第134話 虫糞茶と紫の布

 8月の雨の日。夏の雨は植物にとって恵みだ。この雨の日。ワイズはテッドに呼び出された。ゾルビデム商会のピュリス支店の会議室である。話は琥珀のことだった。テッドの調べでは地層は広範囲広がっており、琥珀は大量に採れそうだという。


 琥珀は樹脂の化石であり、高貴な宝石だ。宝飾品として珍重されるだけでなく、魔力を強化してくれるので、魔法使いにも、魔道具士にも重宝される。その結果とてつもなく高額な価格で取引されている。鉱物に匹敵する硬度を持ち、色は黄金色に近い。


 テッドは発見の報酬としてワイズに5千万チコリくれるという。もちろんお金の出どころは領主のヴェイユ家だ。


「最初に発見したのジュリアスです。川で見つけたんですね。私は頼まれて、サヴァタン山潜入中に、気晴らしに探しただけです。だからお金はジュリアスにあげてください」

 

 ジュリアスの今度の発見は泥炭どころではなく、本当に世界の国家バランスを狂わせるほどの大きな出来事だった。ジュリアスの予兆のスキルは怖ろしいほど有用なのだ。


 テッドがその場にジュリアスを呼んでくれた。ジュリアスは言う。


「私は川できれいな石を見つけただけで、地層を発見したのはワイズなので。私はもらえません」


 結局ワイズとジュリアス、二人とも3千万チコリもらうことになった。

テッドは領主のヴェイユ伯爵から調査を頼まれた。テッドは専門家に調査を依頼し、領主は発見者への報酬の件もテッドに任したのだった。


「琥珀の採れるサヴァタン山はハルミナとピュリスの中間にあって、どちらの領土でもない。発見した方がここを領土にできるんだ。ただピュリスはこの山をハルミナに売ってあげることになった」


 テッドはそう言った。7月15日にサエカを守ってくれたお礼だそうだ。ワイズは聞いてみた。


「お礼にしては多すぎないですか」


「長男のダレンはハルミナを自分の味方につけたいみたいなんだ。いつかカナスとピュリスは本格的戦争になる。その時ハルミナがカナスに付いたら、ピュリスは敗北する。それを避けるためにね」


とテッドは言う。続けて


「もうすぐ定期航路が開通して、サエカはリングルやン・ガイラ帝国のドンザヒと交易することになる。ハルミナもこの交易に加わりたいはずなんだ。でもハルミナには他の町に売れるものがなく、交易は赤字になる」


 ハルミナは定期航路開通によって貧しくなる街なのだという。それでピュリス領主の長男ダレンが、琥珀の鉱山をハルミナに売って、ハルミナも琥珀を売ることで利益が出るようにするというわけだ。


「テッド、ダレンはそんなにいい人だったかな?」


と今度はジュリアスが聞いて来る。


「ダレンは抜け目がない。ハルミナは琥珀の利益の1割を毎年支払うことになっている。何もしないでかなりの収入を得て、しかもハルミナがカナス辺境伯の支配から離れて、仲間になってくれる。ピュリスにとってもおいしい話しなんだ」


 そういえば7月15日、ハルミナから500人が消えるという不思議な事件があった。悲劇の7月15日とか、奇跡の日とかいろいろ言われている。ピュリスには天使が降臨し、サエカにはドラゴンが現れ、ハルミナでは500人が天国に招かれ、カナスでは死神が出たらしい。


 ワイズには天使が自分そっくりだったことがこそばゆい。同じ白いぴったりした服を着ていた。あっちの方がややセクシーだったがそれは忘れよう。


 お金だが、二人とも特に買いたいものはなかった。それで変わった無駄遣いをする競争になった。変なふうに使った方が勝ちだ。


 ワイズはカリクガルがレニーたちに使っていた、訓練効果が上がるポーションを持ち帰って、成分を分析していた。一真の魔道具で分解して、セバスに何か調べてもらい、同じものをドライアドのダンジョンのメニューで注文する。これはワイズが弓矢の先に塗る毒と同じような効果を持っている。


 ワイズはこのポーションの大量生産も考えたが、あまり変ではない。もっと変わった事をしないと負ける。ワイズはもう一つのプロジェクトをやってみることにした。第1段階はもうできている。特別なリンゴの樹を育ている。木を囲むように温室を作り、大きな青い蛾を中に放す。そうすると青い蛾はリンゴの木に産卵し、その幼虫が葉っぱを食べる。


 ワイズはアリ型モンスターだった頃、この幼虫の糞が大好きでよく食べていた。香りが良くておいしいのである。最近は糞を乾かして、お茶にしている。ここまではもうできている。試してみたいのは、蛾の種類、木の種類を変えて、最高の虫糞茶を作ることだ。


 3000万チコリかけて、虫の糞の茶を飲もうという風流である。とてもいい匂いのお茶ができるだろう。蜂蜜を入れると味も良くなるはずである。お金が余ったら、訓練効果倍増ポーションの改良にも挑戦してみよう。


 ワイズはお茶が好きだ。リリエスの苦いお茶も毎日飲んで好きになった。今では飲まないとさびしくなる。一真が作ってくれたマロウのお茶も好きだ。フルーツを入れると、ブルーから赤紫に色が変わってきれいだ。空が夕焼けになるみたいだ。


 タンポポの根から作るタンポポコーヒーもおいしい。大豆を焦がして、粉にして、入れたコーヒーもおいしいので好きだった。他の植物もお茶にすると香りがよかったり、色がきれいだったり、よく眠れたりする。いろんなお茶をブレンドして飲むのもおいしい。薬師ワイズの気晴らしである。


 ジュリアスは3000万チコリを無駄遣いすることに迷いがあった。つい1年半前まで、1月3万チコリで家族3人暮らしていた。その1000倍を無駄遣いしようというのである。お母さんにあげたらどんなに喜ぶだろうか。


 だがジュリアスは賢いから知っているのだ。貧乏人が使い切れないあぶく銭を持ったら、破滅することを。自分もそうだし、お母さんもそうだ。思い切ってやりたかった何かに1回で使い切るしかないのだ。でも迷いがある分だけ虫糞茶より真面目な使い道になった。 


 アリアから教えてもらった紫色の染色に挑んだ。サエカの漁師さんに頼んで紫貝という貝の内臓を絞ると紫の染料がごくわずかに採れる。セバスに頼んでそれを大瓶一つコピーしてもらった。すごいDPがかかった。2000万チコリ、セバスから請求された。この大瓶1個の染料が3000万チコリである。


 アリアからもらった指輪から最高のスパイダーシルクを出す。貝の紫で糸を染める。リリエスからもらった古代のアーティファクト、ミスリルの織機で心を込めて織る。


 とても美しい布が出来上がった。人生で1回きりの無駄遣いが、本当の無駄にならなくて良かったとジュリアスは思う。セバスに鑑定してもらうと、浄化の属性がついていた。布に呪術への耐性があるらしい。カリクガルの魅了はこれだけでは防げないだろうけど、少しは役に立つ。もう勝負はどうでも良くて、ジュリアスは満足していた。

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