第164話 テッドの転勤先

 ゾルビデム商会・キース銀行・ジェビック商会は実は一体である。今は大商人、大銀行になってるし、ン・ガイラ帝国の大貴族でもある。ゾルビデムはン・ガイラ帝国の宰相にまでなっている。だが創立された300年前は4人の小さな盗賊団だった。


 サーラという錬金術師を団長とするアリスク盗賊団だ。サーラはエルフなので長命だった。3家の子孫は300年後の今も、10歳から盗賊団に入団しここで鍛えられる。貴族で裕福な商人だが、本質は盗賊団であると叩き込まれるのだ。15歳で成人すると、巨大組織の裏か表か、どこか適切な場所に配属される。


 10月1日の大量失踪事件で危険を感知した組織は、テッドを組織の暗部の統括に任命した。テッドの居場所を隠す必要もあった。だが組織は経験もあり、最も有能なテッドをどうしても必要としていた。実はサーラも消えていた。眠り続けていたが、彼らの精神的支柱は今でもサーラだった。


 テッドはアリアに念話した。


「テッドかい。念話は初めてだわね」


「こっちの暗部に転勤になったから、念話もダンジョン転移も解禁された」


「アンジェラの事、大変だったわね」


「殺そうとしている者は、いつでも殺されることを覚悟しているさ。アリアもだろ」


 アンジェラもアリスク盗賊団の卒業生だ。ここで過激な民主主義と平等思想を身につけた。獣人も亜人もヒューマンと同じ人権があると本気で考えていた。隠れたる神の兄弟団にも共鳴している超過激派である。民主主義のためなら、自分の命を捨てる覚悟もあるし、味方の犠牲も仕方ないと考えている原理主義派であった。


「私は神だったからね、殺せるなら殺してみろと思っている。それにいなくなった人たちは殺されたというのとは違うんじゃないかな」


「おそらく異世界転生だ。地球の日本に行ったと思う」


「根拠は」


「世界が繋がることはめったになくて、いったん繋がったら、繋がりは簡単に消えないらしい」


「それじゃ繋げた神様がみんなを消したというのかしら」


「多分そうじゃなくて、アルテミスという女神がつなげて、そのルートを利用して、こっちの冥界の王がハルミナの501人を送り込んだ。彼等のうち500人の魂はもうこっちの世界に吸収されている。一人を残して、みんなすぐ死んでいる」


「冥界の王は何のためにそんなことしたの?」


「ハルミナの二コラを魔王にするためだと思う」


「それじゃ二コラがいなくなって、冥界の王ハデスは悔しがっているわね」


「魔王復活が阻止されたわけだ」


「アルテミスがそれをやったっていうのかな」


「やったのはカリクガルだ。ほぼ間違いない。今回の主目的はヴェイユ家を消すことだったと思う」


 テッドと暗部はアンジェラ失踪の情報を集中して集めていた。敵の主目的はヴェイユ家であるというのが結論だ。ヴェイユ家は全員助かっているが、それは身代わりのアミュレットのおかげだった。それがなければヴェイユ家は全員死んでいた。


 アンジェラと二コラはヴェイユ家の協力者だった。クルト達は巻き添えにすぎない。スノウ・ホワイトは口封じ。サーラの居場所は前から掴まれていて、目覚めることのないサーラはもはや脅威ではなかったが、象徴的な権威を潰しておきたかったのだろう。


「ちょっと込み入ってるわね。ルートをつなげたのは地球の神アルテミス。一真はその女神に転生させられた。次がそのルートを利用した冥界の王ハデス、ハルミナの聖女と500人を転生させた」


