第160話 ケリーの修行
ダンジョン・コアも隠れなくてはならない。リングルのセバス2をハルミナのブラウニーに統合することにした。ブルーダンジョンは支配下にあるダンジョンの大部分を、3層程度の小ダンジョンに再編。主に転移のためのステーションとして利用することになった。
中核にあったプールやいろんな工房などは、ブラウニーダンジョンにすべて移行することになった。イエローハウスのダンジョンのコピーだから、同じものが2つある。この無駄はそのうち整理することに。
急ぐこともない。イエローハウスのセバスの管理するダンジョンは十分な収益を上げている。劇場や公衆浴場がある建物もダンジョンに取り込んでいるので、それらが人気があるだけで、ダンジョンポイントが稼げるのだ。
リングルのブルーハウスの建物はカシム組に売却した。転移用のダンジョン出入り口だけは、庭の目立たない所に残してある。ここに住んでいたのはもうリビーとレニーだけになっていた。二人はハルミナのブラウニーダンジョンにさしあたり移転した。シルベスタ達と一緒の住まいだ。
ピュリスのイエローハウスの建物はは、森の銀狐のナターシャに売却した。森の銀狐は索敵隊や旧義勇軍の人たちが常連さんになってくれて、堅実にやっていたが、モーリーやリリエス、ルミエなんかが裏メニューを競い始めて客が増えすぎていたのだ。ナターシャは事業の拡張に乗り出した。
居酒屋はそのまま残して、元義勇軍の人に売却した。いろんなメニューをきちんと覚えてもらっている。購入したイエローハウスは1階を高級レストランに改装した。レストラン海の白銀(しろがね)を開店。こちらは主にサエカの新鮮な海産物を使っている。エビ・カニを使った、新しい料理が売り物だ。
イエローハウスの2階は、東側に高給なワインバーがある。砂漠産のワインを中心に、セバス考案ののカクテルが楽しめる。つまみは基本的にはナッツ。名前は「砂漠の銀色の月」。時々吟遊詩人が静かな歌を歌っている。
2階の残り8割はティーハウス。名前はパープルアイ。ここではワイズやルミエの考案した様々の茶とスィーツが楽しめる。若い女性に人気の店である。最高級品「パープルアイ」は虫糞茶であるが、それは隠して謎の飲み物となっている。1ポット100万チコリ。
実はナターシャの店はもう1軒ある。場所は旧スラム街の地下。狐食堂という低価格の大衆食堂だ。リリエスの血のソーセージや、モンスターの内臓炒め、コオロギの空煎り、どんぐり粉のパン、大麦のおかゆが中心だ。ともかく安い。エールも出る。
狐食堂には最近2つのヒットメニューがある。一つは「お任せボリボリ」と「麺汁ソバ」である。ボリボリは大麦やその他の家畜用の穀類を乾燥させて、ボリボリ食べられるまで空煎りしたものだ。そこに乾燥させた木の実が大量に混ざっている。
このままでも冒険者の野営用の食料になる。安いうえに軽くて人気だ。スープに入れるのが普通だ。もしあれば牛乳をかけてもいい。疲れている時は蜂蜜かけにすると甘くて、元気が出る。
なぜか、この蜂蜜かけが若い女性に人気が出た。甘いものが少ないこの世界で貴重な甘味である。蜂蜜はモーリーが後継者を育てて、若夫婦が養蜂をしている。おかげで安く手に入る。これを食べるとお通じが良くなると女性の間に口コミで広がった。
サエカで採れた昆布という海草で出汁を取る麺汁ソバも人気である。ソバは粉にして団子状にして焼いたり、練ってそのまま食べる貧乏人の食糧だった。それが温かい昆布味の汁で食べるとなかなか旨いのである。汁を濃い目にして、麺をつけて食べるのも常連さんに人気だ。
この店では昆布茶もあるし、昆布や訳の分からない海藻のサラダもある。海藻も飢餓で食べるものがないときにやむなく食べるものだったが、汁にすると旨いと評判になった。
最近は雑魚の小魚を干して、それで出汁を取る料理もあるという。それも狐食堂で出される野菜の煮物や煮魚から流行してきているらしい。この旧スラム街の貧し気な食堂は実は流行の先端を走る店なのだ。
ケリーはサエカにポータブルダンジョンを持ち込み、ブラウニーの管理するダンジョンの1つにしている。ケリーはもうリリエスに抱かれていなくても、一人で寝られるようになったのだ。
そのダンジョンは3層で、1層は海草園兼魚干場、2層は淡水と海水が混じった汽水湖から遠浅の海に続いている。3層は難破船の階層でクラーケンなどのモンスターがでる。さらにその下に調理場と寝室だけのケリーの部屋がある。
毎日『海の魚や生物』と『海草のレシピ』の2冊の魔導書に導かれて、一人で訓練している。小さなヨットで釣りをしたり、網を仕掛けたりする。汽水湖で貝を集めたり、タコやイカや魚を獲るのも修行である。
サーチのスキルがとても便利だ。ある意味鑑定の代わりになる。魔導書の示す名前をサーチで念じたなら、頭の中にそれがある場所が表示される。遠ければゴーレム馬を使ってそこへ行けばいい。
カモメの卵も大事な食料だし、海辺でなければ生えない薬草もある。魚の裁き方、魚卵をどう保存するか、食べられない毒のある魚や貝。薫製の仕方。
海は森と同じくらい豊かで、学ばなければならないことは多い。それに日本の知識も大事だ。一真の住んでいた日本は海産物の利用が盛んだったのだから、その記憶はとても役に立つ。
ナターシャに教えたらとても喜んでくれて、ナターシャは独自に人を雇っていろいろ食材を手に入れるようになった。ケリーは以前から昆布を買い入れていた漁師さんを紹介して、その人たちのまとめ役にしてもらった。
ケリーはアリアの隠れろという呼びかけに上手に応えていた。住む場所もサエカに変えたし、名前はケイトに変えて、服も女の子っぽいものにしている。7歳になったばかりだから男女の違いは目立たない。それ以前に修行中はほとんど人に会わない。
ケリー(ケイト)にとってもチームの4人が消えたことは大ショックだ。特に縁の深かったのはエルザだ。リリエスに奴隷として買われて、まず連れて行かれたのが冒険者ギルドだ。そこの受付をしていたのがエルザだった。
それからしばらく毎日会って、いろんなことを教えてもらった。エルザたち4人はどこへ行ったのか。死んだらマジックバッグの中身が外にぶちまかれるはずだ。それがないから死んでいないとリリエスは言った。それじゃなぜ念話が通じないのか。
自分に関わってしまったために人を巻き込んでしまう。「自分一人でできないのならやるな」ともう一人の自分が言う。だが僕はやらなければならない。
僕は両親と村の人の復讐を、国家や治安部隊に頼らない生き方を選んだのだ。もともと貧しい平民への犯罪を国家が取り締まることはないんだけど。それでも国王に命令された以外は暴力を封印し、税を払って生きるなら、一応は安全なはずだった。
僕が選んだのはその道ではない。僕は僕たちをないがしろにして、両親を殺した人たちを、自分の手で殺す道を選んだ。殺人鬼になったつもりはない。国家のないものには、守らなければならないルールがある。それに従うだけだ。
それにそうしなければ、国王に下げなかったこの頭を、くだらない悪人に下げることになる。それはできない。ケリーは誇り高い男になろうとしている。野生の男は自分の愛するものを犠牲にしても、自分の生きる道を貫くのだ。
ごめんエルザ。ごめんクルト。ごめんターニャ。ごめんシエラ。
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