第130話 もう1つの7月15日
ハルミナの領主の7男二コラの7月15日。二コラは朝から慎重にザッツハルト傭兵団の追跡を続けていた。ベガス村を過ぎて傭兵団は、領都ピュリスではなくて、港町サエカへの道を選んだ。二コラには意外だった。
夕方になって人目が無くなると、二コラは7騎の重装騎士団を呼び出した。冥界のアンデッドたちで、この世界では赤髪赤目の美女に見える。それぞれ個性的で見ていて楽しい。
5月のある日、二コラは冥界の使いを名乗る悪魔と契約した。死後の魂を冥界の王にくれるなら、3つのお願いを聞いてくれるという契約だ。死後の魂を冥界の王が何に使うのかは聞かなかった。二コラは知っていたから。その魂は魔王を生み出す種子に使われる。死後のことは二コラにはどうでも良かった。
「不死の軍隊がほしい」
悪魔は騎乗した7騎の重装騎士を出現させた。騎士が鎧を着ているだけではなく、馬まで馬鎧を着ている。
「7騎は少なすぎる」と二コラが言うと
鎧と馬と馬鎧が分離し、それぞれが軽装の歩兵に変わった。28人のアンデッド歩兵部隊が整列した。
悪魔が言う。
「人口3万のハルミナが持てる軍隊は、セバートン王国の規定では60人。彼女たちで約半数になる。これ以上増やすこともできるが、目立ちすぎかな?むしろ普段は彼女たちを隠しておいた方がいい。私ならそうする」
「たしかに。眼をつけられたら面倒だ。好きな時に、28人以下なら好きな数だけ出せるということでいいんだね。しかも全部女か」
「夜も寝ないので、お好きなように。いろいろ強いから。で次のお願いは?二コラ殿」
「10兆チコリ」
「金貨でいいかな?」
「キース銀行の僕の口座に入れてもらう」
「最後のお願いを聞こうか」
「先代勇者アーサーの全盛期の能力と装備を僕に与えてもらいたい」
「なかなかずるがしこいな。全部かなえてあげるよ。この瞬間に」
二コラの身体に力が充ちた。武器や装備、アイテムや魔道具もアーサーのと同じマジックバッグに入っていた。
今日は二コラとアンデッド軍団の初陣だ。正確にはアンデッド軍団はすでにハルミナの南東の深い森林の開墾を行っていた。人間は誰もいない魔獣の多い森だ。もう2カ月近くたって町はできそうだった。1万人規模の新しい都市だ。アンデッドたちはすでにモンスターと戦っている。二コラが彼女たちと一緒に戦うのが初めてなだけだ。
二コラの予測ではザッツハルト傭兵団の50騎はピュリス攻撃の主要部隊のはずだった。しかし彼等はサエカに向っている。いぶかりながら二コラは暮れていく道を7騎の重装騎兵を引き連れ、彼等を追って行った。もしかしてカナス辺境伯の狙いは最初からサエカで、天使降臨するピュリス攻撃は陽動なのかと二コラは思った。
港町サエカは不思議な構造の町だ。大小さまざまな集合住宅が30くらい分立している。どれもが3階建てくらいで、閉じた円形になっている。中に大きな広場があるそうだ。外壁は粘土で厚く塗られている。その外壁が城壁を兼ねている。
外壁を住宅の壁の一面にして数10家族が暮らしているらしい。外壁に窓など大きな開口部はなく、換気と採光のための小窓があるだけだ。今は襲撃を察知してか、入口すら厚く粘土で塗りつぶされていた。
ザッツハルト傭兵団50騎は、サエカを遠巻きに包囲して何かを待ち始めた。二コラも軍を休ませ、遠くから見守る。長い静かな夜。襲撃を察知しているのに住民が騒ぐ様子がない。
よく見ると要塞の屋上にドラゴンがいる。二コラはそのドラゴンを知っている。領主の次男アデルのドラゴンだ。アデルと二コラは王都の第1学校の同級生だった。ドラゴンはアデルのテイムしているものだ。まだ幼くて戦いのためというよりは、アデルはペットとして可愛がっているようだった。
アデルは要塞にいる。二コラは兵士を一人呼んでアデルへの使いを頼む。
「ザッツハルト傭兵団に気づかれずに要塞の中のアデルに連絡を取ることはできるか」
「お任せください」
「僕が助けに来ていることと、どんな様子か聞いてほしい」
二コラはカナス辺境伯と対峙するために、気心の知れた二コラと同盟しようと思っていた。ここで助けるのは都合が良かった。
冥界の女兵士は見事に任務を果たしてきた。アデルは不意を打たれて何もできないでいた。兵士も冒険者もほとんどピュリスの援軍に出していた。住民は地下に逃れて、本格的な襲撃が始まったら地下道を通って、離れた洞窟に逃げる予定だそうだ。
夜も更けて、月が南中すると、海側が騒がしくなり、火矢が放たれた。別動隊がいるらしい。この火矢が合図だったらしい。傭兵たちも火矢を放ち、集合住宅を燃やそうとする。
火がつかないようだ。サエカの街から応戦するものはいない。静かだ。住民は地下道を通って避難開始しているのだろうか。
28人の軽歩兵で戦うことにする。
「まず弓で攻撃」
冥界の軍隊は強い。ザッツハルト傭兵団は後ろから攻撃されるとは思っていなかったようで、混乱していた。
「3人は重装騎兵。16人は歩兵のまま。戦術は皆殺し」
「準備完了」
「突入」
静かにしかし素早く冥界の軍が動き出す。同時に海側からも弓で攻撃する部隊がいる。暗くて見えないが、こちらの味方のようだった。約100人。海側の敵の別動隊を攻撃している。
事情は分からないが、サエカはほとんど損害を出さずに守られたと思う。火も付いていないし、住民虐殺も起きなかった。戦闘があった痕跡は100名近い傭兵団とその別動隊の亡骸だけだ。
近くにいた騎馬兵に聞いてみた。
「一緒に戦った軍はどこのものだ」
「エルフ弓隊とドライアド長弓隊、約50人程度です」
「ザッツハルト傭兵団の別動隊は何か分かるか」
「どこかの海賊団です。詳細は不明」
消えてもらって単騎ハルミナに帰る。初陣は勝利した。未来は明るいと二コラは思った。
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