第151話 ハルミナの諮問会議
ハルミナにもうすぐ開校される学校が今回の議題である。司会は領主二コラ自身が務める。秘書(冥界の兵士の一人)が記録係である。二コラが言う。
「本題に入る前に、ちょっと聞きたいんだが。琥珀鉱山を売ってくれた、ヴェイユ家に返礼をしたい。飛び切りのものはないか。金に糸目はつけない」
レイ・アシュビーが答える。レイ・アシュビーもハルミナの聖女に手紙で呼ばれていた。隠れたる神の兄弟団のリーダー的存在である。隠れたる神を信じる人々には聖職者はいない。だから正式なリーダーではないが彼の砂漠の孤児院は信者たちの心のよりどころになっている。
「私の孤児院でワインを作っています。去年のものが美味しいと評判です。いかがですか」
ファントムも発言する。ファントムがなぜここにいるか。それは後で説明しよう。
「身代わりのアミュレットを手に入れました。どんな災厄も一度だけ防いでくれます。高価ですが、希望の数をそろえられます」
「両方買う。ワインは5樽。お守りは5個。至急頼む」
二コラは本題を話し始める。
「教師は、レイ・アシュビーが推薦してくれた、トールヤ村で経験のある男性と、カシム・ジュニアが推薦してくれた、カナスで半年間経験してきた現役教師の女性、二人で大丈夫かな。人数的にだが」
秘書が答える。ちなみに他の冥界の女兵士たちはハルミナ、二コラス・ポリス郊外で、人目につかないようにモンスター狩りをしている。
「人口1万人のカナスで、学校一つでやれました。今、ハルミナからはニコラス・ポリスへ人が移動しています。ハルミナの現状は2万5千人以下です。やれるはずです。問題があるとしたら、現役の教師をカナスから引き抜いて大丈夫かということです。カナスのアデルは怒るのでは?」
カシム・ジュニアが発言する。ハルミナの聖女に呼ばれた極道の息子は、極道組織だけなく、鑑定レベル2のスキルを生かして、商店や文官・武官の人事に協力し、領主二コラの信頼を得ていた。今やハルミナの影の実力者である。
「次にも有能なものを派遣しているから、問題はない」
カナスに派遣したのも、飢餓で全滅しそうになった村から、カシム・ジュニアが、鑑定レベル2の潜在能力まで分かる能力で、救い出したうちの一人である。二コラが続ける。
「ニコラス・ポリスの学校は後で考えるとして、ハルミナの学校の場所のことを確認したい」
レイ・アシュビーが答える。
「隠れたる神の兄弟団がアズル教から受け継いだ建物を2カ所提供します。机と椅子もあります」
「他に何が必要か」
二コラが聞く。最初に答えたのはカシム・ジュニア。
「教科書・黒板・ノート・羽根ペン、あとはお金ですかね」
ファントムが追加の発言をする。
「チョークも必要です。私が用意します。あとは教科書も人数分用意できます。それと黒板もできますよ。作った人を知っていますから。タダではないですよ。それとレイ・アシュビーはイスと机が子供用かどうかチェックしてくださいね」
もちろんサイスの腹話術である。チョークはケリーがテルマ村の卵の殻から作っていた。教科書はサイスが書いた。トールヤ村のパクリだが。ファントムのデータにあるから、セバスに製本してもらえばいい。黒板を作ったのはモーリーだ。念話で注文しておけば、明日にはできている。もしできなければセバスに頼んで黒板自体をコピーしてもらえばいい。
「もちろんお金は払う。それより本当に君にできるのか」
二コラがファントムに聞く。
「2,3日中に用意します。それより学校にダンジョン作りませんか。子供用に」
学校に子供用ダンジョンを作り、弱いモンスターを配置するというのは、セバスのアイデアだ。ダンジョンメニューに強く言って、弱いモンスターをそろえたようだ。
執事長のソトーが心配そうに質問する。ちなみに執事長は文官の中からカシム・ジュニアが適性ありとして選んだ若い人物だ。
