴェイユ家の雇った、ピュリスの農民がたくましい体で残土を運ぶ。彼等は天使降臨の時、群衆によって畑を踏み荒らされた農民たちである。
土魔法使いはハルミナの義勇軍の1期生の中で、土魔法レベル2を選んだものたちである。月30万チコリのかなり高級を払っている。噂を聞いた2期生以降は土魔法を選択する者が増えるだろう。
今日のアデルとの話では、当分土木事業の好況は続くとカシム・ジュニアは予測する。水路建設だけでなく、アデルはピュリス周辺に小都市を作り、大ピュリスを建設するつもりだ。これをどう儲けにつなげるか。カシム・ジュニアは熟考するのである。
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