第138話 サイスのブラッシュアップ

 サイスは自信を失っていた。スタンピードでも何もできず、特別な1か月ではただ旅をしていただけだ。その旅ではレニーを奴隷に売ったことが非難され、リビーが盗賊団に連れ去られるのを見過ごしたことが、みんなから冷たい目で見られた。


 今回の天使降臨でも図書館を維持していただけで、レニーの育成はルミエに任せっきりで、城門守護でも、索敵隊でも活躍できなかった。


 肝心の情報読解も、カナスの戦力を読み切れず、群衆の数の予測に失敗し、1万5千人もの群衆が来てしまった。それにサエカ襲撃も予測できなかった。責任は指揮をした一真ではなく、自分にあるとサイスは思う。


 しかも能力値は多分チーム最弱だ。セバスが慰めてくれる。


「サイスは戦闘職じゃないから、能力値が上がらないのは仕方ないんです。情報分析の担当者を戦闘能力値で測る馬鹿はいないです」


「でも僕には人間的欠陥があるかもしれない。小さいころ孤児院で人を殺しているんだ。食べ物を奪われ続けたときに」


「このチームはそういう人のためにあるんです。国家や家族に守られている人は生きるために人を殺したりしなくていいんです。でも誰にも守ってもらえない人は、自分で自分を守らなければならない。私達は野生の生き物なんですよ」


「僕たちは殺人鬼なのかな」


「野生の動物は不必要に殺さない。それだけです」


 セバスから見れば、サイスは孤児院の子のリーダーとして、道を切り開いた実績がある。図書館を拠点として獣人やスラムの子を育ててきた。学校ができたのもサイスのおかげだってある。たくさんの子をサイスを育てた。サイスのおかげで字を覚えて、生きる道を見つけた子は何人もいる。さっき入ってきたジュリアスが、サイスに言う。


「サイス。私も妹のミーシャもあんたに感謝しているの。サイスが居なかったら縄跳び大会もなかったし、チームに入れてなかった。今ごろスラムで娼婦していたのよ。私。娼婦否定するわけじゃない。生きるためには自分の持っているすべてを使うべきだから。でも私は今みたいでよかったと思っている。ありがとう」


「ジュリアスはそう言ってくれるけど、僕は、チーム最弱だし。ジュリアスよりずっと弱いし」


 サイスはエルフのルミエに一目ぼれしていた。今も心の中で思い続けている。でも自信のないサイスは告白することはないだろう。ジュリアスはそんなサイスが歯がゆくてならない。


「愚痴は良いから、背中だして。チーム共有スキルを刺青してあげるから」


 サイスの能力値は11歳にしては結構高い40代だが、スキルが物足りなかった。ジュリアスの刺青が終わると、今まで見れなかったステータスが見えるようになった。チーム共有スキルに吸収されてしまって、サイスの独自のスキルは寂しい。ギフトスキルの読書と剣技レベル1だけだ。


「セバス。被っているスキルは共有スキルに吸収されてしまうの?苦労して字を覚えたことが、リテラシーのスキルに吸収されてしまうだけだったら悲しい」


「被っているスキルを残すこともできますが、吸収されることで、別のスキルが発現しやすくなっています。その方が将来的に有利になります」


「セバスを信じることにする」


「今後どんなスキルが欲しいですか」


「情報分析の能力を高めたい。まずはそれかな」


「それでは表計算をレベル2にすることを目標にしましょう。グラフやマップと連動できるようにしてみましょう。宿題です。1週間後に期待しています」


 サイスも仕事があるので安息日に2回しかブラッシュアップできない。セバスはサイスに新しいスキルをあげたかった。サイスの魔力は40代だから、4つ魔法を持てるはずだ。セバスが選んだのは、カリクガルの手下から奪った幻像という魔法スキルだ。


 天使降臨の天使を作り出した上級スキルである。おそらく普通の魔法スキルの3倍くらいにカウントされる。つまり魔法スキル3つ分のコストがかかるとセバスは予想していた。これを覚えたらしばらくサイスは新しい魔法をスクロールから覚えることはできない。


 サイスも同意してくれたので、さっそく実験してみる。サイスが作り出した幻像はさっき見たジュリアスそっくりで、しかも服は着ていなかった。


【名前】 ***

【種】 幻像(実体モード)

【HP】 1/1

【MP】  1/1

【攻撃力】 1

【防御力】 1

【知力】   1

【敏捷】   1 

【器用さ】  1

【運】     1

【スキル】  ***

【作成者】 サイス


 サイスはこの幻像をファントムと命名した。どんな外見になることも可能だ。サイスは20歳くらいの男性を思い描き、貫頭衣を着せた。ファントムは別室にいたジュリアスに、チーム共有の刺青をしてもらった。ファントムの最初の全裸姿を、ジュリアスに見られなくて良かった。


 ファントムの能力値はスクロールを使っても増えなかった。経験し訓練するしかないようだ。実体化している時は触ることもできる。幻像化、物質化というモードもあって、どのモードでもサイスのイメージした形に変形させることができるようだった。


 サイスは実体化モードで、ファントムをクロネコ、馬、ハヤブサに変化させてみた。イメージが明確なら本物と区別がつかない。20歳の男性に戻す。その姿で幻像化モードに変更した。幻像化すると触れなくなり、物理攻撃は無効になる。受けることもないし、攻撃もできない。


 魔法が使えるのではないかと思ったサイスは、セバスに頼んで生活3魔法のスキルを覚えさせて、クリーンを使うように念話した。生活3魔法はMPを使わない。その結果幻像化モードで、魔法は使えると判明。


 サイスは声に出して命令してみた。


「ファントム。物質化。カードになれ」


 幻像だった男性の姿は消え、薄い木製のカードが1枚が床に落ちていた。この状態でも感覚共有はできる。聴覚だけだが。


「ファントム。クロネコに変身」


 カードはクロネコの置物になった。


 ファントムはサイスの情報収集に役立つかもしれなかった。最高のスパイや盗聴器になる、でも全能力値が1ではゆっくり歩くのがやっとだ。人型に戻して、ダンジョンの訓練場で夕方まで鍛えてもらう。2歳児程度(全能力値6)にはできるだけ早くなってほしい。


 セバスからファントム育成のレポートを宿題として出された。どんな活用ができるか、その可能性を考察してほしいと言われた。サイスもやる気だ。彼がチームの中で存在感を示す時が来た。


 夕方まで表計算をいじったり、新しく得たセンサーや吹き矢の魔法矢の練習をした。帰りはファントムも一緒だ。水も食べ物もいらない。排泄もしないらしい。 


 ブルーハウスに着いて、その場にいる人に20歳男性のファントムを紹介。サイスの部屋でクロネコに変身させ、朝までピュリスの地下道をマッピングし、もしネズミを見かけたら殺すように命令する。ついでに常にクリーンをするように命令を追加する。生活魔法でもMPが上昇するんだろうか。


 そういえば生活魔法の限界突破で得られる魔法は、サイスには現れなかった。経験値が不足しているようだ。

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