第159話 競馬の準備
ピュリスでは11月の始めに毎年収穫祭が行われる。今年は初めて競馬が行われるので、みんなが楽しみにしていた。総額500万チコリの賞金が出る。
それよりも闇で賭けが行われるらしかった。領主はふんだんに酒を用意し、無料で振る舞うのが慣例だ。今年の収穫祭は大いに盛り上がりそうである。
ピュリスの内政を任されているダレンは少し悩んでいた。競馬の最終レースのことだ。最終レースには4頭のドンザヒからの輸入馬が出場する予定だ。馬主はピュリス領主のロレンス伯爵、長男ダレン、サエカ男爵アデル、ハルミナ新領主リオト子爵。
問題はセバートン王家から、ライラ王女がピュリスの収穫祭にやって来ることである。弟のアデルがエリクサーを姫に贈り、姫が美しい顔を取り戻したお礼である。ライラは競馬に、自分も参加したいというのだ。
セバートン王家との関係は大切である。ダレンは何とかカナス辺境伯との戦いを先延ばしにしたい。王家と友好関係を築いておけば、辺境伯もピュリスを攻撃しづらい。なんとかライラ姫の馬を用意したいダレンである。
今から新しく馬を輸入するのは無理である。しかしアンジェラがいたなら、どんな無理も可能にしてくれた。ダレンはアンジェラを失ったことをまた嘆いた。ダレンはアンジェラの後継という男を呼び出してみた。
翌日の朝、やってきたのはシルベスタの代理と名乗る、ファントムという怪しげな男だ。アデルは無理と思いながら言ってみる。
「収穫祭までに、ドンザヒから馬を輸入したい。競馬に出す。何とかしてくれ」
「何頭?」
ファントムが聞き返す。
「4頭」
「高いよ」
「金はいくらかかってもいい。できるのか?」
「3日以内」
「いくらだ」
「馬の買値+1千万チコリ。そして条件がある」
「条件を聞こうか?」
「図書館にサイズという男の子がいる」
「サイズではなくサイスだ」
ダレンは名前だけは把握していた。いなくなったクルトの関係者のはずだった。
「違う。サイズだ」
「それで?」
ダレンはその設定を受け入れることにした。この件はヴェイユ家の命運がかかっているのだ。少年の名前程度どうでもよい。
「給料を月10万チコリに上げてくれ。そして今10歳だが、13歳になったら第5学校へ通わせてほしい。学費と生活費は、ヴェイユ家が卒業まですべて面倒を見ること」
「それだけか」
サイスは11歳のはずだが、まあどうでもいい。
「サイズが学校へ入ったら、ミーシャという女の子を次の図書館長にしてほしい」
「わかった。もう一つ頼みたい」
「対価を払ってくれれば、できることはする」
「身代わりのアミュレットが欲しい。5個」
「1つ、1千万チコリ」
「すべてキース銀行の口座決済でいいか」
「それじゃ、身代わりのアミュレット5個。今渡す」
「仕事が早いな」
「おれは気が利いて、仕事も早い。馬もできるだけ早く用意する」
ファントムの中の人、サイスは念話で既に一真に頼んでいた。ドンザヒに行って、競馬用の馬を4頭買ってきてと。一真はちょうどヒマだったので、ドライアドのダンジョンで、ケンタウロスのメシュトの牧場を思い浮かべてすぐ転移した。
「確か一真だったな」
ケンタウロスのメシュトが相手をしてくれる。
「覚えていてくれてたんだ。感謝する」
一真が答える。
「今度は何を買いに来た」
「ピュリスで競馬があるんだが、早い馬が足りなくて。4頭頼まれた。雄雌同数で頼みたい」
「競馬もいいが、早いだけの馬じゃ、戦争では戦えないぞ」
「荷物運びの馬は農家から徴用するつもりらしい」
「ピュリスに騎士団はないのか?」
「騎馬も使ってはいるが、歩兵主体で正規の騎士団はない」
一真はスタンピードを思い出していた。騎士団というべきものはピュリスにはなかったと思う。
「兵力の1割でもいいから強力な騎士団を持つべきだな」
「1割というと12,3人だけど」
「自分の街を守るだけなら、歩兵だけでもいいが、隣の街を助けに行くには騎士団がいる」
「メシュトはもうすぐ戦争が始まるようなことを言うんだな」
「常識だろ。カナス辺境伯対ピュリス、リングル、ハルミナ連合の戦争がある。数年以内かな」
「そうなんだ。3対1だからカナスは負けるとか?」
「カナス軍の兵力は2000人。それにザッツハルト傭兵団が味方する。ピュリス連合は全部の正規兵合計しても200人以下だ」
「それじゃピュリスは負けるのか」
「お前、何も考えていないな」
「どういうことだ」
「エルフとヴェイユ家は同盟したんじゃないのか」
「そう言えば、エリクサーを年1本サエカのアデルに贈ってくれることになった」
「エルフは全員戦士で2500人は戦える」
「兵力はほぼ均衡しているわけだ」
「だがカナス軍は強い。ザッツハルト傭兵団も強い。特に騎士団が強い。魔法師団も強い。俺は興味津々で見ている」
「そこにヴェイユ家から、俺が馬を買いに来た」
「本当は早い馬だけでなく、でかい馬を買いに来たんじゃないのか。騎士団用の?」
「騎士団用の馬も見せてもらおうか」
「戦争は兵力だけじゃないぞ。国内の産業の勝負だ。たくさん乳の出る牛と、羊と、ニワトリも必要だな」
「全部4頭ずつ買う」
「良し。ニワトリは雄は1羽で、雌39羽にしとけ。おまけに、牧畜用の犬を2頭つけてやる。こいつらは役に立つぞ。全部で2億チコリ」
一真はメシュトに目をつぶってもらって、全部の家畜を、物化でカード化した。マジックバッグにいれてすぐピュリスに帰ってきた。支払いはダレンのキース銀行の口座で支払ってある。
ファントムはカードを受け取ると、領主館の中庭にダレンを呼んで、たくさんの家畜を出した。午後2時だ。ファントムが言う。
「まさか競走馬だけなんて、思っていなかったよな。俺は気が利く。騎士団用のでかい馬と、いい乳を出す牛。太った羊。たくさん卵を産む鶏、牧場用の犬も買ってきた。犬はおまけでうちのちび丸の子供を1頭つける」
「確かに仕事が早いことは認める。全部でいくらだ」
「2億チコリだ。その支払いは済ませてきた。俺の手数料は1千万チコリ。こっちはまだだ。俺の口座に頼む」
「わかった。ところで牧場経営に経験のある人材を知らないか」
「おれはハルミナで闇の情報屋をしている。俺の情報はタダ
ファントムは指を1本立てる。
「いくらだ?」
「10万チコリ」
「いいだろう」
「交渉成立だな。答えは、自分で探して、自分で育成すべきだだな。外部に頼っていては領地の経営は成り立たない。ただどうしても困っているなら、ハルミナにカシム・ジュニアという子供がいる。彼に聞くと良い」
「どちらの答えも直接的じゃないな。アンジェラなら自分で探してきてくれた」
「これからは家臣を育てなさいってことだな」
「じゃあ、牧場の場所はどこがいいと思う」
ファントムがまた指を1本立てる。
「いいだろう10万チコリだな」
「情報料は現ナマで、1問ごとに前払いする仕組みなんだ」
ファントム(サイス)が今作ったルールだ。
ダレンが20万チコリを払うとファントムは答える。
「水路を活用しな。それだけだ」
ただのサイスの思い付きである。
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