第132話 人工都市サエカ

 ケリーの生まれた漁村サエカ。村人はケリー以外全員虐殺された。犯人のうちスノウ・ホワイトは既に捕らわれた。もう一人プリンス・ミンガスが、7月15日のサエカ襲撃に失敗した。ハルミナの領主の息子二コラに殺されたことはまだチームの誰も知らなかった。


 サエカの村はいったん滅びて無人になった。そこに新しい街の礎を築いたのはクルトだった。クルトはリリエスの拠点の一つだった崩れた要塞の岩を、川を利用してサエカに運んだ。リリエスのリペアの魔法で要塞は復元された。それを起点として、サエカの復興は瞬く間に進んだ。


 サエカの人口は今1万人くらいだ。さらに増加中である。将来サエカの領主となる予定のアデルは、ピュリスと同じ5万人都市を目指している。アデルは兄のダレンにどうしても負けたくないのだ。


 数か月前、アデルが初めてサエカを訪問した時、クルトが街を案内してくれた。


「若君。サエカの住宅は他の町とは全く違います」


「集合住宅ばかりだということは、僕にも分かる」


 3階建てのかなり威圧感のある集合住宅で、辺境の軍事都市を目指しているのだとアデルは思った。クルトは言う。


「集合住宅は基本正方形で、それぞれが小さな城塞になっています。住宅はすべて城壁に密着して作られています。つまり1つ1つの住宅の外壁の1面は必ずその城塞の防護壁になっています。だから家はみな同じ大きさなんです」


「城壁の厚さが問題かな。普通の住宅の外壁なら、破壊槌を使われたら簡単に打ち破られてしまう」


「ご覧ください。城壁の厚さは4メートル以上と決められています。ここは今作ってる途中なので良く見えます」


「家が狭くて細長い。住民から不満が出るような気がするが」


「地上3階建てで、屋上もあります。しかも地下2階になっています。5部屋を使えますから、10人家族でも十分暮らせます」


「この集合住宅で何家族住めるの?」


「ここで80家族、400人くらいでしょうか」


 次に既に出来上がっている集合住宅に案内された。集合住宅の内部は広場になってて果樹がたくさん植えられていた。花が咲いてきれいだったのを覚えている。ただ城壁からの入り口は1カ所しかなく、敵に攻められたら逃げ場がない。それを聞いてみた。


「若君は敏い方ですね。敵に攻められた場合、この入り口を粘土でふさぎます。それだけでなくそれぞれの家の入口も粘土でふさぎます。分厚く」


「籠城作戦か?」


「地下2階に脱出用の通路があって、この通路の出口はサエカからかなり離れた場所に10カ所くらいありまして、そこから逃げることもできます」


 今だれも住んでいない空き家に案内された。ここも玄関が狭くて、玄関室に入るドアの先に、リビングに入るもう一枚のドアがある。


「ドアが二重になっているのは敵から守るためなのか」


「敵にもいろいろあって、人間もいれば、ネズミや虫もいますから」


「ネズミや虫?」


「穀物の1割以上はネズミに食べられていますから、奴らをシャットアウトできれば、収穫が1割増えたのと同じです。それと断熱ですね。このタイプの家は気密構造で高断熱になっています。今までの1割の薪で冬を過ごせます」


 1階の居間と台所は広くはないが1家族では十分なのかもしれない。アデルの常識は庶民からかけ離れている可能性がある。自制しようと思えるくらいには若君は賢いのである。部屋の広場側に大きな窓がある。


「この窓はまさかガラスではないよな」


「これはスライムからとれるスライムゼリーです。これもタダ同然で手に入ります。ガラスはとても高価ですから、我々では手が出ません」


「スライムゼリーか。意外なものが役に立っているんだな」


「城壁の表面にも、家の壁の外も中も屋上にもスライゼリーを塗っています。時間が経つと固くなって弓矢なんかじゃ傷もつかなくなります」


 見たことのない竈があった。材質は外壁と同じ粘土のようだ。


「クルト、この竈の事を聞きたい」


「若君、目敏いですね。これは熱を逃がしにくい新しいタイプの竈です。作るのも外壁と同じ素材で、地下を掘ればいくらでも出てくる粘土ですから簡単です」


「煙突はどこにあるんだ」


「内側の壁も粘土になっていますが、そこに何筋か空洞があり、煙はそこを通って2階、3階を温めながら排出されます。竈の隣に薫製室があるのにはお気づきでしたか?」


「もちろんだとも。肉の加工に役立つと思うよ。さあ次は地下室に案内してもらおうか。一番下から見ていく」


 地価は本当に2階あった。驚くのは照明だ。


「クルト、この灯りは魚油ではないようだね」


「これはヒカリダケというキノコでして。近くの森で簡単にとれます。しかも栽培も容易なんです。木の枝を置いておけば勝手に増えるんですよ。市場でも非常に安く売っています」


「ずいぶん明るいんだな」


「字を読むのは無理ですが、ちょっとした作業ならできますね。しかもほとんどタダです」


 地下2階から2重ドアを開けて、外の通路に出てみた。けっこう広い通路で、ヒカリダケの照明があるので暗くない。


「地下の通路は脱出路としてはいいかもしれないな」


「若君。地下の通路は空気取り入れ口を兼ねていまして、冬暖かく夏涼しい空気を取り入れることが可能です。気密住宅のキモは換気にあるんです。完全な密閉空間では火を使えませんから」


 アデルが最後に見学した屋上は気持ちが良かった。城壁は頼もしく、どんな敵でも押し返せそうだった。


 襲撃の翌日、アデルは数か月前のクルトとの会話を思い出していた。ふとメイドのマリリンに聞いてみた。襲撃の時、どうしていたか、今ここに元気でいるから大丈夫なのは分かる。でも襲撃の時具体的にどうしていたのか、まだまだ聞いていなかった。避難の状況の詳細は領主になるなら知っておかなければならない事だった。


「マリリン。一人暮らしだったか」


「はい。いつでもOKです」


「寝室は何階だ」


「地下1階です。あのどの部屋でも防音は完璧です」


「ちなみに地下2階は何に使っているの」


「コオロギ飼っていまして」


「虫の音を愛でているのか。優雅だな」


「すいません。山羊の餌なんです」


「山羊?」


「20軒共同で山羊飼っているんです。屋上で。私はコオロギを飼って餌をやるのを分担していまして」


「山羊って、食べるのか?」


「肉も食べますが、山羊は良い乳を出すので、チーズにもなりますし」


「そうじゃなくて山羊がコオロギを食べるのか聞きたかった」


「たんぱく質が足りないので、コウロギをやると山羊ちゃんたち喜びます」


「コオロギの餌はどうしているの?」


「生ゴミで十分ですし、ときどき冒険者ギルドで解体したゴミをもらって来れば大丈夫です」


「この街の生活って予想の斜め上だな」


「山羊もいますけど、蜂飼っている人もいれば、魚の養殖しているところもあって城壁の上を歩くと楽しいですよ」


「もしかして地下はもっと自由なことになっていない?」


「さほどもないです。闇市とか、闇ホテルとか、闇酒場くらいしかないですよ」




     





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