第163話 競馬

 ピュリスの収穫は例年の8割程度だった。1万5千もの群衆に襲われたにしては良い方だ。ダレンは今年の農民への課税を免除した。結果的に農民はいつもの年の倍近い収穫を手にした。


 土の家が普及したことで、ネズミの害が無くなった。それをを考えれば、農家の豊かさはもっと大きい。しかもピュリスでは塩の価格が下がった。密閉された土の家のおかげで、薪の消費量が劇的に下がるだろう。ピュリスの農民は潤っていた。


 ピュリスの商人も潤っていた。群衆であっても人が出入りし、消費が増えれば、お金が回る。同じ量のお金でも、回転すると富を生み出すのである。ヴェイユ領のプリムスやサエカの建設も景気を活気づけていた。


 給付付き学校の開校は、貧しい人々の生活を下支えした。彼等は今までお金を使って市場で物を買うことなどなかった。彼等がお金を得て物を買い始めると、ピュリスの景気は一層よくなった。領主はそれを見越して穀物を他領から十分買い付けていた。塩の販売で税収が増えていたから可能なことである。


 収穫祭は盛り上がることが確実だった。ジュリアスは男装の賭博士ブラック・ジュエリーと名乗って、奇妙な店を開いていた。


 刺青屋である。ヒールスキルの刺青をしてくれる。価格は50万チコリである。ヒールは貴重なスキルで、スクロールとして出回ってはいない。しかもレベル1では自分しかヒールできない。50万チコリは微妙な値段であった。


 10歳のギフトで手に入れても、さほど使い道のないスキルなのである。レベル2になればヒーラーとして治療院で働けて、大儲けできるのだが。


 ブラック・ジュエリーの店に人が集まっているのは、サイコロ賭博に勝てば、タダで刺青をしてもらえるからだ。最初の客になったのは、20歳くらいの農夫だ。彼はヒールレベル1を持っていた。金はない。レベル2になれるなら、奴隷落ちしても自分を買い戻せる。


 この農夫はたくさんの見物人にはやされながら、極道女とサイコロ対決をして、見事勝ったのである。刺青をしてもらった農夫は、近くにいたひどいけがをした兵士の傷を治して見せた。


 見物人たちは盛り上がり、次々とサイコロ賭博に挑んだ。だがその後9人、負け続けてブラック・ジュエリーは瞬く間に4500万チコリを稼いだ。


 そこにピュリスの聖女が立ち寄った。聖女はヒールレベル3の使い手である。収穫祭では毎年、無料ヒールの慈善治療を行っている。見習い聖女を7人連れていた。彼女らはヒールレベル1しかないから、まだ他人にヒールできないのである。


 聖女がサイコロに挑むことになった。聖女にとっては50万チコリより、ヒールレベルを1上げることが大事である。サイコロには負けたが、聖女は大満足だ。ヒールレベル4を得ていた。これはエリアヒールである。10人ぐらいのHPを一度に回復できる。


 聖女見習いたちも全員参加した。お金は聖女が出してくれると言ったからだ。聖女見習いたちの2勝5敗。その後はヒールレベル1を持つ者しか、挑戦しないようになった。その5人と勝負した後、ブラック・ジュエリーは大儲けをして姿を消した。


 ブラック・ジュエリー(ジュリアス)はもう一つ店を出していた。こちらはイラクサ布の服屋である。男女、子供用、色々取り揃えてある。きれいな染色でデザインも普通に良い。価格はだいたい1万チコリ。安くはないが、買った人は丈夫さに驚くだろう。糸がスライムゼリーで強化されている。


 売れ行きも悪くない。赤字は出ないだろう。ジュリアスが雇った奴隷たちが店員だ。この店の変わったところは、働き手を募集していることだ、1万チコリでこの店からイラクサを買う。染色して織りあげ、布にできたら、大手の布屋が3万チコリで買い取ってくれる。


 やり方は店の裏で、その大手の布屋の店員が教えてくれる。ジュリアスは信用のために大手の布屋と提携しているのである。冬の農閑期の仕事にちょうど良い。冬は暗くなるのが早いから、すぐ寝るしかなかったが、最近は地下室の作業場に、ヒカリダケの灯りをつけて、いろいろな作業ができるのだ。


 ジュリアスは少女の姿に戻って、屋台でエビ天汁そばを食べている。この頃の屋台は種類が増えて、ボリボリの蜂蜜かけや、いろんなトッピングの汁そばが流行りだ。母のナターシャが火付け役だが、ケリーの働きも大きいことをジュリアスは知っている。


 広場では大道芸や馬上槍試合が終わって、兵士や魔導士の模擬戦が始まっている。ジュリアスは妹のミーシャを見かけた。


「ミーシャ、一人で来たの?」


「うん、一人よ。お姉ちゃん」


「危ないわよ。お祭りの時は人多いから」


「もう大人です。この頃私、図書館でアルバイトしていて、今日は休みなんだけど、館長が図書の整理手伝えって。もう終わったけど」


「珍しいわね。サイスが休日に働くなんて」


「館長はサイスから、サイズに替わったのよ。お姉ちゃん知らなかった?」


「サイズって誰よ?」


「ヨアヒムがサイズって名前になって、館長している」


「孤児院にいたヨアヒム君。たしかに整理が好きそうだけど」


「それで次の館長はミーシャになるらしいの。それで勉強しろって、サイズがうるさい」


「何よそれ。ヨアヒムはミーシャを好きなのかな」


「私にはケリーがいるし」


「それは良いから、字は読めるようになったの」


「学校で頑張っているし、ダンジョンでリテラシーの千分の一を3つ取った。教科書はだいたい読めるよ」


「がんばったら館長になれるかもね」


「お姉ちゃん。どっか身体悪いところないですか」


「急に何よ?」


「今年無料のヒールやってくれる人がたくさんいて、ちょっと疲れているっていうだけでヒールしてくれるのよ」


 例年なら長い列ができる慈善ヒールだった。3人しかヒールできる人がいなかった。今年は10人以上いるらしい。しかも聖女はエリアヒールの奇跡を起こしている。


「どこも悪くないし、帰ってお母さんに美味しいもの作ってもらおうか」


「お母さんこの頃忙しくて、家にいないから狐食堂で食べなさいって」


「それじゃこの後の競馬、見ていく?」


「競馬は見たくないんだけど、お姫様が来ているらしいよ。蛇姫。蛇姫様に顔触ってもらったら美人になるって、学校でみんな言ってた。私は良いけど、お姉ちゃんは触ってもらったほうがいいかも」


「失礼ね。可愛くない」


「怒った顔が怖いんだよね。それじゃヤクザの女親分だよ」


 競馬は太い丸太を引いて力を競う農民競馬が先にあった。周辺の村の対抗戦だ。次がピュリスの地区対抗戦で、2試合ある。最初が障害物競走。次が速さを競う。


 最後がン・ガイラから輸入した美しい馬たちのスピード競争。馬主は王族や貴族たちだ。8頭もいた。騎手は小柄な少年兵士たち。ミーシャは馬より少年に夢中だ。


 ライラ姫の持ち馬が優勝して、大盛り上がりである。特別にライラ姫の握手会があり、ミーシャは並んで顔を触ってもらっていた。明日は多分学校で自慢しまくるつもりだろう。


 ヴェイユ家のダレンは黒く笑っている。サエカ男爵アデルはライラ姫を讃えている。アデルはイケメンなので、ライラ姫もうれしそうだ。ハルミナ新領主リオトは控えめにしている。

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