第131話 カナスの月
7月15日。カナスにもきれいな月が出ていた。満月を見ながら街の人々は涼しくなった海からの風を気持ち良く感じていた。
人々が寝静まった深夜0時。ルミエとモーリーはカナスの広場に立っていた。一真からの依頼は簡単だ、モーリーが30分くらいカナス上空を踊りながら飛び回る事。ルミエは照明係だ。
モーリーはリリエスの従魔でもともとはカマキリ型モンスターだ。ずっとずっと人化しているので、もう自分がモンスターだったことも忘れがちだ。リリエスから命じられているのは、ピュリス周辺の深い森を伐採すること。1年半、孤独に木を伐っている。
彼が愛するのは木だけだ。だが最近ルミエがときどき一緒にいてくれる。ルミエはユグドラシルから千日の試練を与えられていて口がきけない。だから無口なモーリーと口のきけないルミエが一緒にいても何の会話もないのだ。念話ができるけれど、そっけない。
ルミエは直前まで索敵隊とモンスターを倒していたので血まみれだった。クリーンするのも忘れるほど忙しかったのだから仕方がない。
「真南。今」
ルミエが念話で話しかける。満月が南中したのだ。ピュリスに天使が現れると予言されていた。二人は指揮官の一真から月が南中したタイミングで実施するようにと奇妙な依頼を受けていた。
「飛ぶ」
モーリーは短くつぶやき、低く飛んだ。ダンジョンで戦う時の死神の装備をしている。月夜に死神は良く似合う。
人っ子一人いないカナスの中央広場。モーリーは低く飛び、ルミエはライトニングアローを連発しその姿を浮かびあがらせる。観客がいないとさびしいので、モーリーが土魔法で出した大きな岩を落とす。
ルミエはその大岩を砕いて、カナスの人々に起きてもらった。せっかくのモーリーのダンスを皆に見てもらいたい。めったに見られないモーリーの笑顔が見られるのだ。モーリーの素朴な笑顔はなかなかいいとルミエは思う。
人びとが窓を開けて、あるいあ何事かと外に出てきたころ、モーリーのダンスはいよいよ興に乗ってくる。大鎌を出して月を隠そうとする雲を切っているように見えた。月の光だけでも良く見えるがルミエは時々ホーリーアローでそれを照らす。
二人は30分、それぞれの使命を果たしてカナスから消えた。ピュリスに帰らなくてはならない。ドライアドのダンジョンで転移しながら、何もしゃべることなく、つかの間の静寂を楽しむ二人であった。
カナスの人々は見てしまった。死神が不気味に微笑みながら死へのいざないのダンスを踊るのを。そして広場には血まみれの魔女がいた。彫像のような無表情で。エルフのルミエは美女なのだが、石化しているうえに血まみれだったので、カナスの人々に誤解された可能性がある。
カナスの人には夢であってほしかった。翌朝、禍々しい黒い岩が無数に広場を埋めていた。その一つは先代のカナス辺境伯の銅像に当たり、その首を破壊していた。夢ではなかったのだ。領主からはかん口令が出された。
二人がピュリスに着いたのは1時ごろ。彼等の次の任務は群衆たちの朝ご飯作りだ。何しろ1万5千人分の食事である。寝ている町の人を起こして手伝ってもらわないと間に合わない。予定ではその後宝くじ大会になる。
1等1000万チコリ。その他総額5億チコリが当たる。記念の天使のメダルと帰りの旅費も出る。3万チコリだが。アリアスまでならそれで帰れる。それ以上遠い人は宝くじに当たる幸運を祈るしかない。
すべてはテッドとアンジェラたち商人が仕切ってくれた。早朝、群衆は少しづつ目覚め始めた。すぐ大麦のおかゆが振る舞われる。そして宝くじの札が配られる。
「テッド、魅了は解けているかしら」
「カリクガルは朝には解けるように魅了をかけていたみたいだ」
「こっちに従うように呪縛かけ直してもらえる?」
大宝くじ大会は盛り上がった。ふんだんに食べ物が振る舞われ、その食べ物にはポーションが加えられていたから、疲れ切った群衆の体力は回復していた。まだ呪縛がかかっているからお金を受け取った群衆は幸福そうだった。お昼には群衆1万5千人はピュリスを去った。
彼等は自分の町に帰って、天使を見たことを一生語り草にするだろう。ピュリスを略奪するはずだったことなど都合よく忘れている。天使は彼等に祝福と富を与えてくれた。少なくとも大金持ちになる夢を見させてはくれたのである。
彼等の話がピュリスの武器になる。天使が降臨し人々に祝福を与えた話はすぐに広まるだろう。対照的にカナスは同じ時刻に死神と血まみれの魔女に襲われたのである。これも隠そうとしても噂は広まるだろう。
テッドも損はしていない。群衆たち1万5千人からスキルを1つか2つ強奪している。10歳のギフトは奪っていない。ピュリス襲撃の旅の途中で得たスキルだ。スキルはスクロール化されテッドのゾルビデム商会のものになった。スキルスクロールはかなり高く売れるのだ。
1500人ぐらいのカナスのスパイや傭兵、犯罪者などは、奴隷に売る。頑健な男子が多く、これも高く売れる。宝くじに5億チコリくらい使っても、冒険者に一人10万チコリ払っても黒字である。
その後はピュリスの住民の大宴会だ。肉はスタンピードの時のものが薫製されたり、ベーコンになって保存されているし、今回の騒ぎでもたくさんのモンスターが討伐されていた。すべて無料の大サービス。
冒険者には用意されていた一人10万チコリの報酬が即日で払われた。彼等には経験値買い取りの報酬も後日払われる。ほとんどの冒険者はカリクガルに魅了され無様に寝てしまったのだが、それなりに経験値は入っているようである。
ピュリスの宴は盛り上がった。住民には余ったメダルが配られた。天使を見られなかったことは残念だが、略奪はされなかったのでそれで良しとしよう。
サエカが同じころ謎の賊に襲われたという知らせが届いたのは昼頃だ。だがハルミナから援軍が来て被害は少なかったときくと、浮かれているピュリスでその知らせを深刻に受け止める人はいなかった。
一真だけがその知らせを聞いて敗北に震えた。敵の狙いは最初からサエカだった。塩の戦いの報復だった。偶然防げたからよかったものの、サエカが焼き払われ、住民が虐殺されていたら、完全なピュリスの敗北だった。
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