第129話 セクシーな天使降臨

 ピュリス深夜0時。この世界では日が昇ったときに新しい日付に変わるから、まだ7月15日。満月が南中した時、天使が降臨した。


 やっぱり来た。カリクガル本人だろうか。ワイズに似ている。劇場で蛾を集めて消えた時のあのワイズの外見と同じだ。着ているものは白いスクール水着のようなものだけ。黒目黒髪。もちろんワイズではない。


 外見は似ているが、ピュリスの城門に出現した天使は、少しだけセクシーすぎた。ワイズは13歳の少女で、まだ女らしい膨らみは薄いのである。


 ワイズもその天使を見ていた。あと2年もすれば胸はあのくらいになるかなと、のんびり眺めていたのである。全員が天使を注視していた。


 そのタイミングで、強烈な魅了がかかった。


「城門から入り、奪いつくせ」


 今までと同じだが、強烈な魅了が更新された。味方にもかかったかもしれない。ピュリスの城門は閉じている。だが味方の衛兵が動いた。天使に魅了された衛兵は、開けてはいけない城門を開けたのである。


 エルザが素早く投げダンをした。エルザは天使の魅了に耐えきっていた。城門の入口には、ドライアドのダンジョンの低層に飛ぶ罠が仕掛けられた。すぐにピュリスが群衆に蹂躙される危機はしばらくは無くなった。この罠にはまった群衆は2時間たって戻ってくるはずだ。


 今一番危険なのは味方だった。9割のピュリスの正規兵や義勇軍、冒険者が魅了されていた。彼等は睡眠耐性を持ってるから、睡眠の毒霧は効かない。一真が念話でチームに指示する。チームの仲間は魅了に耐えたようだ。


「魅了された味方は、麻痺毒で攻撃。最優先」


 センサーの箱庭では、魅了された味方も赤い色で表示されていた。群衆と魅了された味方。ほとんどが赤の表示だ。麻痺させれば味方の兵を失う。それでも麻痺させるしかなかった。


 一真は索敵隊のジュリアスを城門に呼んだ。手が足りなかった。ルミエとモーリーはこの時、別の任務についている。


 アリアが箱庭のマップに、明るい赤を発見した。城門の近くにいて物陰に隠れている。明るいのは、力のある魔導士だ。天使そのものは、赤い表示が暗い。生命ある存在ではない。だが魔法は使える。


 カリクガル本人が出てきていたら、完敗していた。今回カリクガルとその夫カナス辺境伯はまだ本気ではない。証拠が残らないように、慎重だ。


 アリアはその魔導士に、スキル強奪をかけた。幻像というスキルがアリアの手に入った。同時に天使は消えた。幻像のスキルを使っていた魔導士もすぐいなくなった。


 群衆は1万を超えている。それどころか1万5千人以上。動き出した群衆はゆっくり城門に向っていた。数が多すぎて素早くは動けない。だが城門から侵入した群衆はすでに100人以上。彼等は投げダンの罠でどこかへ転移している。


 味方の戦力は400人弱。そのうち300人以上が魅了され、敵になった。しかし残った戦力は精鋭だった。魅了された味方、今は敵だが、彼等の動きは鈍かった。戦力差は大きいが、こちらの方が士気が高い。それに敵には指揮系統がない。


 ケリーは寝ていたのだが、魅了の騒ぎが起こって、騒音で目を覚ました。リリエスに言われて、粘糸の網を投げた。1回で10人以上を拘束できる。粘糸が使えるアリアと小次郎も、同じスキルで大量拘束する。ワイズは麻痺の砂嵐。エルザは麻痺毒を塗ったマキビシ。


 味方の指揮官は魅了に耐えたようだ。ダレンやアンジェラの司令部も健在だ。まだ軍として生きている。麻痺毒を塗った弓や剣で、魅了された味方をすべて無力化するのに15分かかった。


「エルザ、いったん投げダンの罠を解除して。大至急城門を閉める。手の空いている人は、睡眠の毒霧を発生させて。それから落とし穴発動」


 ダンジョン転移で大量に転移させたらどうなるか、検証は終わっていない。睡眠の毒霧や、武器による麻痺で群衆には対処できると一真は読んだ。


 残った戦力はチームの仲間以外には34人しかいない。だがかろうじて、城門を再び閉めることに成功した。外にいる群衆を睡眠の毒霧で眠らせる。城門の上からの麻痺毒での弓攻撃も有効だ。ただ殺さないように慎重にだ。


 群衆の多くは武器を失い、裸足で、空腹だった。天使の姿が無くなって士気が下がっていた。もし彼等に戦う力があって指揮系統があったら、鎮圧は難しかった。虐殺せざるを得なかっただろう。スキル強奪などの事前の作戦と、周到な魔道具の準備が効いている。やはり戦いは情報戦なのだ。


 2時間後ダンジョン転移から150人が帰ってきた。勢いの良かった彼等は、疲れ切っていた。低層とはいえ2時間モンスターと戦っていたのだ。彼ら以外の群衆はもう眠りについていた。150人を追加で眠らせるのは簡単だった。


 深夜2時30分。あと2時間で日が昇る。もう箱庭マップに赤い姿はない。一真は次の段階の指示をする。この後に仕掛けがある。この戦いはまだ終わっていない。


 索敵隊が疲れ切って森から帰って来る。モンスターを倒していたのだ。しかし人手が足りなく、彼等も酷使するしかなかった。モーリーとルミエも帰ってきていた。地下に避難した住民まで起こして、準備を手伝ってもらう。


 まず2万食の朝食だ。大麦のおかゆに、ありあわせの具材を入れる。家庭の台所も使わせてもらう。食器が不足している。DPを使って、食器を大量にコピーする。セバスの存在が有難い。城門の外に倒れて寝ている群衆を、すべて広場に運んで、ヒールをかける。


 テッドは部下と、奪ったスキルの見積もりをしていた。2万個近いスキル・スクロールが手に入った。これを売ったら相当の利益が出る。儲けるつもりはない。だが損をするつもりもないのだ。


 冒険者に払う一人10万チコリと経験値の買取費用。群衆に払う帰りの旅費。領主の長男ダレンは、敵だった群衆に帰りの旅費を払うつもりだ。自分のお金までは出すつもりはないようだが。


 テッドはその他もろもろの経費を計算している。10万個作った天使のメダルの費用も忘れない。安っぽいメダルだが、群衆に与えられる記念メダルだ。この戦いの後半は商人の戦いでもある。


 「やれる」とテッドは判断した。一真はそれを聞いて、戦闘を乗り切っただけでなく、情報戦で勝ったことを確信した。それにしても情報戦に勝つことは、絵が平凡だと一真は思う。スタンピードの時のように、フェイクでいいから、英雄同士の戦いを見たい。今回は群衆を眠らせただけである。


 だがこの群衆が今度はピュリスの武器になる。そのための戦いが始まる。











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