第158話 いなくなった
ピュリスでも、ハルミナでも、7歳の子たちの給付付き学校が始まった。3時間授業で午前午後の2部制。1時間目は読み書き、2時間目は計算、3時間目は生活の総合授業。子供用のダンジョン授業もこの3時間目にやる。
ピュリス・ハルミナ・サエカすべてに子供用ダンジョンができた。子供用ダンジョンに大人が入っても構わない。ただし冒険者登録が必要でGランク冒険者になる。子供たちは学校へ入学すると自動的にGランク(仮登録)冒険者に登録される。
冒険者にはとてもなれなかった普通の人々が、ダンジョンで稼ぐことができるようになった。子供の送り迎えのついでに、ちょっと買い物の行き帰りに、500チコリでも稼げたら、月1万チコリ稼ぐことは簡単だった。
しかもドロップが悪くない。剣技(千分の一)や水魔法(千分の一)リテラシー(千分の一)白い紙(1ページ)血のソーセージ、ヒノキの棒、50チコリ。数えきれない。スキルあり、食べ物あり、武器・防具あり、お金ありと、多彩なのだ。
暇なおじいちゃんやおばあちゃんも総動員だ。リテラシーのスキルなんかが出たら、子供にやる。そうすると自分の名前が書けるようになったりして、勉強も進む。食べ物が出ると夕食のスープがほんのちょっと豪華になる。
出てくるモンスターは弱い。1層の薬草園には出ない。2層はダンディライオン・ナイト。名前は怖そうだがタンポポ型の剣士だ。3層はレッサースライム。足で踏んづければ光の粒子になる。4層はソフトシェル・アント。一応モンスターだが、ただのアリである。5層はミニラビット。角があるから角兔の仲間だが、肝心の角が柔らかい。肉をドロップする。
モンスタードロップや宝箱は、半分以上が領主からの寄付である。予算は月100万チコリ以下だろう。リテラシーは30万チコリで販売されている高額スキルだが、千分の一にしてあるので、3か月は持つ。剣技や魔法のスキルスクロールは、兵士が手に入れたスキルを安く買い取っている。
それにしても民衆にとっては善政である。特にハルミナのフラウンド家の二コラは、気前が良くて人気があった。新都市が出現は神の祝福。ピュリスから琥珀鉱山を買い取ったことも、ハルミナでは二コラの功績と考えられていた。
その二コラが昼頃からいなくなった。秘書も一緒にいなくなったので、二人でお楽しみかと、周りの人は気を利かせて内緒にしていた。だが二コラも秘書も夕食時にも、夜になっても現れなかった。
ピュリスではアンジェラが消えた。いつになく静かなジェビック商会ピュリス支店。アンジェラはどこかに出張かとみんな思っていた。領主の長男ダレンから、約束の時間に現れないと問い合わせが来て、アンジェラの失踪が明らかになった。
王都アリアスではスノウ・ホワイトの一生が上演されていた。上品な中流家庭で生まれ、すくすくと育ち、槍の腕を生かしてザッツハルト傭兵団に入ったスノウ・ホワイト。赤い鎧を着用し、ジル隊の先頭を走り、敵に火魔法を放つ凛々しい女騎士。
彼女の人生が、動くステンドグラスで再現されてゆく。大入り確実なので、初日から昼公演で幕を開けた。語るのは人気の吟遊詩人だ。語りはむしろ淡々としている。恵まれない子のために孤児院を開設した人格者スノウ・ホワイトを讃えている。
見どころは舞台の下手に座っているスノウ・ホワイト本人にある。痩せてはいるが美しさは衰えていない。しかし苦悶で歪んでいる。夢魔の刑を受け続けているのだ。自分のやった悪事を、夢の中で繰り返す。ただ今度はやられる方、被害者として繰り返すのだ。自動ヒールがかかっていて、死ぬことも狂うこともできない。
劇が淡々と進行している最中も、吟遊詩人の語りの合間にスノウ・ホワイトの絶叫は混じる。
「痛いよう!もう許して」
