第128話 夕方から夜のはじめ
アリアはアリアスの王宮を抜け出して、ピュリスに転移していた。天使降臨を待つつもりだ。カリクガルが来るかもしれない。来るとしても小手調べだ。それでも敵を見定めておきたかった。それにもしかすると、ディオニソスに会えるかもしれなかった。
懐かしいが、むしろ恐怖である。かつては古代神同士として愛し合っていた。古代帝国が滅びる時、女神アリアは封印されアラクネにされた。陶酔の神ディオニソスは、死の谷に封印された。殺すと輪廻のサイクルに入って、まだこの世界に復活してしまうかもしれないので、命は奪わないで封印をするのである。
死の谷のダンジョンから、ディオニソスがジンウエモンに連れ出されたのは確かだった。ダンジョンコアのセバスがそう証言したのだから本当だろう。ジンウエモンに会ったのはもう11年前になる。そこにアリアもいたのだ。リリエスの肌に封印されて。
アリアはその時のことを思い出して震える。リッチのジンウエモンの放つ狂気のようなオーラに怯えてしまったことを、悔しく思い出していた。
あの時ジンウエモンは封印されているディオニソスの封印を解き、ガーゴイルの卑しい姿にして、死の谷から連れ出したのだ。あらためて屈辱を感じる。自分も卑しいアラクネにされている。それをやったのはジンウエモンではなくて、アズル教と群衆たちだが。
ディオニソスは私が取り返して、殺してあげたい。古代の最高神の1柱が、卑しいものたちの従僕になって、卑しい仕事をしているなど、アリアには耐えられなかった。アリアも古代神だった誇りはまだ失っていない。
今日こそは糸口だけでもを捕まえたい。敵はカリクガルだともう分かっている。どれほどの強さなのか。これを仕掛けたのがカリクガルだとしたら、本人が姿を現さなくても、その力量は測れる。
ピュリスは夕暮れが始まった。人が集まり始めている。今はまだ100人くらいか。群衆は数が多いが彼等は皆孤独だ。そして今は静かだ。大河が小さな泉から始まるように、最初は静かだが増えすぎると、弱い群衆も洪水のように手のつけようがなくなる。
城門はまだ開いている。しかし魅了されているものが、城門を入ろうとすると、衛兵が魔道具で判別して逮捕している。城内でもあらためて魅了されているものをあぶりだす作業が始まっている。
ワイズはもう城門の周辺に着いていて、ぶらぶら歩いて、スキル強奪と呪縛をかけている。100人で済めば対処は可能だ。だが1000人になったら、スキルがなくても、興奮した群衆を鎮圧することは難しいとワイズは感じていた。
ケリーもいる。リリエスも一緒だ。今日は夕方の狩は休んだらしい。二人で群衆にスキル強奪と、呪縛をかけている。正規軍の兵士や義勇軍もどんどん増える新手の群衆に、呪縛をかけて回っている。魔道具があるから誰でもできる。
冒険者ギルドの古手の魔法使いが、魔道具を持って巡回している。カリクガルの魅了を解呪しているのだ。
「どうだい。解呪できているか」
「これは黒騎士のクルトじゃないですか。お元気でしたか。解呪は難しいです。かけた人の魔力がすごいんでしょうね」
カリクガルのことはクルトも噂を聞いたことがある。双子のマリアガルと共に、とてつもなく恐ろしい存在らしい。二人ともカナス辺境伯の夫人だ。クルトはマリアガルだけでも死んでくれてよかったと思う。死骸が発見されたわけではないが、ともかく一人はいなくなった。
クルトが探しているのは、ザッツハルト傭兵隊のミンガスだ。この傭兵隊はカナス辺境伯の私兵だ。スノウ・ホワイトもこの傭兵隊にいた。彼女の自白によって、あの日起きたむごたらしいことは、ほぼ明らかになっている。
ミンガスは通称プリンス・ミンガス。12歳くらいの美少年に見える。本当の年齢は不詳だ。ジル隊の一員で、ケリーの両親を殺した4人のうちの一人だ。おそらくルミエの誘拐もしている。だが周囲の評判は悪くない。むしろ美しさを崇拝するものまでいる。それもスノウ・ホワイトと同じだ。悪魔は休日に善行をする。
ミンガスはクルトの監視をかいくぐって、どこかに消えていた。おそらくプリンス・ミンガスはピュリスに来る。クルトはそう思っていた。いやそうあってほしいと思っていた。復讐の前に逃がしたり、死んでもらっては困るのだ、もし見つけたら、彼の命を守る。まだその時ではないから。
クルトは立ち上がり、スキル強奪と呪縛の作業に加わった。このセンサーという新しいスキルは凄く便利だ。箱庭のどこに敵がいるか、一目でわかる。味方は緑で、赤い敵の間を分散して動いているのが見える。圧倒的な敵の数だ。赤い色が圧倒的に多い。
検索機能があるので、クルトはミンガスと念じて検索してみた。検索結果は0。ミンガスはまだここには来ていない。敵の総数は400人を超えた。今は夜の7時。天使降臨が深夜0時だとすると、予想した1200人程度では収まらないだろう。群衆は数千人になるかもしれなかった。圧力は徐々に高まる。
索敵隊のジュリアスは、リリエスの巡回地帯の防衛線で、森を抜けてくる敵を捕縛していた。予備役も含め索敵隊の総力戦だ。幸い敵は強くない。数が多いだけだ。ただ捕まえた者の収容場所がひっ迫していた。
夜8時頃、一真からジュリアスに念話が入る。
「ジュリアス。そっちの森から抜けてくる群衆なんだけど、無力化して、スルーしてほしい」
そんなことしたら、ピュリスの城門前は、群衆で溢れる。
「ピュリスに通していいっていうこと?今そっちどれくらい?」
「急に増えて、今千人を越した、数千人。もしかしたら1万人を超えるかもしれない」
「確認だけど、本当にスルーでいいのね」
「スキル強奪と呪縛はかけてほしい」
「いいわ、理由は説明しなくていいわよ」
ジュリアスは索敵隊のみんなに作戦変更を伝達した。質問は出なかった。拘束する手間は省けた。しかしモンスターの数が増えていた。夜に人が集まる異様な気配を感じて、モンスターも興奮していた。モンスターを通せば混乱がさらにひどくなるだろう。
索敵隊の奮闘は続く。
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