第165話 新宿の一真
一真はジンメル道場の、住み込み女弟子になっている。名前は一美。場所は王都アリアスの郊外。修行は剣術がメインだ。ジンメルの流派は江戸時代の日本からの転生者が伝えた。それで坐禅・茶道・華道・古武術・忍術・居合術・兵法と日本的な修行が多彩にあった。転生者は相当な人だったんだろう。
はじめは炊事と清掃だ。食事の内容は大麦のおかゆが基本だ。一美(一真)はアリ型モンスターだから食事は必要ではないが、目立つのは嫌なので食べている。食べるのも排泄するのも修行の一環だ。
清掃はクリーンをして終わらない。床も壁もすべて、柔らかい布で磨く。汚れは落ちているし、乾いた布で拭いても何も変わらないはずである。しかし10年も続けていると木も石も光りはじめるのである。道場はそれを100年以上続けている。
ジンメルは言う。心は木や石ほど簡単に光り出さない。30年かけてやっと少し光るという。能力値などの数字は見るなと言われる。一美(一真)はそれを信じて今日も修行する。
武術は型の練習だ。3分見せられて3時間真似をする。その繰り返しである。一美は3時間の練習の後、ネストに入り、15時間、型の訓練をする。
実際に体を動かすのは小次郎である。一美は分離して、虚無の空間で坐禅している。2時間すると飽きるので、闇魔法の訓練をする。これには『闇魔法入門』の魔導書を活用している。それにも飽きると過去の映像記憶から、面白そうな本を読む。これを3回繰り返すのである。
午後の訓練も同じようにネストと小次郎と魔導書を活用している。夕食後坐禅の時間も同じ。ネストで1日が数倍になる。皆が寝ると、セバスのダンジョンの工房に転移して、魔道具を作る。
魔道具の着想はスキルから得ている。スキルはたくさんのモジュールを組み合わせて作られている、というのが一真の考えだ。だからたくさんのクズスキルを含むスキルを集めて、モジュールに分解し、それを違うやり方で組み合わせてやれば、新しいスキルを自由に作り出すことができるはずだ。
今のところ成功しているのは、回転というモジュールを取り出したことだ。スキルは魔石を利用して魔道具にすることができる。これを利用して、ミキサーを作った。これは大型化して小麦を製粉する魔道具を作り出した。今ピュリス近郊では、水車から魔道具としての製粉機に置き換わるつつある。
今日集まったスキルを自分に導入して、ネストに移転する。小次郎を連れて行くのも忘れない。スキルをモジュールに分解するのはとても時間がかかる。身体が必要ないときは、小次郎はネストで訓練するのだ。
飽きたときは良く坐禅をしていた。瞑想が深くなると、一真は自分の心の底に、封印された記憶があることに気づいた。ネストの無限の時間の中で、一真はそれを開けてみたのである。
新宿の駅だった。夜の7時くらい。会社帰りの人たちがたくさん家路に向っていた。一真はそこであの小学生の時の同級生、心の中で聖女と呼んでいた子にに出会ったのである。
3つ並んだプラスチックのイスに座っていた。14年ぶりだった。
「シオン。沢村シオンだろ。久しぶり。分からないかな。俺は一真だよ」
「・・・・・・・」
シオンは眠たげだった。面影は残っている。その時7時30分ちょうど。シオンのスマホが鳴った。シオンはバッグからスマホを取り出すと、メールを開けて俺に見せた。
そこにはダークサイドバンクと呼ばれる怪しい銀行へ、暗号資産で100万円振り込むように指示が書いてあった。俺は清廉潔白な男子ではなくて、相当こじらせたオタクだった。その暗号資産を持っていて、振り込み方も知っていた。俺はクズだったから、児童ポルノの売買に使っていた。
相手が入金を確認すると、しょぼいラブホテルが指定された。8時30分に入店するようにと。おれはこの売春のシステムを知っていた。レイプドラッグを飲まされている女と遊ぶのだ。部屋には隠しカメラが仕掛けられていて、それでゆすられる。
客が警戒してホテルに来なくても、こいつに実害はない。こんな悪辣なシステムに縛られているシオンが憐れだった。彼女はなにかのドラッグをもう飲まされていた。
おれはシオンを連れて、ちょっとはましなシティホテルに部屋を取り、着替えさせてから寝かしつけた。ダークサイドでアルバイトを募集した。明日の朝、例のホテルを見張って、カメラを回収に来た男をあぶりだす仕事だ。ハッキリした証拠なんかいらない。多分俺の知っているやつが来る。
おれはシオンのバッグから、薬やスマホのデータを抜き取った。シティホテルはWiFiとつながっていて、おれは薄いノートパソコンを持ち歩いている。一晩かければ心当たりの男を丸裸にするのは簡単だった。いわゆるリア充になっていて、情報は駄々洩れだった。
シオンは自治体の職員になっていた。硬い仕事であればあるほど、エロい動画の流出は致命的になる。シオンのスマホをいじって、位置情報が俺のスマホで解るようにした。
朝シオンが目覚める前に俺はホテルを出て、薄汚いラブホを見張った。ここの経営者もおそらくあいつに弱みを握られているのだろう。
大学院はもう行く必要はなかった。入社式を待つだけの空白の時間があった。俺はやり残したことを終わらせておきたかった。
思った通りに奴が来た。彼とも14年ぶりだ、スマホで写真を撮っておく。車も。10時頃、雇った男からも写真が贈られてきた。おれは匿名アカウントを作り、奴にに警告メールを送った。別々に撮ったとわかる2枚の写真を添付して。
私立探偵を雇い、相手にわかるように、わざと雑な身辺調査をするように依頼した。こちらも前金匿名だ。
ラブホの経営者にも、怪しいメールで脅しておく。やつの親父が経営する病院にも、問い合わせ窓口があったので、奴の犯行を匂わせるメールを送る。ただの脅しだ。
これでシオンのデータが破棄されて、関係が断ち切られると思っていた。奴は医師の国家試験に合格しているのだ。輝かしい未来は、失うにはもったいなさすぎる。今なら手を引けるという優しい警告だ。シオンも24歳。まだやり直せる。
シオンの位置情報がいつもと違うことに気がついたのは6時過ぎだった。いつもと帰るルートが違っていた。新宿へ向かう電車にシオンは乗っていた。おれは急いで家を得た。嫌な予感がしていた。そこで記憶は一旦切れた。
そして次の場面でおれはどことも知れない白い部屋にいて、アルテミスという女神に会っていた。けっこう美人でセクシーだった。本当にケリーと分離して良かった。俺みたいな穢れたオタクがケリーと融合していたら、ケリーが可哀そうなことになった。
ケリーと融合しかけていた5歳ころ、俺が何を考えていたか考えると本当にキモイ。あの状態をハーレムだと思っていたから。転生の場面でさえ、俺は女神をエロい目で見るキモオタだった。
それで今に至る。ともかく俺は電車に轢かれて死んだらしい。シオンの身代わりをした。シオンは奴に殺されかえたようだ。あっちの世界がそれからどうなったかは分からない。
どういう思考回路でそうなるのか分からないが、おれはジルだけでなく、カリクガルを倒すまでやる。とことんやることにした。それが終わったら、ワイズと本当に何かを始められる。そんな気がする。ワイズが良ければだが。
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