夢魔は事実を忠実になぞる。ただし今度は彼女を被害者として。
「殺して、殺して、殺して」
やられた人の痛みを繰り返し経験する。
「針は刺さないで、目だけは止めて」
彼女が苦しげに椅子から立ち上がり、客席を歩くと、観客は劇の進行に関係なくスノウ・ホワイトを見る。その苦しむ姿を目に焼き付けるのだ。
劇がベガス村からの逃亡の場面になると、観客は静まった。スノウ・ホワイトはいつの間にか舞台から消えた。観客はみな知っている。ベガス村で悪魔のサバトのような性の競演が行われたことを。
ステンドグラスだから、生々しい映像はもちろんない。それでも観客は、この世界で許される、限界の性的興奮を味わって満足していた。
劇場関係者は困惑していた。スノウ・ホワイトが舞台から消えたのは、演出ではなかった。探し回ってもどこにもいなかった。舞台監督は目の前にいた彼女が、突然消えたと証言した。
リングルでは第2学校の入学式が始まろうとしていた。ヴェイユ家のプリムが魔法科に再入学するのが話題であった。黒騎士クルトが家族を伴って、ヴェイユ家に挨拶に行く。
ヴェイユ家は伯爵とその妻、そしてプリム。クルトはスタンピードの英雄であるだけでなく、サエカの建設者であり、王都においてはギルドマスターとしてヴェイユ家の協力者である。伯爵であってもないがしろにはできない。
クルトが伴っていたのは、妻のターニャ、入学するシエラ、義姉のエルザである。だがクルトの新しい家族が、ヴェイユ家に挨拶することはなかった。突然消えてしまったのである。不思議な事態にヴェイユ家の従者は、必死に探したが、クルトの家族を見つけることはできなかった。
人々は10月1日を第2の祝福の日と呼んだ。7月15日ほど派手ではないが、二コラ、アンジェラ、スノウ・ホワイト、クルト、ターニャ、エルザ、シエラの7人が消えた。
ヴェイユ家が装着していた身代わりのアミュレットはみな壊れていた。この場にいなかったダレンとアデルまで。これは厳重に秘密にされた。この襲撃の主目的ははヴェイユ家だったろう。そうアリアは推測していた。
やったのは、カリクガルか、その手下。彼等はまだこちらの詳しい情報を知らない。自分たちの敵の中核は、ヴェイユ家だと思っている。ハルミナの領主二コラはヴェイユ家の協力者であることを鮮明にしていた。アンジェラは黒い肌で目立つし、天使降臨の時の司令部で、軍師をしているように見えた。スノウ・ホワイトは、口封じだろう。
カリクガルとその仲間は、復讐のチームがあることを多分まだ知らない。クルト一家は巻き添えだったとアリアは思う。アリアはみんなに念話で語り掛ける。
「隠れてみんな。今までと違う場所へ行くこと。違う名前と違う職業で生きるのよ。男は女に。女は男になって。前とは違う姿になって、しばらく潜んでいて」
世間的に反響が最も大きかったのは、二コラがいなくなったことだ。501人もの人がいなくなってから、まだ3か月たっていない。また領主がいなくなった。
リングルのボルニット家から、二コラの従兄弟になる人物が、セバートン王家に推薦された。トールヤ村の村長をしているリオトという人物だ。35歳の男性。独身。
二コラの父には、身分の低い母から生まれた異母兄がいたのだという。その異母兄は軍略家として名声を得て、男爵として自立した。しかし反乱の嫌疑をかけられ、トールヤ村に流刑になった。約30年前のことだ。
ハルミナの聖女が道連れにしたので、他に適当な人物がいない。リオト・フラウンドが新たなハルミナ領主になった。特に祝典もなく、リオトがハルミナにやってきた。意外なことに、レイ・アシュビーとリオトは古い知り合いのようであった。
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