第137話 ハルミナのカシム・ジュニア

 カシム・ジュニアには忙しい日が続いていた。ハルミナの聖女からの手紙を読んで、前もって7月14日にハルミナに来ていた。それからずっとハルミナにいる。7月16日にはハルミナを縄張りにしていた前のヤクザの組が丸ごと消えているのが分かった。カチコミをかけ、シマも金も家も、カシム組がすべて頂いた。


 極道だけでなく、商人も本人だけでなく、幹部は誰もいない。みな消えていた。カシム・ジュニアは手の空いている子分を全員つれてきていた。9歳の才能が開花しそうな奴隷もたくさん買っていたから、そいつらも全部連れてきていた。子分は120人くらいいた。半分は未成年だが。その子分たちを差し向けて、消えた商人の店と家、財産を抑えた。


 濡れ手に粟状態だ。大至急増援を送るように親父に伝えてある。カシム・ジュニアの鑑定レベル2は、潜在能力も見える。商店の残された店員たちを鑑定して、空いた役職に任命する。中堅がいれば、案外現場は回る。


 教会でも人が消えたというので行ってみた。アズル教の教会の中には、聖女派と教皇派という2つの派閥がある。幹部がいなくなったのは、教皇派の教会だ。教皇派はクロエッシエル教皇国の教皇に忠誠を誓っている。そしてセバートン王国で教皇派を束ねるのは、カナス辺境伯である。


 聖女派の教会は、各貴族の領地に一人ずついる聖女を信仰の中心とするのが特徴である。聖女派を束ねるのはセバートン王家とその直属の貴族たちである。王都アリアスには大聖女がいて、各都市の聖女を任命している。


 ハルミナはカナス辺境伯傘下の都市だったので、教皇派の教会が多い。その教皇派の幹部聖職者が消えていた。そこには隠れたる神の教会から人が派遣されてきて、何か忙しそうにしていた。カシム・ジュニアは特に何もせず帰ってきた。奪える時に奪うことは大事だが、やりすぎると総てを失う。


 ハルミナのヤクザの下っ端が見つかった。そいつらを使って組の運営は任せた。幹部がいなくても組織の日常はまわるのだ。娼館も賭場も居酒屋も奴隷商も問題なく営業が続いている。


 金貸しが1軒あったので、カシム・ジュニアはそこの証文を調べた。小さな店の主人はまだ残っていたので、すぐ呼び出した。集まった商店主たちの目の前で、その証文を破り捨てた。商店主たちは歓喜する。


 その上で証文の半分の金額を押し貸しした。無理やり貸すのである。ハルミナの金利は高かった。その半分の金利で貸した。それでも金利はアリアスと同じ。十分儲かる。


 夜になって、文官や武官まで消えているという情報が入る。手下を一人引き連れてハルミナの領主の館を訪ねた。衛兵もいなく、執事もいない。領主の部屋まで何のチェックもない無防備状態だった。その館の中に領主代行の二コラがいた。


「呼ばれていないが、俺が役に立つと思って来てみたんだが」


「ガキの二人連れか。お前たちは誰だ」


「こいつは俺の手下だ。お前はドアの外で誰も来ないように見張っていろ」


「まず、名を名乗れ」


「金貸しのカシム・ジュニア。王都からハルミナの聖女に手紙で呼ばれてやってきた。手紙はこれだ」


 カシム・ジュニアは聖女から父に来た手紙を二コラに渡す。


「確かに聖女の手紙に見える。姉は15日の深夜に500人が消えることを知っていたということか」


「おれは金貸しだから、人の鑑定ができる。それもただの鑑定ではなくて、潜在能力まで分かる。それはあんたに必要じゃないか?いらないなら帰る。俺も忙しいから」


「まて、試しに俺を鑑定してみろ」


「もう鑑定済みだ。まあ領主として飛びぬけたな能力だな。むしろ冒険者だったら勇者になれる」


「それだけか?なら帰れ」


「冥界の王ハデスの加護を受けている。それが他の領主と決定的に違う。隠した方がいいと思うが」


 二コラはカシム・ジュニアを信用することにした。姉の聖女だけが奇跡を予知していて、カシム・ジュニアを差し向けたと思ったのだ。


 残されたのは文官も武官も30歳未満の下っ端たち。そこから執事長や兵士長を選ばなければならない。二コラは文官と武官に分け、150人ほどをを集めた。小さな部屋に呼ばれて、彼らはまず質問される。聞くのは優しそうな女官である。


「あなたはカナス辺境伯と新領主二コラ様のどちらに忠誠を誓いますか」


「もちろん二コラ様です」


 と全員が答える。見えないところでカシム・ジュニアの手下がいて、真偽判定の魔道具を見ている。100人近くがカシム・ジュニアの奴隷商にそのまま引き取られた。売価は一人平均100万チコリ。カナス辺境伯のスパイはまだまだ多い。


 カシム・ジュニアの鑑定で潜在能力まで見られるので、わずか3日で人事が終わり、領主の行政も軍も日常を取り戻した。カシム・ジュニアは二コラに前の領主一族、文官・武官など、消えた者すべての財産を没収し、その不正を暴けと進言した。


 消えた者たちの私財は驚くほど多かった。不正も驚くほど見つかった。二コラは彼等の私財をすべて没収し、不正は記録し、被害者がいる場合には適正金額の二倍以上の補償を行った。


 ハルミナは短期間で再生に向かった。民間も公的部門も同様である。残されたのは聖的部門、アズル教の教会である。聖女派の教会は4つあり、聖女だけが消えていた。二コラの姉が次の聖女候補を決めていたので、王都の大聖女がその子を任命すれば、混乱なく運営できそうだった、


 問題は12の教皇派の教会である。そこにはレイ・アシュビーが聖女から呼ばれていた。レイ・アシュビーは隠れたる神の教会の中心人物である。本拠は砂漠にあるらしい。


 レイアシュビーは、アズル教の教皇派教会の残したすべての財産を没収した。神父たち聖職者も驚くほどの私財をため込んでいた。金貸しもしていて、たくさんの証文が残っていた。


 レイ・アシュビーは証文の相手を一人ずつ呼び出して、その証文を焼き借金を帳消しにしたうえで、同額のお金を与えた。農民は収穫の1割を教会に税として支払っていたがそれも免除した。


 それだけではない。教会にあるすべての神像やステンドグラス、絵画、聖遺物などを売却しようとした。その話を聞いて駆け付けたのはアンジェラである。


 アンジェラはすべての文化財を言い値で買い取った。大聖堂も買い取ったのである。アンジェラはハルミナの伝統的美しさを愛していた。文化的価値がある大聖堂や様々な美術品が散逸するのが許せなかった。そしてアンジェラは文化財を売らないことを条件に、聖女派の教会にすべてを譲り渡した。


 アンジェラの構想では定期航路が開設された時、ハルミナは観光都市として多くの客を集めるはずだった。古代遺跡のあるピュリス、新しい都市カナス、伝統の都市ハルミナ。この3都市を巡るツアーは、定期航路の客を増やし、大いに稼いでくれる予定なのである。元は取れる。


 レイ・アシュビーは領主の館に二コラを訪問して、お金を差し出した。すべて10月からハルミナでも開校される、学校の資金にするように頼んできた。隠れたる神の兄弟団から、教師を派遣してもいいという。教師の経験者だそうだ。トールヤ村には世界にただ一つの庶民のための学校がある。そこに勤務経験がある人物だとレイ・アシュビーは言う。


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