「そして10月1日の事件は、同じルートをカリクガルが悪用して、邪魔な人間を転生させた」


「こんなでたらめな異世界転生が、これからも続くと思う?」


「いいやアルテミスがこれを許すはずはない。このルートはもう閉鎖されたと確信している」


「どうして神様のことがあんたに解るの」


「こっちに来た転生者は一真だけじゃないんだ。300年間に何人もいた。アルテミスのデータはある。悪い人じゃないんだ」


「人ではない!区別はしておいて」


「ともかく今回、みんなを転生させたのはカリクガルだ」


「カリクガルはこっちの事情をあんまり知らないと考えていいと思う?」


「そうだな。アンジェラのことも軍師をしていた黒い女としか認識していないと思う」


「こっちの情報を完全に隠すのが、カリクガルに勝つ条件になるわね」


「同時に敵の情報をどう得るか。どんな情報が欲しい」


「カリクガル本人。妹のマリアガル。天使降臨の時ピュリスにいた女魔導士とその幻像。それに古代神で死の谷のダンジョンに封印されていたディオニソス。この5人よ」


「こっちも彼等を追っている。ジル隊のジルは良いのか」


「ジルの居場所は知っている。でも人手があるなら、張り付いて見張ってほしい。死なれたら困る」


「ともかくもっと情報を共有しよう」


「私は組織に属している人は完全には信じないよ」


「そっちもチームに所属しているんじゃないのか」


「チームは何にも強制しない。いやになったら抜けていい。あんたんとこは巨大組織でしょ。暗殺部隊や密偵、傭兵団、表の商会で働いている人まで入れたらどんだけになるか。教えてほしいのは、あんたたちと帝国との関係よ。ゾルビデムがトップなの」


「完全なヒエラルキーの組織じゃないんだ。帝国の下部組織でもない。組織を作ったサーラという錬金術師がいてね、サーラがトップと言えばトップだったんだけど、この12年眠っていたしね。そのサーラも10月1日に消えてね。最近はすべて合議制。それぞれが独自に動くことも多い」


「ユグドラシルやドライアドとどんな関係?それにレイ・アシュビーの隠れたる神の兄弟団って何よ」


「短時間では説明しきれない。みんな協力関係にあるけれど、一枚岩というわけじゃないんだ」


「これからの計画だけでも今話して」


「カナス辺境伯領は数年以内につぶす。いつになるかは、そっちとヴェイユ家次第だな」


「一番危ないカリクガルを私たちに倒させるってわけか」


「こっちが頼んだわけじゃないだろ。チームにもヴェイユ家にも」


「そうだけど」


「そっちが自分でからんできたんだったよね」


「でも、利用されていると思うとね」


「協力はするよ」


「潰したらどうするの」


「ドンザヒ、リングル、砂漠都市同盟が独立を宣言する。それに六星王国も加わる。場合によってはヴェイユ家とハルミナもね」


 六星王国は種族別の獣人の王国で、ン・ガイラ帝国の南方海上の6つの島にある。彼等がこの機会に帝国から独立することはありそうなことだ。


「砂漠都市同盟って初めて聞いた」


「レイ・アシュビーもそのひとつの都市のリーダーなんだ。他にも小さな都市がいくつかある。」


「ン・ガイラ帝国本体は残るのね」


「多分、そのあと神聖クロエッシエル教皇国と戦争になると思う。セバートン王家もどう動くか分からない。ン・ガイラ帝国は各地の独立を受け入れ、新国家群と友好関係を保つ」


「その方が軍隊動かしやすいもんね。問題は最終的に勝った後よ」


「すべての人類の平等と民主主義。大国家を廃止して小さい都市で自治をする」


「そこを信用しきれないの。結局ン・ガイラ帝国の世界征服になるんじゃないの」


「それはない。100年後は分からないけど。僕が怖れているのは、ゾルビデム商会の経済支配かな。自由なのに、みんな金に縛られているような未来にはしたくないんだ」


「青いわね。男は最後は金と権力と女じゃないの」


「僕たちには夢がある」


「ふん。一応そういうことにしておく。私はあんまり大きい話は信じないの」


「アリアって神だろう。ずいぶんリアリストなんだな」


「神だってひどい目にあって、クモにされるとひねるのよ。アズル教の神なんて、ほんとひどいんだから」


「今度ゆっくり聞くよ」




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