「学校にダンジョンは危険ではありませんか」
レイ・アシュビーが言う。
「いや、トールヤ村でも、私たちのやっている砂漠の学校でも、学校にダンジョンはある。子供を育てるにはダンジョンが必要だ」
彼は砂漠の孤児院で、もう10年以上前から学校を始めていると以前に話していた。次にファントムが自信をもって答える。
「1層目は薬草園。2層目はモンスターが出ます。従来の10分の1の強さの弱いモンスターを配置します。子供でも大丈夫です。魔石は10分の1の価格になります。ささやかなドロップもあります」
二コラが言う。
「もし子供がダンジョンで稼げるようになったら、3時間授業で750チコリもらえるうえに、薬草園やモンスターの魔石で稼いだら、貧しい人が豊かになるな」
カシム・ジュニアが感心して発言する。
「ハルミナの人口は増える。7歳まで育てたら、子供が稼いでくれる。たくさん子供のいる家が有利になるから」
レイ・アシュビーは懸念する。
「しかし給付付きの学校は、財政負担が大きいのでは」
二コラは聞く。
「執事長、財政はどうなっている」
執事長のソト―が応える。
「琥珀がとれるようになれば、財政は潤います。それに没収した文官や武官の家財がありますし、隠れたる神の兄弟団が寄付してくれたものもありますから、数年は大丈夫です」
セバスと念話しながら情報を得て、ファントム(中の人はサイス)が続ける。
「それにピュリスの図書館で使われている子供のための絵本があります。カルタや双六などの教材も用意しておきます。良かったら買ってください」
諮問会議はファントムがリードした感じのまま終わる。ファントムは20歳男性の姿である。諮問会議のメンバーはファントムが務める。サイスのような子供では具合が悪い。
ケリーとリリエスがもたらした魔導書に、最も早く強く反応したのがサイスだった。白紙の魔導書をセバスから手に入れると、そのままクルトの下に転移し、クルトの経験を新しい魔導書に書き込んだ。次にアリアを訪ねて範囲限定だがアリアの持つ情報を書き込んでもらった。
すぐハルミナに転移し、ハルミナの闇の情報屋から100万チコリで、情報屋の権利と彼の記憶、バーの建物を買い取ったのである。この情報屋の記憶も魔導書にコピーする。
サイス自身の地味な情報収集の蓄積もあった。毎日世界各地に転移して、情報を集めていた。ワイズが中心となって集めているマップデータもある。クルトのギルド長としての経験、アリアの宮廷の裏情報。それらを総合したら、サイスは立派な闇情報屋になれるのだ。
情報屋はハルミナが激しく変化しすぎて、その変化に付いていけなくなっていた。彼は発展しそうな新しいプリムスに移ろうと考えていたのである。
サイスはそれを知っていた。薄汚いバーの建物込みで100万チコリ。どっちも相手を馬鹿な奴だと思いながら、取引は成立した。
サイスはピュリスの図書館はすぐにはやめない。孤児院の後輩でサイスに似た男子を、サイズと名乗らせ、バイトで雇っている。整理のギフトスキルが発現した男子だが、静かに入れ替われば、ヴェイユ家の執事は気がつかないだろう。
ファントム、ブラウニー以下ダンジョンと奴隷たちの引っ越しは簡単だった。ポータブルダンジョンを使って、ハルミナに新しいダンジョンを作ればいい。
転移は簡単だ。ドライアドの転移とは別の、セバス2が管理するブルーハウスダンジョンと同盟している。怪しいバーも問題ない。バーのメニューは不味いエールとワイン。食べ物は木の実しか出さない。バーと闇の情報屋は3日休業するだけで再開した。
ブラウニーも実体化できるようになり、ファントムのバーテン姿も似合っている。怪しいバーは、夜6時から9時までの営業。サイスはその時間だけ、ファントムと感覚を共有をしている。
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