第157話 魔導書というダンジョン
サイスが食いついた魔導書。たしかにクルトやアリアの知識をコピーしたのだが、本を読むようにその記憶にアクセスすることはできなかった。魔導書はスキルスクロール集でも、カタログでも、辞書でもなかった。
魔導書が一番似ているのはダンジョンだった。ダンジョンは得られる資源や宝物がたくさんあるが、それを得るには順番にモンスターを倒さなくてはならない。1層目をクリアして、2層目に行く階段を降りなければ深い知識は得られない。情報が相手を選ぶのだ。
魔導書は成長するダンジョンだった。読むだけでの者には魔導書は何も与えない。実際『キノコ大図鑑』を手に入れたカエリは、すでに自分の知っているキノコしか、図鑑に載っていなくてがっかりした。成長は結局手にしたもの自身が、成長するしかないのだ。
しかし偉大な先人の残してくれた魔導書はとてつもない価値があることも確かなのだ。出てくる魔物の情報や最短ルートを、進行の階層に従って教えてくれる、ダンジョンマップのようなものだ。
たしかにスキルも覚えられる。初歩から段階的にツリー構造になっている。1つのスキルを完全にマスターすると、次に覚えられるスキルの選択肢が出てくる。どう訓練すればそのスキルを使えるようになるか、効率的で正しい方法を教えてくれる。
サイスは魔導書のとてつもない価値に気づいた。偉大な先輩が生きているうちに、魔導書を充実させなくてはならない。サイスの読書スキルは一般的な本を読むためだけでなく、魔導書を読むためにも使える。そして魔導書の図書館を作ると決意するサイスだった。
サイスはファントムに命じて、リリエスのところに行って魔導書への協力をお願いさせた。リリエスは自分の記憶を魔導書にコピーさせただけでなく、ファントムに手紙を与え、アーサー以下、スタンピードで引退した冒険者たちに協力を求めた。
サイスはこういう人である。大事なところで、人の信頼を得ようとする努力をサボる。だが彼の狙いは正しいので、違和感があっても何とか実現できたりする。
大きな財産ができた。魔導書に収められたスキルは、既にリリエスへのプレゼントとして、チームの財産になっている。魔導書ではスキルをどうやって使いこなすかまで丁寧に教えてもらえるのだ。
サイスはファントムに命じて、ネクロマンサーのスキルを習得させた。
新しい魔導書の中に『ネクロマンサーの魔導書』があった。死者を呼び出せるなら、死者の記憶を魔導書に吸収させることはできるのか。『ネクロマンサーの魔導書』がファントム(サイス)に教えてくれる。それは可能だと。
呼び出せる死者には制限がある。何らかの縁があるものでなくてはならない。その縁はかなり薄くてもいいらしい。死者の死んだ場所、あるいは葬られた場所で呼び出すのが望ましい。死んでからあまり時間が経っていない方がいい。
そして大事なことは最後に「サンサーラ」と命じて、輪廻の輪に帰してあげること。ネクロマンサーがそれをしないと、呼びだした死者の魂は悪霊となってさまよう。
ファントム(サイス)はケリーと一真とリリエスをサエカに呼び出した。ケリーの両親を葬った場所に集う。海の見えるケリーと一真が5歳まで育った場所だ。そこでケリーの両親の霊を呼び出した。
二人にはもう話す力はなかった。死んでから2年近く経つし、その間仮面の形で、魂だけがかろうじて存在していたのだから。
しかしケリーには十分だった。涙を流す両親に、本当に別れることができた。一真もケリーに憑依して、5歳だった状態に戻っている。一真にとってもあの夜のことは大きな心の傷になっていた。
両親は『海の魚や生物』と『海草のレシピ』という2冊の魔導書を残してくれた。魔導書でスキルを受け継ぐということは、蒸留されたエッセンスとしての知識ではなく、先人がどのようにして知識を得たか、物語として知識を受け継ぐことである。
ケリーにとって両親の物語を受け継ぐことは、そうありえたかもしれない人生を受け継ぐことであった。それはケリーの心の傷を癒す力を持っていた。
ケリーにとって今の課題は、鑑定という大きなスキルを、スクロールからではなく、自分の経験で発現させることである。自分の努力で発現させたスキルは、能力値の制約を受けないから、大きな財産になる。
そのために何冊もの魔導書が役に立つのだ。魔導書は1冊1冊がダンジョンのようなものだから、学ぶには長い時間がかかる。ケリーの最初の2冊の魔導書は、両親から贈られた『海の魚や生物』と『海草のレシピ』になる。ケリーの傷ついた人生は少し修復できるかもしれない。
ファントム(サイス)は最後に「サンサーラ」と唱えて、二人を輪廻に帰した。ジル隊の凶行、スノウ・ホワイト逮捕、シャナビスの顔盗、サミュエルパーティーの壊滅。いろんなことがあったが、ケリーは両親との、再会と別れの儀式をやり遂げたのである。
その後も、ファントム(サイス)はチームと縁のある死者の魂を探し出し、魔導書に記録し、「サンサーラ」と唱えて彼等を輪廻の輪に帰していった。
ケリーに絵画のスキルをくれたお爺さんも死んでいた。リリエスに奴隷に買われた最初の頃に、痛み取りの商売をしていて出会った人だ。魔導書には絵画のスキルだけでなく、世界中のスケッチがあった。地図では得られない貴重なデータを残してくれた。
薬師のスキルをくれた捨てられた老人がいた。ルミエがエルザに助けを求め、イエローハウスに連れてきた老人である。彼は『薬師の魔導書』を残してくれた。教師に学んだことのないワイズには良い教科書になった。
ケリーやリリエス達に討伐された盗賊団がいた。彼等は『悪の魔導書』を残してくれた。これはサイスの情報源になる。
カシム組の小次郎として、一真が初めて人を殺した極道がいた。バジェットである。ヴェイユ家と癒着してアリアスに進出したカシム組が、スラムで権力を握るきっかけになった事件だ。バジェットは『悪の魔導書』を分厚くしてくれた。
そしてジル隊に属していた人たち。スノウ・ホワイトはまだ死んでいないが彼女へ近づく許可をもらって、彼女の記憶とスキルも受け継いだ。
美少年ミンガス。裕福なシャナビス。ジル隊の二人もファントム(サイス)は呼び出す。彼等の記憶はジルに復讐するためには貴重なのだ。スノウ・ホワイトを含めた彼等のスキルは『呪術』の魔導書になった。
カリクガルとその仲間は普通の魔法ではなく呪術を使うのかもしれない。この情報はジルやカリクガルと戦う時の大きなヒントになる。呪術のように変形した魔法は初見では対処できない。
ジル隊の3人のスキルにはリンクがなかった。カリクガルは下級幹部にはリンクのスキルを持たしていないということだ。リンクは場合によっては、カリクガルを脅かすものにもなりうるからだろう。
大勢の手下が、リンクで結びついて反乱を起こすと厄介な事になる。カリクガルは自分の味方を信じていない。リンクの範囲が狭ければ、それだけ倒しやすくなる。これがカリクガルの弱点かもしれない。
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